精霊機伝説

南雲遊火

文字の大きさ
上 下
5 / 110
トラファルガー噴火編

第四章 騎士の条件

しおりを挟む
 ズンッ──と、地面が揺れた。

 火山が爆発したのだから、地震が起こるのは当然であろう。ステラがマルーンに赴任してからも、もう何度も体に感じる地震が起こっている。

 ただ、少し様子が違ったのは、かすかに、駆動音が混ざっていること……。

「あっれ……ギードってば、珍しく仕事する気になったのかしら?」

 遠目に見える巨大な影に、ステラは思わず目を見開いた。
 地の精霊機、ヘルメガータが、一歩、一歩と、ゆっくり歩いている。

 ギード=ザインは、十五歳のステラの目から見て、お世辞にも「良い」騎士とは言えなかった。

 四六時中酒の匂いがプンプンするし、すぐにサボるし、慢心の塊だし、日替わりで違う女(騎士であったり、そうでなかったり……)を、無断で自分の執務室に連れ込むし……。

 正直、どうして彼が元素騎士に選ばれてしまったのか──軽く事故案件だと、腹立たしい思いさえあった。

「んー? ルーちゃんも?」

 町の外にあったハデスヘルが、ステラの頭上を飛んで、ヘルメガータの側に着陸する。

 水と油のあの二人が、一緒に動くなんて、ますますもって珍しいこともあるモノね……と、ステラが関心した、その時。

 ステラは信じられないモノを凝視し、叫んだ。

「えーッ! ちょっと待ってッ! なんでッ!」

 ヘパイスト。この国、炎のフェリンランシャオを守る、赤い精霊機。
 の機体に選ばれた操者は、紛れもなく自分だ。

「私此処に居るのに、なんでへパちゃんが勝手に動いてるのッ!」
「どうした?」

 背後から、落ち着いた女性の声がし、ステラは涙目で振り返った。

 指揮だけではなく、直接自身も復興作業をしていたのか──身に纏う、彼女のその黒い元素騎士の制服は、先ほどよりも酷く灰と泥で汚れていたが……ルクレツィアの声に、ステラは再び慌てて叫んだ。

「ルーちゃんッ! アレ! あそこ!」
「はぁ!?」

 ルクレツィアも、思わず目を見開く。

「なんでハデスがあんなところに!」
「ちょ……行ってみよう!」

 促し、駆け出すステラとは対照的に、ルクレツィアは立ち止まったまま。

「どうしたの?」
「──少し、確認したいことがある。その……」
「オッケー。道案内ね!」

 物分かりの良い年下の少女に、ルクレツィアは赤面しながら、こくりと小さくうなずいた。


  ◆◇◆


 腹部に強い衝撃を受け、思わずギードは飛び起きた。

「痛っっったあ……」
「いつまでぐーたら寝てるのよこの無能騎士役立たず!」

 地の元素騎士の腹を踏みつけ、さらにもう一蹴り入れそうなステラを、ルクレツィアは慌てて後ろから羽交い絞めた。

二等騎士ラング・ザイン、色々問いただしたいことは山のようにありますが、今は非常事態です。今すぐ起きてください」

 彼の周囲にはどこから持ってきたのか、酒瓶が複数転がっており、元素騎士の制服も着崩してだらしがない。

「………………」

 それが、寝ていた人を起こす態度か……とでも言いたげに、ギードは十歳以上年の離れた、乳臭い二人の同僚を睨んだ。

「ったく、何の用だ」
「貴方のヘルメガータが、勝手に動いております」

 その点について、何か思い当たることは──というルクレツィアの言葉を最後まで聞かず、だらしない身なりのまま、ギードは駆け出し、外に出た。

「マジかよ……」

 呆然と愛機を見上げるギード。やはり、彼にも思い当たるフシはないらしい。
 ──と、いうことは。

「やはり、機体そのものを調べるしかないか……」

 ルクレツィアの言葉に、ステラはうなずいた。


  ◆◇◆


「やだー、VDの操縦なんて、何年ぶりだろ……」

 能天気なステラの言葉に、ギードが小さく舌打ちした。三人の中で……いや、元素騎士の中で最年少の彼女ステラだが、二人にとって、元素騎士としては、少なくとも三年以上は、彼女の方が先輩にあたる。

 ルクレツィアは、自身直属の──通称『闇宮軍』の部下から、中~近距離戦闘特化型のVD「エラト」を三機、借り受けることになった。

「精霊機が操者を乗せないまま、勝手に動いている」という状況は、十分非常事態ではあるのだが、それでも、ルクレツィアは軍の大半を、人命救助──マルーンの町の人々の救出と避難に使うことを優先した。

 ヴァイオレント・ドールVDは、精霊機を模して人間ヒトが造った機体だ。
 心臓コックピットの構造は根本的に違い、固定座席に操縦桿による操縦や各種装置で情報処理を行うオートモードと、格闘など操者の動きをトレースするセミ・オートと、用途や戦場、操者の得手不得手によって、切り替えて使い分ける必要がある。

 先ほど集まっていた精霊機は、トラファルガー山をぐるりと囲むよう、三機バラバラに散り、そして空中に浮いていた。

 ギードはヘルメガータを、ステラはヘパイストを、ルクレツィアはハデスヘルをそれぞれ追いかける。

「誰か! いや、誰が乗っているッ!」

 ルクレツィアは、ハデスヘルに通信を試みる。

「!」

 通信に反応は無かったが、返事の代わりに、自身の乗っている機体エラトの動きが重くなった。

「ジャミングかッ!」

 まったく動けなくなったわけではなかったが、ルクレツィアの乗るエラトの推進力が下がる。

「ちぃッ……」

 致し方ない──ルクレツィアは、エラトの肩のミサイル・ランチャーを、ハデスヘルに向かって打ちこんだ。

「ルーちゃ……ひゃッ!」
「ステラッ!」

 ミサイル・ランチャーは軌道を変えられ、明後日の方向へ向かって飛び爆発。
 その先で、ステラのエラトが、ヘパイストと組み合って、じりじり押されている。

 そんな時、突然、ルクレツィアの聞き覚えのある声が、エラトの通信に割って入った。
 現れた人物の顔に、ルクレツィアは、思わず絶句。

「あんのぉ、ちぃと、邪魔せんでほしぃんじゃけど」
「お前!」

 モルガナイト=ヘリオドール! 予想外の犯人に、ルクレツィアは目が点になる。

「あー、おまえさんか……」

 苦虫をつぶしたようなモルガの顔に、ルクレツィアは、ふつふつと、怒りがこみ上げる。
 そんなルクレツィアの様子に、ため息を吐きながらモルガは言った。

「ちぃと待ってくれんかの。もうすぐ、終わるけぇ……」

 何が……とルクレツィアが問う前に、ギードが動く。

「なんで『テメェら』が精霊機に乗れてるのか、さっぱりわからんが……俺の精霊機を盗むとは、覚悟しとけよ!」

 ヘルメガータに背後から叩きつけるようにブレードを振り下ろし、そしてそのまま勢いで地面に叩きつけ、ガリガリと押しつけた。

「俺の精霊機……のぉ……」

 ヘルメガータが、ゆっくりと起き上がる。モルガの声が、怒りで震えていた。

「肝心なときに役に立たん、『コイツルツの声』に耳もかさん、『精霊機の使い方』も知らないド三流サンピン……聞き分けの悪い、騎士様どもじゃのぉ!」

 ハデスさん! モルガが叫ぶと、ヴンッと、ハデスヘルの目が、明るく光った。

Chorus illusio幻影と踊れ!」

 モルガの声と同時に、突然、エラトの機能がフリーズを起こした。
 ルクレツィアの機体は完全に動かなくなり、ギードとステラの機体は、操者の操縦などお構いなしに、勝手に動き始め、同士討ちをはじめる。

 いや、よくみると、ステラの機体が、一方的にギードをボコボコにしている。

「よう見とれッ! 精霊機はこう使うんじゃッ!」

 モルガはその言葉を最後に、通信を切った。


  ◆◇◆


 かくして。

 三機の精霊機は、火山の上空に飛んだ。

 その力は、まさしく精霊の祈り。地に溢れる精霊の『活性化』。

 闇の精霊機が情報を集め、地の精霊機がもろくなった大地と岩盤を補強し、炎の精霊機が、地下で暴れるマグマを鎮める。

 もくもくと上がる黒い煙は、たちどころに白くなり、徐々に量を減らし……そして、いつもの山の姿に戻った。

 あっという間の目に見えての変化に、元素騎士たちは思わず目を見開く。

 ヘルメガータの中から、モルガが降りてくる。隣にはヘパイストが跪き、そして遅れて到着したハデスヘルが、大切そうに「何か」を持つ手を下に起き、同じようにモルガに跪いた。

 ハデスヘルの手の中には、五人の子どもたち。皆汚れて、震えていたが、命に別状はないようで、モルガの姿を見ると、我先にと駆け寄ってきた。

「にぃちゃん!」
「皆、無事でよかったのぉ」

 泣きだす子どもたちを、モルガはしゃがみ、「よしよし」と、慣れた調子であやした。

 しかし。

「どういうことか、説明してもらおうか」
「……気持ちはわかる。が、まぁ、その物騒なモノをしまってくれんかのぉ」

 モルガの頭に、銃口を突きつけるルクレツィア。無人のはずのヘルメガータの目が光り、右腕を伸ばす。

「ルツ! 大丈夫じゃ。動かんでえぇ」

 ルツ……? 聞いたことのない名称に、ルクレツィアは眉を顰める。

「共犯者か? ハデスとヘパイストの操者は誰だ?」

 モルガは立ち上がると、銃口にひるむことなく、答えた。

「操者などおらん。ありゃー、ワシ一人でやったことじゃ」

 いや……と、モルガは首を横に振る。

「しいて言うなら、共犯者は、ルツと、「ハデスさん」と、「へパのあんちゃん」かのぉ」

 悪童のようなモルガの笑みに、思わずルクレツィアは、「ふざけるな」とモルガにつかみかかり、慌てたステラが、ルクレツィアを後ろから羽交い絞めにした。

 先ほどとは真逆の光景ではあった。
 しかしながら、ステラでは体力が足りず、ルクレツィアを止めるには至らない。

 ステラがモルガと一緒に振り回されたことは、言うまでもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

処理中です...