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幼児編

異世界で、鈍感系ヒロインの俺でも彼のハートは理解出来た

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 ペーパーテストが終わり、社交ダンス、社交マナーの試験が続いた。
 あれ以来、黒髪の美少女、ルールー・アイリスとは話す機会は無かった。
 うん。だって俺の異世界冒険譚だもの。当然だよ。

 そして夕方が近くなると、男女別で最後の試験が行われた。
 男子組は第一学舎の前庭で槍の試験、女子組は学舎周辺を走り込みむ基礎体力試験だ。

 俺達は全員槍を持ち、試験の番号が呼ばれるのを待っている。
 そして、最初に呼ばれた子供は試験官の前に出ると、緊張しながらも槍の演舞を行った。
 ジャンプしたり、槍を回したり、なかなかのエンターテイメントだ。

 最初の子供は、ひとしきり踊ると、息を切らして退場した。

 うん?
 えっと。
 演舞?
 実技試験じゃないの?

 なんじゃ?
 サッズから何も教えて貰ってないぞ?
 そもそもサッズ・グリモール槍術にそんなのあるのか?

 いや、在るわけない。
 だって、俺達弟子が勝手にグリモール槍術って言ってるだけで、流派でもなんでもないし。
 しかも、槍バカが集まって、試合して、考察して、飯食って、昼寝して、を毎日繰り返してるアホ集団だよ、俺達。
 そんな立派な型なんて、在るわけがない。

 やっべ。
 どうしよ…

 そうこうしていると、俺の前の番号が呼ばれ、銀髪赤目の美少年が前に出た。
 自前の槍をブンブンと振り回し『よし、本物の槍を見せてやる!』と大声を出して得意気だ。
 そして、演舞を始めると子供達が「あいつ凄いぞ!?」とざわつきだした。
 何がそんなに凄いのかと、俺もじっくり見るが、ぶっちゃけ良くわからん。

 確かに動きに鋭さがあるが、だからと言って子供の身体能力の範疇だ。
 しかし、俺は普段から大人に囲まれているので、感覚が皆とズレているのかも。
 きっと覚えるのが大変な伝統的な演目とかなんだろ。

 そうこうしていると演舞が終わり、銀髪の美少年がドヤ顔で決めポーズをした。

 周りからは『おー』と声が上がり、盛大な拍手が贈られている。
 俺も何となくつられて拍手をしていると、試験官から『次の者!』と声がかかった。

 やっべ。
 何にも考えてなかった。

 とりあえず前に進むと、少年達から『あいつ王子だぜ』、『変態王子だろ?』、『パンツ王だ』などと小声の声援が飛んだ。
 前世ではヤジって言ったっけ?
 異世界では声援ですが、何か?

 てくてくと試験官の前まで来たが、さて、どうしたものか。
 何もしないで突っ立っていたら、少年達が『どうしたんだ?』とざわつきだした。
 そして、見かねた試験官も慌てて駆け寄ってきた。

「どうされました、殿下?」
「あ、いや、実は演舞をした事がないのだ」

 試験官が手にした資料をパラパラとめくった。

「あれ? サッズ・グリモール師事とありますが…あーなるほど。ひょっとして、実戦しか、ご経験が無いのでは?」
「そうなんだよ。それで、困っていたのだ。このまま試験を辞退するべきか?」
「あー。いえ、殿下。近年は『子供がケガをした』、という苦情が多くて、ずっと演舞で評価しているのですが、本来は実技試験です。殿下の成績は『優』としますから、適当に演舞して下さい」
「良いのか?」

 心配になり試験官を見ると、手首を使ってクルクルと槍を回した。
 なるほど。兄弟子か。
 同門の試験官は、後輩の俺を見てサッズを思い出したのか、苦笑いすると定位置へと戻っていった。
 うん。その気持ちは良く分かるよ。

 俺は深呼吸すると、槍を構えて、飛んだり、跳ねたり、槍を回したり、とダンスっぽく動き、最後にドヤ顔で締めた。
 少年達からは『あはは、なんだあれー』、『動き気持ち悪っ』、『ふざけてるの?』等の声が嘲笑と共に聞こえた。
 うん、まあ、そうだよね、と思いながら帰ろうとすると、銀髪の少年が顔を真っ赤にさせて、つかつかと歩み寄り、俺の胸ぐらを掴んだ。

「なんだ貴様は! 槍を…槍をなんだと思っているんだ!」
「えっと、頑張って踊ったが、ダメなのか?」
「踊っただと…貴様…槍を…槍術を何だと思っているのだ! 槍をバカにする貴様だけは絶対に許さん! 構えろ…」
「構えろ?」

 少年は掴んでいた俺の首元を乱暴に放すと、大声を出して威嚇した。

「貴様の性根を叩き直してやるから構えろと言っているんだ!」

 子供達は突然の試合開始に『ワーワー』と声を出して大はしゃぎだ。その中には『クルーガー家の槍術が見れるなんて』と興奮する者もいた。

 あまりの急展開で不安になり、同門の試験官を見ると凄みのある雰囲気で睨んでくる。
 いくら鈍感系ヒロインの俺でも彼のハートは理解出来た。
 『大物貴族の子供だから、絶対にケガさせるなよ。それくらいは分かるよな、後輩!』という熱い愛の視線を感じた。

 こうなってしまったら話し合いでどうにか出来ないよな。
 逃げられないなと諦めると、俺は適当に構えた。
 銀髪の少年は、そんな姿に『チッ』っと舌打ちしてから槍を突き出した。

「セィ!」

 少年が一声上げると、俺の槍に穂先を合わせようとした。しかし、俺は槍を下げると同時に少年の足を引っ掻ける。すると、少年の体勢が崩れたので、更に足元をすくい上げて宙に浮かせると、背中から落下するように槍で微調整した。
 一瞬の出来事に抵抗が出来ず、少年は仰向けで地面に叩きつけられた。

 俺は、ドヤっと自信満々に周りを見た。
 しかし、子供達から『卑怯だ! 正々堂々勝負しろ!』、『槍を合わせてないぞ、無礼だ!』、『女の子を叩きつけやがった、酷いぞ!』と罵る声がする。

 え?
 卑怯?
 槍を合わせる?
 女の子?

 憤る子供達を混乱して見ていると、突然『この~~
!』という声がして、押し倒された。
 銀髪の少年、いや、少女が馬乗りになって俺を見下ろしている。
 目には大粒の涙を浮かべ、大玉の涙がこぼれると俺の顔へと落下した。

『ひ、ひきょう者め!』

 少女が右の拳を振り上げると、俺の頬に振り下ろす。

「イテっ」
「ばか! あほ! うんこ垂れ!」

 そう叫びながら、子供の喧嘩みたいに両手でポカポカと俺の頭を殴った。

「い、痛い、止めろよ!」

 俺の声が上がると同時に教官達が集まって、『止めなさい、スカーレット・クルーガー!』と言って、少女を引き離した。
 そして、騒然とした会場を沈める為に教官が『静かにしなさい!』と一喝し、俺は医務室へ、少女は講堂へと別々に連れて行かれたのだった。
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