精霊機伝説

南雲遊火

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裏切りの騎士編

第五十五章 眷族

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『嘘、でしょう……』

 ショックを受けたミカが、よろよろと石畳の床にうずくまる。

 初めて会った時、自分に向かって会釈を返したモルガ。
 真面目で、素直で、優しくて、まっさら・・・・な青年……。

『そんなに落ち込む程なのかよ……』
『そりゃあもう!』

 まさか彼が、自らのミカが記憶の彼方に葬り去りたい最悪レベルの操者と、血のつながった実の親子だったとは。

『参ったのぉ……カイヤとモルガとアックスは、どっちかっちゅーと、エリスよりワシに似とると思ったんじゃが……』
「そんな事よりも、どうして貴方が此処に……?」

 亡くなったと、聞いていましたが……ルクレツィアの言葉に、『おお』と、ジンカイトはぽんッと、手を打った。

『いやぁ。病死とか寿命とかなら、あっさり納得して昇天しとるトコなんじゃろうけど、ワシの場合、急ちゅーか、事故死でのぉ』

 そういえば、死因まで深く聞いた覚えはなかった。
 ルクレツィアは彼の言葉を聞きながら、ゆっくりと体を起こし、壁にもたれかかるよう座る。

 自分の体とは思えないほど、鉛のように重たくて、くらくらと眩暈がした。

『その、モリオンの婚約云々の話もあったじゃろ? 楽しみにしとった、親父としてのあの通過儀礼・・・・、「貴様なんぞにウチの大事な娘をやれるかーッ!」って婿殿をぶん殴るヤツも、やりたかったのに結局やれず仕舞いじゃったしで……』

 未練たらたら・・・・。そんな言葉がぴったりのジンカイト。
 とりあえず、殴られずに助かった、人のよさそうな騎士デカルトに、「ドンマイ」と、心の中でエールを送る。

『とりあえず、一年様子見。納得できて、モリオンの花嫁姿見れたら、成仏しようか……って思って、もう少しで一年……ってトコでウチの息子モルガが元素騎士! こりゃー血は争えねぇなぁ……って思ってたら、あれよあれよと……』
「それは……本当に申し訳ない」

 あれよあれよ・・・・・・の部分で、大概ほとんどの元凶となった自覚のあるルクレツィアは、思わず頭を下げた。

 息子二人が神の憑代となったり、そのうち一人が死にかけたりと、父親からしてみれば、未練は晴れるどころか、心配や不安は増し増し・・・・だろう。

 しかしながら、ジンカイトはルクレツィアとは対照的に、にっかりと笑う。

『大丈夫。嬢ちゃんのせいじゃないって。アイツ・・・も、アイツなりに心配してるんだ』

 ……まぁ、ちょっと、危ういトコロもあるけどな……ジンカイトは言葉を呑み込み、視線をそらせた。

『それで、此処へは、何故?』

 キッと睨むミカにどうどう……と、なだめながらジンカイトは答えた。

『まぁ、そーじゃな。今のワシは、モルガ……いや、精霊機ヘルメガータの生みだした、『眷族端末』と思ってもらえればいい。もしくは『使い魔子機』かのぉ……炎の精霊機ヘパイストの生み出す『炎の鳥』みたいなモンじゃ。ワシが元々持ってた属性は『闇』なんで、本来は契約なんぞ論外なんじゃが、憑代モルガ肉体遺伝子情報の半分は、ワシ・・からできている。例外的な、契約・・じゃの』

 故に……。

ワシの場合・・・・・、それなりに好き勝手、自由行動を許されとるが、基本的に、ヘルメガータにとって、不利益な行動はできん。そして、ワシが見聞きした情報モノは、ヘルメガータに蓄積される』

 それでは……。

「私の現状、モルガに……?」
『ああ。ワシの目を、耳を通して、伝わっとる』

 そう、か。と、ルクレツィアは、小さくため息を吐いた。
 強い眩暈に、倦怠感……しばらく、立ち上がることも困難だろう……。

 そして、動けないうちに、再度──薬を盛られる可能性もある。

「説得力はないかもしれないが……私は大丈夫だ。それよりも、二人とも。城内の様子……間取りや兵の数、アレイオラとメタリアの関係の様子を、探ってくれ。私が此処に居る以上、ハデスは使えないから……ミカは、ハデスの防衛を。ジンカイト殿は、現状をモルガに……いや、モルガが無理そうなら、アックスを通して、陛下・・兄上・・に伝えてくれ」
『わかりました』

 ミカがうなずいて返事を返し、ジンカイトは返事の代わりに、ヒュウッと、口笛を吹いた。

『自分の置かれた状況にもかかわらず、その状態で客観的に冷静な判断からの指示。ホント、頼りになる良い騎士様じゃねーの』
『当たり前です!』

 貴方とは違うんです! と、憤るミカの言葉を遮りながら、ジンカイトは目を細め、いたずらっ子のように、ニヤリと口の端をあげる。

『ここで、ちょいと嬢ちゃんに忠告。もっとグッタリして、薬が回ってる演技・・しとくと、相手を油断させるには効果的……かもな』
『本当に、ろくでもないこと・・・・・・・・しか、教えませんわね。この駄目操者は』

 ジンカイトとミカのやりとりに、思わずルクレツィアは目を細めて笑った。

 極限の場において、不釣り合いなやりとりかもしれないが、ジンカイトの軽さ・・が、追い詰められたルクレツィアにとっては、大変心地よく、有難いと思った。


  ◆◇◆


 小さな少年の頭を、撫でた。

 彼は自分を、嬉しそうに「父上」と呼ぶ。

 おかしいな……自分に、息子・・なんて、いただろうか? 疑問に思いながら、少年に視線を合わせるように膝をついた。

「父上。今度は、何を壊しましょう?」
「そうだな……」

 赤い目を細め、無邪気に笑う少年の口からこぼれる、相反した不穏な言葉。
 そんな少年に、自然と自分の口から、言葉が漏れた。

「『』を一つ、飲み込んでやろう・・・・・・・・。お前の眷族玩具も増えるしな」


  ◆◇◆


 自分の言葉を聞き、晴れやかに笑う少年にモルガの面影を見つけ、ユーディン・・・・・は飛び起きた。

 窓からこぼれる光の量と高さから、「休め」とソルに無理矢理部屋押し込められ、寝台に横になってから、さほど時間は経ってないだろう。
 上着をひっ掴んで、慌てて部屋を飛び出し、一目散に格納庫へと走る。

 ただの夢・・・・とは、思えなかった。

 以前見た、破壊神の記憶・・・・・・に近いモノを感じる……。

「あ、陛下!」

 なんでこんなところに……と、苦い顔のソルと、ついでにギードと鉢合わせしたが、構うことなく、ユーディンはヘルメガータに向かって走った。

「アックス! 乗せて!」

 ヘルメガータの心臓コックピットからひょっこり顔をのぞかせたアックスに、ユーディンは手を大きくふってアピール。

 ヘルメガータではなく、隣のアレスフィードがゆっくり動いて、ユーディンを包み込むようにその手のひらに乗せる。そのまま、ヘルメガータの心臓コックピットの位置まで手を差し出し、ユーディンを連れて行った。

「どしたんじゃ……陛下……」

 ユーディンの表情に、アックスは思わず言葉を失う。ユーディンはそのまま、一直線で、心臓コックピットの中央……巨大で禍々しい繭にの前に駆け寄った。

 そして、ユーディンはその巨大な繭の糸を握れるだけ掴み、そのままぶちぶちと引きちぎりはじめる。

「な……何をしょーんじゃ……」
「モルガ! ダメだ! そいつの話を・・・・・・聴くんじゃない・・・・・・・ッ!」

 引き留めようとするアックスを言葉通り振り払い、再度、ユーディンは繭を掴んだ。

 神の祟り・・なんて、今更怖くはない。

 自分は、精霊の加護の無い人間だ。眷族にでもなんでも、やれるものならやってみろ。

 気に入らなければ、この身を──石の塊にでも、砂の山にでも、変えるがいい。

 だけど……それでも……。

「モルガを、ボクに返せ・・・・・ッ!」

 ずるり──繭の中からあふれる、どす黒い液体を頭からかぶりながら、ユーディンは中のモルガを、無理矢理引きずり出した。

 粘度の高い液体が口に入り、ゲホゲホと咳き込み、荒い息を整えながら、ユーディンはモルガを……そして周りの光景を、改めて確認した。

 金と黒の入り交じった糸の繭の残骸。どす黒い液体は、しばらく空気に触れると、蒸発して消えて無くなる。

 力なくユーディンにもたれかかるモルガは、ちゃんと足もあり、その背中に翼は無く、鱗らしきものも一枚もない。

 癖の強い髪は、足の先より長かったが、それでも、元の柔らかい茶色。

「コレは……どういう状況……なのかのぉ……」

 思わず、アックスもぽつりと声を漏らした。

 ぴくり──と、その音に反応したか、かすかに、モルガの睫毛が動く。

「なん……じゃ……」

 ガラガラの──潰れたような、『声』が、モルガの口から洩れた。
 思わず、ユーディンがモルガの両肩を慌てて掴んで、彼を支える。

「モルガ! 君なの!」
「陛……下……?」

 赤い瞳の焦点は、相変わらず、定まってはいない。
 けれども、以前よりもはっきりと、意思を感じる声が、彼の口から洩れた。
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