精霊機伝説

南雲遊火

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迫りくる混沌編

第九十二章 仁の真心

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「捕まって南部へ連行されとったが、カイヤと一緒に爆発の隙を見て逃げ出して、地下道をずっとこれまで、隠れながら逃げ回っとったワケなんじゃが、なーんか聞き覚えのある声が聞こえると思うたら……そこッ! アックス逃げるなッ!」

 パァンッ! と、突然音をたてて、スフェーンの手に持つ奇妙な形の杖が火を噴いた。
 すごい勢いで何かが飛び出し、背中を向けてその場を逃げ出そうとしたアックスの脇腹にめり込む。

「っでぇぇぇッ! 折れたッ! 絶対肋骨折れた何コレッ!」
「ふーむ、出血は無し。殺傷能力は確かに抑えられてるみたいねぇ……。私個人としては、ちょーっと邪道な気がするんだけど、護身用とか、拷問用としては、アリかしら?」

 本当に骨が折れたかどうかは不明だが、叫びながら涙目でゴロゴロと床を転がるアックスに、わなわなと腰が抜けたまま、震えだすカイ。
 そんなアックスに近づいて、カイヤがなにやら物騒なことを含みながら冷静に状況を分析しているが──いや、そうではなくてッ!

「あの! 一体それは……」

 唖然とするルクレツィアに、スフェーンは得意げに、ニヤリと笑った。

「ワシの新作の樹脂銃スタンガンじゃ。怪我を理由に、いつまでも動かんのいかんと思うて、手先と足のリハビリ、両方を兼ねて作ってみたんじゃが……」

 カイヤにはちぃと、不評でのぉ……と、眉間にシワを寄せるスフェーンに、「当たり前よ!」と、妹は頬を膨らませた。

「洗練されたデザインと機能美で売ってたスフェーン兄ぃのモデルなのに、なんよ! その、唐突に降って湧いたような、よーわからんデザインはッ!」
「店に別に並べて売るつもりはないけぇ、ええじゃろーが」

 確かに、ルクレツィアが愛用している、ヘリオドールの短銃と比べて、デザイン面で手を抜いた感は否めず、装飾も何もない、しいて言うなら只の白い筒。

 そんな事よりも、何故、その物騒なモノを、実の弟に向かってぶっ放すのか──。

「いやぁ、アレが、兄貴の通常運行じゃぁ……たぶんモリオンねーちゃんあたりから、ワシらのこと・・・・・・きいとって、いつも以上に遠慮がないんじゃろうけど……」

 ルクレツィアの表情を察したか、ぶち滅茶苦茶痛ってぇ……と脇腹を押さえながら、涙目のアックスがつぶやいた。
 アックスを支えながら、気持ち尻込みしているカイも、モルガの記憶からか、コクコクコクコクと、壊れた人形のようにうなずく。

 そんな三人の背後でジンカイトは、メタリアでの混乱の際に、ヘルメガータモルガアレスフィードアックスを経由せず、直にデウスヘーラーチェーザレと接触、連絡を取っており、その際、自身のアレコレや息子の事を含めたメタリアの状況、ルクレツィアからの伝言──ナドナドの報告の信憑性を持たせる為に、スフェーンの恥ずかしい秘密あんなことやこんなことをチェーザレに暴露……げふん、伝えていたことを、さすがにマズイと思ったらしく、スフェーンとカイヤに気づかれないうちにそっと消えようとし──ムニンに見つかって失敗。

 ギリギリと何者かを締め上げているムニンの姿に気付いたスフェーンとカイヤが、二人に駆け寄った。

「オブシディアン公。ご無事でしたか!」

 混乱の中、処刑されたと聞いとりましたが……と、安堵の表情を浮かべる二人に、ムニンは言葉を詰まらせる。

『あ、いえ……それが……』

 とたん、ムニンの足元から、ぶわりと噴き出す闇の霧。

『その……無事、ではないんですよね……』

 一瞬、硬直したスフェーンとカイヤだったが、次の瞬間、思わず、すごい勢いで部屋の入り口まで後ずさった。

 その様子を見たアックスが思わず噴き出して笑い、再度スフェーンに樹脂銃スタンガンを撃ち込まれたことは言うまでもない。


  ◆◇◆


 謁見の間の椅子の肘掛にもたれかかるよう、ユーディンは突っ伏した。

 謁見を申し出てきた全ての者たちとは対面を終え、「一人になりたい」と、ギードにも席を外すように指示し、この部屋には誰もいない。

 ただ、予感があった。

 否、願望と言うべきかもしれない。

 そう、あと、もう一人……。

「……陛下」
「来たか」

 強張らせ、震える声に、ユーディンは体を起こす。
 うすぼんやりと照らされた室内に浮かぶ、淡い茶色の、癖の強い髪──。

「お聞きしたいことが、ございます」
「申せ」

 震えながら、主君に銃口を向ける緑の元素騎士デカルト=ガレフィスに、ユーディンは驚くこと無く、ジッと相手を見据え、淡々と答える。

「貴方は……知っていたのですか! 彼女の目を! 彼女の事をッ!」

 ──本音を言うなら大変不本意かつ、ものすごく気に入らないが、今モリオンの隣にいるべき人間は、貴様以外相応しくないから、そう言っているんだッ!

 ユーディンはそう言って、デカルトをモリオンの元に行かせた。
 それはつまり、デカルトと対面する前に、この皇帝は、モリオンに会っていた……。

「あぁ、知っていた。彼女がああなった原因は、余である」
「……ッ!」

 激昂するデカルトに、ユーディンは何事も無かったかのように、相も変わらず淡々と肯定をした。
 銃をかまえるデカルトの両手に、無駄な力が入り、ぶるぶると震え、照準が定まらない。

「………………」

 ふう、と、ユーディンは無言で、深くため息を吐いた。
 おもむろに立ち上がると、フラフラとデカルトに近づく。

「他者に、我が運命を任せる・・・・・・など……まさか余が、そう思えるようになる日が、来ようとは……」

 そう言うと、ユーディンは震えるデカルトの手に、自らのごつごつとした手を重ね、銃口を自らの左胸に当てた。

「余の心臓は、此処にある」

 そのまま、その手を上にずらし、そして、眉間に当てる。

「そして、頭を打ち抜かれれば、死ぬだろう」
「な……」

 何を……言っている……。金茶の瞳を見開いて、デカルトは言葉を失う。

「昔、もう一人の余・・・・・・が、チェーザレを酷く怒らせたことがあってな……」

 ふっと、ユーディン修羅の表情が、穏やかに緩んだ。

「軽はずみに、「を殺して、フェリンランシャオを乗っ取り、トレドットを再興すればい」などと冗談めかして──だが、言われたチェーザレの逆鱗に触れて、「言葉通り性根を叩きなおす」とばかりに、鼻血が出て余と入れ替わるまで、チェーザレはもう一人の余を、ボコボコに殴ってくれたものだ」

 突然の昔話に、ポカンとした顔で、デカルトは銃を落した。

「余が死ねばいいというその考えも、今思えば有りだったかもしれぬ。だが、頼みの綱の後継者候補ユミルは無能、大切な者チェーザレは死に、余は守るべき者モリオンを傷つけた。それなのに……今の余・・・は、自ら死を選ぶことができぬ」

 たぶんきっと、自らの中の破壊神エフドが止めるか、もしくは、死の直前のユーディンを完全に乗っ取り、肉体の限界タイムリミットまで、ユーディンとして振る舞いながら、世界に破滅と混乱をもたらすか──。

 だから。

「余の命、貴様に託そう。もし・・貴様の逆鱗に・・・・・・再度触れることが・・・・・・・・あれば・・・、その時は躊躇いなく、余を即死させよ・・・・・

 メタリアでの、デカルトの行動。
 仁の真心にて他者の心を掴む者。

 デカルトの判断に、きっと、間違いは無い。

「これは、勅命である」
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