精霊機伝説

南雲遊火

文字の大きさ
上 下
99 / 110
光の国との交渉編

第九十八章 父の選択

しおりを挟む
「協力……?」

 虚を突かれたラキアではあったが、だんだん、不機嫌そうに表情を歪め、ユーディンに怒鳴った。

「だから! 言っただろう! 我が国は貴国との同盟を破棄する……」

 と……最後まで口にする前に、不意に、ラキアの首筋に冷たいモノが触れた。
 遅れて椅子が倒れる音が響き、ユーディンは「ほう……」と、感嘆の声を漏らす。

「半信半疑ではあったが……貴様、意外と身軽だったのだな」
「陛下……言われるままにやりましたけど、一体、この後、どうするつもりで」

 呆気にとられるルクレツィアの隣、突如立ち上がった瞬間、そのまま机を蹴って飛び上がり、彼女の背後に着地して、あっという間にラキアを拘束した髭もじゃの大男ギード=ザインは、胡乱うろんげにユーディンをじっとりと見つめる。
 彼女は「離せ」と暴れたが、力自体はギードの方がやはり上であり、組み伏せがれて床に押し付けられた。

 ユーディンが、そんなラキアに近づき、屈む。

「良い眺めだな。出来れば、自発的に協力をしてもらいたかったものだが……」
「貴様! 外交官たる私に、このような事をしてタダで済むと……」

 フンッ……と、ユーディンは鼻で笑う。

「外交官などと称しているのは、貴様だけ……実質貴様は、イムル帝が寄越してきた、末席の姫君人質ではないか」
「くッ……」

 図星を指摘され、ラキアは悔しそうに唇を噛む。

「どうせあの脳筋皇帝の事だ。余がアレイオラかの国次代皇帝アサル=コバルトを討ち取ったことで、かの国がしばしの間、情勢混乱を起こすだろうと踏み、フェリンランシャオこちらもこちらで内乱から混乱し、双方弱ったところで漁夫の利を狙い、上から目線ウエメセからの強気の行動だろうが……元々が亡国メタリアと、同レベルどっちもどっちの国力……」

 甘いわ。と、ユーディンは、ラキアの白い髪を、雑に掴んで引っ張った。

「敵国の皇太子を倒し、政敵を倒した余が、貴様の首を手土産に、そのままの勢いで、かの国をも、呑み込んでくれようか……」

 口の端を歪め、ニヤリと修羅は嗤う。

(まさか……破壊神か……)

 ユーディンの異様な様子に、思わず、ルクレツィアが立ち上がった。
 何か思うところがあったのか──同じタイミングでつられるように、デカルトも立ち上がる。

 が。

「お……おまちください!」

 割って入ったのは、カール=アルファージアだった。
 顔面は蒼白で、声も上ずる。

「わ、我が国には、現在、まとまった軍を他国に送り込むなど、そのような余裕は無いはず! む、無謀な真似はおやめください!」

 燃える炎の色の瞳が、じろりとカールを睨みつけた。
 有無を言わさぬ気迫に、「ひッ……」と、彼は、さらに固まる。

 ユーディンは、手に持つ杖の鞘を抜き、中の刃をカールの首元に当てた。

「邪魔をするな。アルファージア公。なんなら貴卿も一緒に、その、仲良く並べるか?」
「わ……わかり、ました……」

 観念したのか、カールの代わりに、同様に顔面蒼白のラキアが、か細い声で応えた。

「協力、いたします……父帝への取次をいたします故……」

 どうか、その者を巻き込むことは、おやめください──。

 震えるラキアの言葉に、思わず、ユーディンの口から、ククク……と、不気味な笑いが漏れる。
 その声は次第に、大きな笑い声となり──。

「よっし! 書記官! 今の! 議事録取ったな! ちゃんと記録したな!」

 にんまりと満足そうに笑うユーディン。

言質げちはとったぞ!」
「ま……まさか、陛下……」

 思わず一同、唖然と開いた口がふさがらない。
 腰が抜けて座り込んだルクレツィアの隣で、プルプルと、デカルトが怒りで肩を震わせる。

「いい加減慣れよ。貴様ら、この程度・・で震えて狼狽えているようでは、チェーザレの身代わりなど、いつまでも務まらないぞ」

 それに……と、ユーディンは、不敵に笑う。

余の頭・・・を、二発も殴ってくれたは、きっちり返さねばな」

 結局、子どもガキの喧嘩か──。ラキアの腕を締め上げ、拘束しているギードが、あきれたように、盛大なため息を吐いた。


  ◆◇◆


 主人ソルの居ない、第五格納庫。

 見つからないように、そろーりと忍び込む、二つの影。

 否。

『あぁ、そうですね……これ・・が、いいでしょう』

 満足そうに、一つの機体を見上げたのは、ムニン=オブシディアンだった。

「機体名称『ムネーメー』……こりゃぁずいぶんと、旧式じゃないか」

 アックスが、眉間に皺を寄せた。その隣には、複雑そうな顔をする、カイの姿もある。

 その黒い機体は、やや埃をかぶったように、格納庫の隅に置かれていた。
 しばらく動かしていないことは明白で、現時点で主がいないのは、たぶんきっと、間違いない。

『なかなかの名機、だと思いますよ。自分は。……彼女ジョアンナが乗ったそのもの・・・・ではないけれど、ただ、現存する機体はさすがに少ないので、文句は言いません』
「本当に、いいんか?」

 カイの問いに、ムニンは苦笑を浮かべた。

『そもそもの発端は、誰かさんが、ウチの娘を呪ってくれたせい・・なのですけれど』
「………………」
「………………………………」

 ムニンの言葉に、カイは言葉を詰まらせ、隣のアックスが視線を盛大にそらせた。

『……冗談ですよ。えぇ。構いません。愛しい娘を守れるのであれば、親としては、本望です』

 先日、モルガが、師匠ソルにしたある提案。
 精霊の影響を受けない、VDを作ること。
 ただ、それは──。

(たぶんきっと、間に合わん……)

 完全な形・・・・で完成するのは、もっと、ずっと、未来の話。

「……ミカ」
『はい。此処に……』

 カイは、闇の精霊機の封印者精霊を呼ぶ。
 間もなく現れたミカは、深々と三人に頭を下げた。

「闇の精霊の領域は、自分には手出しができん……だからどうか、手伝ってくれんか?」
『わかりました』

 ムネーメーに、カイはそっと触れる。
 アックスとミカが、そのカイの手にさらに手を重ね、そして、静かに目を瞑った。

 理屈は、あの時・・・と、一緒。

 そう、モルガが、ウラニアに望まれるまま、彼女の魂を機体ウラニアに上書きしたときと──。

『さあ。どうぞ』

 ミカに促されたムニンが、一歩一歩、ゆっくりと機体に近づく。
 同時に、彼のその姿は、徐々に薄まってゆき──。

 完全に消えたと同時、誰も乗っていない機体ムネーメーの目に、光が灯った。

『やーれやれ……ずっと文官で実戦に出たこと無いクセに、ホント物好きなんだから……』

 どこからともなく、気の抜けた声が響く。
 一部始終を見ていたらしい声の主父親を、アックスがじっとりと睨んだ。

『そうですわね……もし、生前あの方ムニン様が騎士となっていましたら、いわゆる適正値はA-相当……近年まれに見るAランクで、間違いなく、闇の元素騎士は貴方ではなく、あの方でしたでしょうね』
『うげぇ……マジかよ』

 ミカの言葉に、ジンカイトが頭を抱えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...