14 / 27
篁少年の閻魔張 〜お節介な鬼と伊吹の山神〜 〜Since 810〜
第三話 命の水
しおりを挟む
「ひーまー!!!」
板の間をゴロゴロとだらしなく転がる鬼に、義覚少年の冷たい視線が突き刺さる。
「まぁ、捕まった時点で最悪怪しすぎて処刑とか覚悟はしてたんで、命まではとられなかったので、そこだけで御の字としましょう」
そう言うと、義覚は座った状態で背筋をピンと伸ばし、静かに目を瞑る。
冷静を通り越し、極めて悲観的な義覚に、亞輝斗はため息を吐いた。
「義覚ー……ンな所で瞑想しても、全然声とか、聴こえねーだろ……」
「やらないよりはマシですよ。ぐーたら師匠」
あぁ、吉野の山が恋しい……といじけだす鬼を無視し、義覚は精神を研ぎ澄ませ──。
「どうかしましたか?」
薄く目を開け、柱の陰から覗く少年をチラリと見た。
「えっと……父上から、暇つぶしの話し相手になってあげなさいって言われたんですが……」
お邪魔だったみたいで……と、竹生が、小さいながらも、しっかりとした返事を返した。
「うん、暇。めっちゃ暇。これ以上もなく暇……」
外に出たい……と、鬼が情けない声をあげた。
先ほど土地神に感謝され、崇められていた時の状況とは一転し、涙目の情けない様子の赤い瞳に見つめられ、竹生は何と言っていいものか──とりあえず、思わず言葉を失う。
「えっと、今はお仕事で駄目ですけど、夜になったら、広野様が、あなたと手合わせがしたいって……」
「本当か!」
がばッと鬼が、勢いよく起き上がった。
「いよっしゃぁぁぁぁぁ! 頑張る。頑張って夜まで耐える!」
「ゲンキンなんだから……」
煩すぎて集中なんてできるはずもなく、ため息を吐く義覚。
そんな彼の隣で、竹生はいそいそと姿勢を正し、そして、二人に深々と頭を下げた。
「改めまして、ありがとうございました」
竹生の行動に、亞輝斗と義覚は、思わず、ポカンと顔を見合わせる。
「よくよく考えてみたら、助けてもらって、お礼、言ってなかったと思って……」
あの時の事か。と、ようやく二人は気がついた。
「いやいや、気にすんなって」
「そうそう。亞輝斗様のおせっかいは、いつもの事です。気にしない気にしない」
しかし、竹生の言葉に、二人は再び、言葉を失う。
「僕を、生き返らせてくれて、ありがとうございました」
◆◇◆
正確に、事の状況を伝えるならば。と、鬼は静かに語りだす。
「お前は確かに瀕死だったが、死んじゃない」
竹生は年齢以上に大人びて冷静で、とても聡い子だと、義覚は思った。
どうやら前後の記憶が少しあやふやなようではあるが、それでも混乱することなく、自身が身に纏っていたすっぱり斬られて血まみれの衣服から、自分に何が起こったか冷静に分析して、想像して、そして、予測をたてている。
「さすがのオレだって、死人を生き返らせる術なんか、持っちゃないさ」
亞輝斗は荷物の中から、小さな竹筒を取り出す。
「今は全部お前に使っちまったから空っぽだが、この中には『命の水』が入ってた。ウチの妹が管理してる霊水で、飲めばたちどころに病気が治り、ぶっかければどんな傷も塞いじまう」
「そんな、大切なモノを、僕なんかに……?」
いいのいいの。と、亞輝斗はぶんぶんと首を振った。
「オレな、目の前で子どもが死にそうなところなんて、見たくないんだよ」
「そりゃあもう、亞輝斗様の子ども好きというか、子どもに対する過重加護っぷりは凄まじく筋金入りで。亞輝斗様本人が言い出しっぺのクセに、自分が里を出るときも「比叡山までついていく」って駄々こねてききませんでしたし、君を見つけたあの時も、その竹筒に入ってた三分の一くらいの量で充分だったのに、半狂乱で全部ぶっかけてましたもんね。亞輝斗様」
義覚にあっさり暴露され、鬼は赤面して黙り込んだ。
「で、たぶんその、お前も気づいてるかもしれないけど、お前が視えるようになったのも、その『命の水』のせいだ」
時々、あるんだよな……副作用。と、鬼はため息を吐いた。
本当は、視えない人間は、視えないほうがいいんだが……と、申し訳なさそうに、頭を掻く。
「ヒトならざるモノは、色々だ。オレみたいに人間に対して好意的なモノもいれば、此処の土地神みたいに、中立を貫くモノもいる。そして……」
突然、亞輝斗は立ち上がると、何かから、庇うように義覚と竹生を抱え、そして、赤い目を光らせて、空中をギロリと睨んだ。
「そいつみたいに、ヒトに、害を与えるような奴とか」
「心外だな。善童鬼よ」
突然、天井がバリバリと音をたてて崩れ、何かが降ってきた。
「我は人間嫌いというわけではないぞ? むしろ大好きだそ?」
「伊吹ぃ……屋根に穴あけてんじゃねーよ」
誰がなおすんだ誰が。と、亞輝斗があきれ顔で睨む。
煙る埃が落ち着くと、そこに居たのは、とぐろを巻いた、巨大な蛇だった。
「亞輝斗様。このお方は?」
義覚の問いに、亞輝斗は淡泊に答えた。
「伊吹大明神。まぁ、そんなに親しくは無い。が、古い知り合いだな……」
喜怒哀楽のはっきりした亞輝斗にしては、少し顔が引きつっているような、妙に煮え切らないような表情をしているような気がするのは、気のせいだろうか……。
そんな彼の様子を気にすることなく、大蛇はマイペースに口を開きつづけた。
「アレはたしか、善童鬼……お前が生まれる前の話だったか。我に会いに来てくれた、小碓という名の若者がいてな。遠路はるばる訪ねて来てくれて、あまりにも嬉しくて、我は美しい、雪と氷で歓迎したモノだ」
「……要するに、価値観が合わねーんだよ」
ボソリと亞輝斗がつぶやいた。
伊吹大明神本人は心の底から歓待したつもりなのだろうが、小碓命こと日本武尊にとっては、初の完敗にて死因である。
「で、お前何しに来たんだよ。伊吹山は、もっと北だろうが」
嫌そうに顔をしかめる亞輝斗に、大蛇は鎌首をもたげて、大きくうなずいた。
「そうそう。このあたりの土地神が、よほど嬉しかったのか、我のところにも自慢に来てな」
「……アイツか」
竹生の耳に、チッと、亞輝斗の舌打ちが聞こえた。
「お前に……否、お前たちに、頼みたいことがある」
突然、部屋中に靄が立ち込めた。
急に室内の温度が下がり、ぶるりと、亞輝斗が体を震わせる。
しばらくすると靄が晴れた。
大蛇の姿かたちは消えて、その代りに、白髪の青年が、亞輝斗に向かって、頭を下げて座っている。
「我の、息子の、事だ」
顔をあげた青年の、冷たい金色の瞳が、三人を見据えていた。
板の間をゴロゴロとだらしなく転がる鬼に、義覚少年の冷たい視線が突き刺さる。
「まぁ、捕まった時点で最悪怪しすぎて処刑とか覚悟はしてたんで、命まではとられなかったので、そこだけで御の字としましょう」
そう言うと、義覚は座った状態で背筋をピンと伸ばし、静かに目を瞑る。
冷静を通り越し、極めて悲観的な義覚に、亞輝斗はため息を吐いた。
「義覚ー……ンな所で瞑想しても、全然声とか、聴こえねーだろ……」
「やらないよりはマシですよ。ぐーたら師匠」
あぁ、吉野の山が恋しい……といじけだす鬼を無視し、義覚は精神を研ぎ澄ませ──。
「どうかしましたか?」
薄く目を開け、柱の陰から覗く少年をチラリと見た。
「えっと……父上から、暇つぶしの話し相手になってあげなさいって言われたんですが……」
お邪魔だったみたいで……と、竹生が、小さいながらも、しっかりとした返事を返した。
「うん、暇。めっちゃ暇。これ以上もなく暇……」
外に出たい……と、鬼が情けない声をあげた。
先ほど土地神に感謝され、崇められていた時の状況とは一転し、涙目の情けない様子の赤い瞳に見つめられ、竹生は何と言っていいものか──とりあえず、思わず言葉を失う。
「えっと、今はお仕事で駄目ですけど、夜になったら、広野様が、あなたと手合わせがしたいって……」
「本当か!」
がばッと鬼が、勢いよく起き上がった。
「いよっしゃぁぁぁぁぁ! 頑張る。頑張って夜まで耐える!」
「ゲンキンなんだから……」
煩すぎて集中なんてできるはずもなく、ため息を吐く義覚。
そんな彼の隣で、竹生はいそいそと姿勢を正し、そして、二人に深々と頭を下げた。
「改めまして、ありがとうございました」
竹生の行動に、亞輝斗と義覚は、思わず、ポカンと顔を見合わせる。
「よくよく考えてみたら、助けてもらって、お礼、言ってなかったと思って……」
あの時の事か。と、ようやく二人は気がついた。
「いやいや、気にすんなって」
「そうそう。亞輝斗様のおせっかいは、いつもの事です。気にしない気にしない」
しかし、竹生の言葉に、二人は再び、言葉を失う。
「僕を、生き返らせてくれて、ありがとうございました」
◆◇◆
正確に、事の状況を伝えるならば。と、鬼は静かに語りだす。
「お前は確かに瀕死だったが、死んじゃない」
竹生は年齢以上に大人びて冷静で、とても聡い子だと、義覚は思った。
どうやら前後の記憶が少しあやふやなようではあるが、それでも混乱することなく、自身が身に纏っていたすっぱり斬られて血まみれの衣服から、自分に何が起こったか冷静に分析して、想像して、そして、予測をたてている。
「さすがのオレだって、死人を生き返らせる術なんか、持っちゃないさ」
亞輝斗は荷物の中から、小さな竹筒を取り出す。
「今は全部お前に使っちまったから空っぽだが、この中には『命の水』が入ってた。ウチの妹が管理してる霊水で、飲めばたちどころに病気が治り、ぶっかければどんな傷も塞いじまう」
「そんな、大切なモノを、僕なんかに……?」
いいのいいの。と、亞輝斗はぶんぶんと首を振った。
「オレな、目の前で子どもが死にそうなところなんて、見たくないんだよ」
「そりゃあもう、亞輝斗様の子ども好きというか、子どもに対する過重加護っぷりは凄まじく筋金入りで。亞輝斗様本人が言い出しっぺのクセに、自分が里を出るときも「比叡山までついていく」って駄々こねてききませんでしたし、君を見つけたあの時も、その竹筒に入ってた三分の一くらいの量で充分だったのに、半狂乱で全部ぶっかけてましたもんね。亞輝斗様」
義覚にあっさり暴露され、鬼は赤面して黙り込んだ。
「で、たぶんその、お前も気づいてるかもしれないけど、お前が視えるようになったのも、その『命の水』のせいだ」
時々、あるんだよな……副作用。と、鬼はため息を吐いた。
本当は、視えない人間は、視えないほうがいいんだが……と、申し訳なさそうに、頭を掻く。
「ヒトならざるモノは、色々だ。オレみたいに人間に対して好意的なモノもいれば、此処の土地神みたいに、中立を貫くモノもいる。そして……」
突然、亞輝斗は立ち上がると、何かから、庇うように義覚と竹生を抱え、そして、赤い目を光らせて、空中をギロリと睨んだ。
「そいつみたいに、ヒトに、害を与えるような奴とか」
「心外だな。善童鬼よ」
突然、天井がバリバリと音をたてて崩れ、何かが降ってきた。
「我は人間嫌いというわけではないぞ? むしろ大好きだそ?」
「伊吹ぃ……屋根に穴あけてんじゃねーよ」
誰がなおすんだ誰が。と、亞輝斗があきれ顔で睨む。
煙る埃が落ち着くと、そこに居たのは、とぐろを巻いた、巨大な蛇だった。
「亞輝斗様。このお方は?」
義覚の問いに、亞輝斗は淡泊に答えた。
「伊吹大明神。まぁ、そんなに親しくは無い。が、古い知り合いだな……」
喜怒哀楽のはっきりした亞輝斗にしては、少し顔が引きつっているような、妙に煮え切らないような表情をしているような気がするのは、気のせいだろうか……。
そんな彼の様子を気にすることなく、大蛇はマイペースに口を開きつづけた。
「アレはたしか、善童鬼……お前が生まれる前の話だったか。我に会いに来てくれた、小碓という名の若者がいてな。遠路はるばる訪ねて来てくれて、あまりにも嬉しくて、我は美しい、雪と氷で歓迎したモノだ」
「……要するに、価値観が合わねーんだよ」
ボソリと亞輝斗がつぶやいた。
伊吹大明神本人は心の底から歓待したつもりなのだろうが、小碓命こと日本武尊にとっては、初の完敗にて死因である。
「で、お前何しに来たんだよ。伊吹山は、もっと北だろうが」
嫌そうに顔をしかめる亞輝斗に、大蛇は鎌首をもたげて、大きくうなずいた。
「そうそう。このあたりの土地神が、よほど嬉しかったのか、我のところにも自慢に来てな」
「……アイツか」
竹生の耳に、チッと、亞輝斗の舌打ちが聞こえた。
「お前に……否、お前たちに、頼みたいことがある」
突然、部屋中に靄が立ち込めた。
急に室内の温度が下がり、ぶるりと、亞輝斗が体を震わせる。
しばらくすると靄が晴れた。
大蛇の姿かたちは消えて、その代りに、白髪の青年が、亞輝斗に向かって、頭を下げて座っている。
「我の、息子の、事だ」
顔をあげた青年の、冷たい金色の瞳が、三人を見据えていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?
三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい! ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。
イラスト/ノーコピーライトガール
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる