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幼児編

異世界で、入学試験を受けた

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 ミルド王立アルディージャ学園は、王都から馬車で北に一日離れた場所にある。
 その外観を見れば、どこかの街かと思う程の大きさだ。
 ここで五歳から十八歳までの貴族や商家の子供、約三千人が寮生活をしているのだから、自然と規模も大きくなってしまうのだろう。

 学園の理念は、身分を問わずに、国中から集まった優秀な子供達の育成と人脈形成を旨としている。
 そう聞くと耳心地は良いが、実際はそうでもない。
 貴族の子弟が五歳から入学するのに対し、平民の子供は十歳から入学を許可される。
 貴族は五年先行して勉強し、平民の子供に『え、まだそんなとこ勉強してるの? バカじゃね?』的な優越感を与え、庶民との差別化を図る。

 貴族社会を維持するには大変有効だ。
 ロクな人材は育たないけど。

 俺は学園の一番高い建物、第一学舎の講堂にいる。
 入学試験を受ける為に、五歳児が百人くらい集まって大騒ぎだ。
 まあ、普通、この歳の子供が大人しく席に座ってるなんて無理な話だよな。

「四十八番、ここか!」

 大きい声がして左を向くと、銀色のショートヘアーで赤目をした中性的な少年が、『ドカっ』と槍を机に立てかけると、横に座った。
 なんか涼しげな美少年だ。ウルフっぽい。

 でも、これからペーパーテストだよな。
 何で槍を持ってるの?
 侍みたいに武士の魂は手放せないのかな?
 騎士の家も大変だな。

 少年をあっけに取られて見ていると、逆に睨まれた。

「何か見たことある顔だよな?」
「えっと、どこでしょう。こちらに覚えは無いのですが…」
「なんだその話し方、気持ち悪っ…」

 えっと。
 会話して三秒で嫌われたんですけど。
 学校、怖っ。

「まあ、いいか。とりあえず寝るから、始まったら起こして」

 そう言うと銀髪の少年は、突っ伏して寝始めた。

 おおう。
 さすがに学校だ。
 色んな人がいるな。

 だが、しかし。
 珍妙な子とは極力距離を取ろう。
 うん。そうしよう。

 少年の寝息を聞いていると、今度は右から声がした。

「四十六番は、こちらですね。あっ殿下…」
「えっ!?」

 うわっ。
 マジか。
 びっくりした。
 すごい美少女だ。

 美人は侍女達で見慣れているが、比較にならない。
 長い黒髪はまるで絹のような美しさで、紺碧の目は輝く宝石のようだ。
 思わず見とれてしまい、心臓が鷲掴みされたように『ぎゅうっ』と締め付けられた。

「お隣、宜しいでしょうか?」
「えあ、う、お、おう…」
「えあう?」

 クソ。
 しまった。

 転生してから五年。槍バカとか商人バカな男達に囲まれて、女子と話して無かったから、すっかり舞い上がってしまった。

 ど、ど、ど、どうしよう。
 ここからどう挽回しよう。

 なんかクスクス笑って『失礼します』って隣に座ったぞ。
 しかも俺の事ずっと見てるし。
 眼球の色素が薄くて吸い込まれそうだ。

 お、お友達になりたい…

 いや、待て、待て。
 冷静になれ、俺。
 俺、精神年齢二十二歳。
 彼女、五歳。

 ジャパニーズだったら、ポリース来て、タイーホだよ、タイーホ。

 そうだよ、そう。

 大人の俺は別に美少女とか見てもトキメカ無いし。
 ドキムネになんねーし。
 別に何にも期待してねーし。
 大人の対応とか出来るし。

 いや、本気と書いてマジで証明してやるから。
 大人の余裕ある対応ってやつを見せてやるから。
 異世界の知識無双で最高の対応してやるから。

「あ、あるで…アルバラートだ!」
「はい。存じています。ルールー・アイリスと申します。以後お見知りおきを」

 ルールーは、スカートをちょんと摘まんで会釈した。

 ドヤ!
 見たか!
 俺の対応は!
 完璧な名乗り!
 ロイヤルファミリーの威厳を見せてやった!

 少し前なら侍女たちが、『殿下、さすがです!』、『雄々しさたるや神の如し、いえ、神そのもです!』と言って絶賛してくれた。
 それなのに、後ろの席から『うわ、噛みすぎ』とか、『変態とかって噂だけど、ヘタレじゃん』等と辛辣な声が聞こえる。

 うん。
 学校、怖っ。
 もう、後宮に帰ろうかな…
 首席取ってクリフを救うとかどうでもよくなった。

 そんな折れかかった俺の心に、天から恵みの福音が降りてきた。

「試験なんて初めてで、緊張しちゃいます。でも、殿下もそうなんだと思ったら、私も落ち着きました」

 俺はその笑顔に愕然とした。
 そして驚愕し硬直してしまった。

「天使…」
「テンシ? 王家に伝わる伝承ですか?」

 いえ、違うんです。
 貴女が。
 貴女が天使すぎるのです…

 ルールー・アイリスがニッコリと微笑むと、そよ風が吹き、ほのかな花の香りが鼻腔をくすぐる。

 いや、匂いも良いってどんだけだよ。
 なんだろ、魅了されるって言葉がしっくりくる。
 この娘、なんかヤバイな。

 そうだよ、そもそも、こんなラッキーあるはずがない。
 転生してからロクな事が無かったのに、学園に来ていきなり、こんな美味しい展開ある訳がない。

 あれか。
 ハニートラップってやつか?
 この娘も関わってはいけない気がしてきた。

「どうかされましたか、殿下?」
「あの、えっと、も…は…」
「も…は?」

 クソ
 もう、ハニートラップだろうが、タイーホだろうが関係ない。

 俺はこの娘と友達になる!
 そして、ウハウハ、キャッキャな学園生活を送る!
 そうだ、その為に今日来たんだ!
 クリフの事なんて、どうでも良い!
 入学試験なんてクソだ!

 俺は勇気を振り絞って『友達になろう』と言おうとした。その時。

「それでは、始め!」

 試験官が入試の始まりを告げたのだった。
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