Heaven‘s Gate

南雲遊火

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篁少年の閻魔張 〜お節介な鬼と伊吹の山神〜 〜Since 810〜

第三話 命の水

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「ひーまー!!!」

 板の間をゴロゴロとだらしなく転がる鬼に、義覚少年の冷たい視線が突き刺さる。

「まぁ、捕まった時点で最悪怪しすぎて処刑・・とか覚悟はしてたんで、命まではとられなかったので、そこだけで御の字・・・としましょう」

 そう言うと、義覚は座った状態で背筋をピンと伸ばし、静かに目を瞑る。
 冷静を通り越し、極めて悲観的な義覚に、亞輝斗はため息を吐いた。

「義覚ー……ンな所で瞑想しても、全然とか、聴こえねーだろ……」
「やらないよりはマシですよ。ぐーたら師匠」

 あぁ、吉野の山が恋しい……といじけだす鬼を無視し、義覚は精神を研ぎ澄ませ──。

「どうかしましたか?」

 薄く目を開け、柱の陰から覗く少年をチラリと見た。

「えっと……父上から、暇つぶしの話し相手になってあげなさいって言われたんですが……」

 お邪魔だったみたいで……と、竹生が、小さいながらも、しっかりとした返事を返した。

「うん、暇。めっちゃ暇。これ以上もなく暇……」

 外に出たい……と、鬼が情けない声をあげた。

 先ほど土地神に感謝され、崇められていた時の状況とは一転し、涙目の情けない様子の赤い瞳に見つめられ、竹生は何と言っていいものか──とりあえず、思わず言葉を失う。

「えっと、今はお仕事で駄目ですけど、夜になったら、広野様が、あなたと手合わせがしたいって……」
「本当か!」

 がばッと鬼が、勢いよく起き上がった。

「いよっしゃぁぁぁぁぁ! 頑張る。頑張って夜まで耐える!」
「ゲンキンなんだから……」

 煩すぎて集中なんてできるはずもなく、ため息を吐く義覚。
 そんな彼の隣で、竹生はいそいそと姿勢を正し、そして、二人に深々と頭を下げた。 

「改めまして、ありがとうございました」

 竹生の行動に、亞輝斗と義覚は、思わず、ポカンと顔を見合わせる。

「よくよく考えてみたら、助けてもらって、お礼、言ってなかったと思って……」

 あの時の事か。と、ようやく二人は気がついた。

「いやいや、気にすんなって」
「そうそう。亞輝斗様のおせっかいは、いつもの事です。気にしない気にしない」

 しかし、竹生の言葉に、二人は再び、言葉を失う。

「僕を、生き返らせてくれて、ありがとうございました」


  ◆◇◆


 正確に、事の状況を伝えるならば。と、鬼は静かに語りだす。

「お前は確かに瀕死だったが、死んじゃない」

 竹生は年齢以上に大人びて冷静で、とても聡い子だと、義覚は思った。

 どうやら前後の記憶が少しあやふやなようではあるが、それでも混乱することなく、自身が身に纏っていたすっぱり斬られて血まみれの衣服状況証拠から、自分に何が起こったか冷静に分析して、想像して、そして、予測をたてている。

「さすがのオレだって、死人を生き返らせるすべなんか、持っちゃないさ」

 亞輝斗は荷物の中から、小さな竹筒を取り出す。

「今は全部お前に使っちまったから空っぽだが、この中には『命の水』が入ってた。ウチのが管理してる霊水で、飲めばたちどころに病気が治り、ぶっかければどんな傷も塞いじまう」
「そんな、大切なモノを、僕なんかに……?」

 いいのいいの。と、亞輝斗はぶんぶんと首を振った。

「オレな、目の前で子どもが死にそうなところなんて、見たくないんだよ」
「そりゃあもう、亞輝斗様の子ども好きというか、子どもに対する過重加護っぷりは凄まじく筋金入りで。亞輝斗様本人が言い出しっぺのクセに、自分が里を出るときも「比叡山までついていく」って駄々こねてききませんでしたし、君を見つけたあの時も、その竹筒に入ってた三分の一くらいの量で充分だったのに、半狂乱で全部ぶっかけてましたもんね。亞輝斗様」

 義覚にあっさり暴露され、鬼は赤面して黙り込んだ。

「で、たぶんその、お前も気づいてるかもしれないけど、お前が視える・・・ようになったのも、その『命の水』のせいだ」

 時々、あるんだよな……副作用。と、鬼はため息を吐いた。
 本当は、視えない人間は、視えないほうがいいんだが……と、申し訳なさそうに、頭を掻く。

「ヒトならざるモノは、色々だ。オレみたいに人間に対して好意的なモノもいれば、此処の土地神みたいに、中立を貫くモノもいる。そして……」

 突然、亞輝斗は立ち上がると、何か・・から、庇うように義覚と竹生を抱え、そして、赤い目を光らせて、空中をギロリと睨んだ。

「そいつみたいに、ヒトに、害を与えるような奴とか」
「心外だな。善童鬼ゼンドウキよ」

 突然、天井がバリバリと音をたてて崩れ、何かが降ってきた。

「我は人間嫌いというわけではないぞ? むしろ大好きだそ?」
伊吹いぶきぃ……屋根に穴あけてんじゃねーよ」

 誰がなおすんだ誰が。と、亞輝斗があきれ顔で睨む。
 煙る埃が落ち着くと、そこに居たのは、とぐろを巻いた、巨大な蛇だった。

「亞輝斗様。このお方は?」

 義覚の問いに、亞輝斗は淡泊に答えた。

伊吹大明神いぶきだいみょうじん。まぁ、そんなに親しくは無い。が、古い知り合いだな……」

 喜怒哀楽のはっきりした亞輝斗にしては、少し顔が引きつっているような、妙に煮え切らないような表情をしているような気がするのは、気のせいだろうか……。

 そんな彼の様子を気にすることなく、大蛇はマイペースに口を開きつづけた。

「アレはたしか、善童鬼……お前が生まれる前の話だったか。我に会いに来てくれた、小碓オウスという名の若者がいてな。遠路はるばる訪ねて来てくれて、あまりにも嬉しくて、我は美しい、雪と氷で歓迎したモノだ」
「……要するに、価値観が合わねーんだよ」

 ボソリと亞輝斗がつぶやいた。

 伊吹大明神本人は心の底から歓待したつもりなのだろうが、小碓命オウスノミコトこと日本武尊ヤマトタケルノミコトにとっては、初の完敗にて死因である。

「で、お前何しに来たんだよ。伊吹山お前の領域は、もっと北だろうが」

 嫌そうに顔をしかめる亞輝斗に、大蛇は鎌首をもたげて、大きくうなずいた。

「そうそう。このあたりの土地神が、よほど嬉しかったのか、我のところにも自慢に来てな」
「……アイツか」

 竹生の耳に、チッと、亞輝斗の舌打ちが聞こえた。

「お前に……否、お前たちに・・・・・、頼みたいことがある」

 突然、部屋中に靄が立ち込めた。
 急に室内の温度が下がり、ぶるりと、亞輝斗が体を震わせる。

 しばらくすると靄が晴れた。
 大蛇の姿かたちは消えて、その代りに、白髪の青年が、亞輝斗に向かって、頭を下げて座っている。

「我の、息子・・の、事だ」

 顔をあげた青年の、冷たい金色の瞳が、三人を見据えていた。
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