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作戦と三人の思い
しおりを挟むベルギオンの言葉を聞いて、長老は興味深そうに髭を撫でた。
「作戦、ですかな? どのようなものか聞きましょう」
「はい、その前に聞きたいのですが、確かこの村は狩猟も行っていると聞きました」
「確かにやっておりますがの。今の時期は獣の多くが移動していて、ゴブリン達も住み着いたのでやっておりませんが」
「でしたら、獣の足を止める罠……トラバサミやくくり罠はありませんか?」
狩猟をしているなら、高い確率で罠があるとベルギオンは考えていた。
その言葉に察する物があったのか、長老は頷く。
「ありますぞ。トラバサミは余り数はありませんが、くくり罠は獲物が踏んだら網や縄で吊るすやつですな? あれは作ればかなり用意できます」
「良かった。奴らを誘導して罠を仕掛けようと思っています。落し穴も作れれば、かなり時間を稼げると思います。
その間に弓で一方的に攻撃して数を減らしていけば、数の不利はかなり無くせるかと」
(そういえば、奴らは何匹居るんだ?)
長老が確認してからも時間が経っているだろう。一度此方から見に行く必要がある。
「罠、罠ですか。確かにゴブリンが獲物用の罠に掛かるというのは何度か聞いたことが有りますな。
村で弓が残っていて狩猟の経験がある者をかき集めれば、20人位にはなると思います。矢は予備が有りませんが、丁度今日伐採をした後です。
木を切り出した後で女衆総出でやれば5日で1000本位は用意できるでしょう。
くくり罠も作らねばなりませんから、もう少し少なくなりますか」
1000本、ゴブリンの数は分からないが、20人分と考えれば一人50本だ。少なくみても800なら40本。
罠で上手く足止めできれば仕留めるには十分だろう。
前提となる罠を上手く仕掛けることが必要だ。
「十分だと思います。下の奴らを一方的に倒せば、必ず長は出てきます。
出てこなければ長の座を失うだけですから。
時間が有りません。早速明日から行動に移したいと思います」
「どうするか悩んでおった所です。異論は有りませんな。明日の朝全員を集め、話をしましょう。
罠に関しては詳しい二人を紹介しますぞ」
この申し出はありがたい。
名前や効果は分かっていても、専門的な知識はベルギオンには無い。
経験のある人たちの力が必要だった。
「助かります。落とし穴は俺とキリアで掘るとして、トラバサミとくくり罠をどうしようかと思っていたところで」
「キリアは力が強いですからうってつけですな。……ベルギオン殿。礼を言います。皆喜ぶでしょう」
そう言って長老はベルギオンに頭を下げる。
ベルギオンは慌てて遮ろうとするが、少し考え無粋だと思いその礼を受けた。
「任せてくれ、と胸を張っては言えません。でも、俺は失敗する気はしません」
「頼もしい。ワシも腕がなってきましたぞ。これから忙しくなる。今日はもう戻って休むと良い」
「分かりました。後もう一つ、奴らの巣穴の場所は分かりますか?」
「ええ、住み着いた当初すぐにキリアが見てきましての。絶対に突っ込むなと言っておいて良かったと思ったものですな。
場所は湖から北に20分程度歩いた所です。詳しくはキリアに聞けば分かるでしょう。
思えば、奴らの巣穴が分かったとき薬草摘みを禁止するべきでしたな」
「過ぎたことを言っても始まりません。その分、これからを頑張りましょう」
長老が落ち込むように肩を落す。
しかし、そうも言っていられない。
「――そうですな」
それは長老も分かっているのか、すぐに気力を取り戻した様子だ。
そうして長老の家から出る。
心臓が耳に聞こえるほど音を立てて鼓動を刻んでいた。
ベルギオンはいつの間にか握っていた右手を開くと、じわりと汗をかいている。
自分の言葉でこの村の人たちが動き、戦う事になる。
襲われるのではなく、戦うのだ。
座して待つより戦うべきという思いは変わらないが、言い出したことによる責任は強く強くベルギオンにのしかかる
(やる。やってやる)
両手で顔に張り手をし、痛みと共に気合を入れなおす。
心臓は未だに何時もより多く動いているが、ベルギオンの足は迷い無く姉妹の家へと向かっていった。
ノックをしようとして、キリアに言われたことを思い出しベルギオンは少し悩む。
しかし着替え中だったりすると困るので、やはりノックをした。
どーぞー、とキリアの声が聞こえ、扉を開ける。
「帰ってきたか。思ったより早かったね。
ラグルなら水を汲みに出てるよ。何かあったら悲鳴を上げろって言ってあるから」
部屋に入ると、キリアは椅子に座り、股の間に手を置いて椅子を傾けて遊んでいる。
しかし、緊張の抜け切っていなかったベルギオンの顔を見たのか傾けるのを止め、テーブルに両肘を置いて前のめりになる。
「いい顔してる。男の顔だ。何かあったのかな」
キリアはどこか嬉しそうにしていた。
それを見てベルギオンも残っていた筈の緊張が薄まるのを感じる。
「明日になれば分かる。と言いたいが、キリアやラグルには先に伝えよう。
俺はゴブリン達を討伐しようと思ってる」
「……正気? 私が見に行ったときもう50体は居たんだよ。
あいつ等は雑食だからいざとなったら何でも食べる。
獣がいなくても増えるし、きっともう100は超えてる」
キリアの声は、ベルギオンを試しているかのように感じた。
疑うのも無理は無い。男一人加わっても、戦力比はそう変わらない。
「尚更だ。俺の故郷には一宿一飯の恩義という言葉がある。
それに、折角助けたラグルがまた危ないというのも癪に障る」
「恩があるのはこっちなんだけどね。そういうの、私は嫌いじゃないよ。
でもどうする訳? 幾ら私と貴方がいても、数には勝てないわよ」
「長老には伝えて、明日皆に言う事になってるからそれまで待ってくれ。俺も纏めたい事がある。
後、力をかしてもらうぞ、キリア」
「勿論。期待してるわよ」
キリアは一人であってもきっと戦う。
その意志の強さは、ベルギオンにとって頼もしい。
そうして話していると、ラグルが桶を抱えて戻ってくる。
「おかえりなさい。ベルギオンさん、戻っていたんですね」
「ああ、さっきな。そうだ、もう少し此処にいることにしたから、手間を掛けて済まんがよろしくな」
「それは構いませんけど、どうしたんですか? 姉さんが渋ったとか?」
「ちょっと、どういう意味よ」
「そのままの意味です」
ラグルの言い分にキリアが噛み付くが、ラグルは桶を置きながらばっさりと切り捨てた。
「なに、ここで一つロードゴブリンを倒して、武勇伝を作っておこうと思ってな」
ベルギオンは素直に言うのが気恥ずかしくなり、やや茶化してラグルに伝える。
すると、ラグルの目が丸くなった。
「本当……ですか? 嘘じゃないですよね?」
「本当だ。それを伝える為に長老の所へ言ってたんだ」
「本当なんだ……」
そう言うと、ラグルは何かを言おうと口を開こうとするが、直ぐに口を閉じる。
何度か繰り返し、顔が真っ赤になって寝室へと走り去ってしまった。
「あの子、普段は冷静なんだけど、歳相応に絵本の騎士様ってやつに憧れがあってね。
嬉しいんだと思う。この状況って、まるで御伽噺みたいじゃない?」
「騎士なんて大層なものじゃない。それに俺一人じゃとても出来ないさ。戦うのは俺じゃない。俺を含めた竜人の皆だ」
それはベルギオンの本心だった。この体になって強くなっても、それはあくまで人間のレベルだ。
「そこで俺が皆を助ける、て言えばカッコいいのに。
硬いしその方が似合ってるか。ラグルは今日は出てこなさそうだし、私が晩御飯作ろうかな」
「大丈夫なのか?」
「貴方に言われると無性に腹が立つんだけど。これでも女なんだから料理の一つくらいできるわよ」
そう言ってキリアは炊事場に立ち、小さい炎をそっとおこして竈に火をつける。
ラグルの汲んできた水を鍋に移し、料理を始めた。
洗練された動きではないが、動作に迷いが無い。
食べれる物を期待しても良いだろう。
派手というわけではないが、存在感のあるキリアが料理をしていると凄いギャップを感じる。
やがて出てきたのは、コーンを潰して煮込んだタマネギと芋のコーンシチュー。
それとスライスされたパンだ。
美味しそうな匂いに、腹がなる。
「ラグルの分は後で持っていくとして、ちょっと早いけど先に食べよう」
「分かった。明日も早いからな、頂きます」
「頂きます」
コーンシチューは素朴な甘みもあり、野菜にコーンの味が染み込んで旨い。
スライスされたパンも食べやすく、スープがほぼ無くなれば残ったパンで掬って食べた。
直ぐに腹に収まってしまう。
「旨かった」
「気に入っていただけたみたいで。
用意は全部ラグルがやったから私は煮込んだだけだけどね。美味しかったなら次にあったとき言ってあげて」
「ああ、分かった。今日はもう小屋に行っておく」
「明日から忙しくなりそうね。おやすみ」
「また明日」
ベルギオンは家を出て小屋へと入り、横になる。
どうすれば効率よく戦えるかを頭の中で考えてながら。
興味があったこともあり、一時期そういうことに手を出していた。
そのとき何を学んだのかを、ずっと考える。
考えが整理始めた頃、ベルギオンは既にまどろんでいた。
何時しか、完全に眠り込む。
――――――――――――――――――――――――――
ラグルはシーツに包まり、膝を抱えて丸くなっていた。
顔は少しマシになったが、まだ熱い。
ベルギオンが戦うといったとき、心臓が跳ね上がるほど嬉しかった。
(普通にお礼を言おうと思っていたのに、凄く心臓がどきどきして何もいえなかった……)
竜人の村には余り本は無いが、それでも子供用の絵本くらいはある。
ラグルはそういったものを今でもたまに読む。
そういうお話では、お姫様の危機に騎士は必ず駆けつけて助けてくれる。
しかしそれがお話の中だけというのも小さい頃から分かっていた。
そう思っていたのだ。
自分を大分成熟してる、と思っていたラグルにとって、今の状態は想像の外だった。
ベルギオンが好きなのか? と自分に問いかけてみるが、違うと思う。
ずっと手に入らなくて、もうダメだと思ったときに向こうから来たような感覚。
ラグルはこんな感情を持っていた自分に驚き、恥ずかしさやどう言っていいのか分からなくなり、家事を放り出して寝室に逃げ込んだのだった。
思い出すだけでまた恥ずかしくなり、ぎゅっとシーツをより強く握る。
そうしているとキリアが扉を開け、夕食を持ってきた。
「……姉さん。夕食作ってくれたんですね。ありがとうございます」
「いいわよ別に。何時も作ってもらってるし。ほら、食べなさい」
キリアが食器を置くと、コーンの良い匂いが漂いお腹の虫が鳴る。
匂いでお腹が減っていた事を思い出すとは重症だ。
「頂きます」
ラグルはそう呟き、パンをシチューに浸して食べる。
「突然走っていくから驚いたわ。……嬉しかった?」
「はい。私は嬉しかったんだと思います。私を助けてくれた人が、今度は村を助けてくれるって言って」
「思えばラグルもまだ14か。こういう場面に憧れる年頃ね」
「良く考えたら凄く恥ずかしい事をしていました」
「あいつも笑ってたし大丈夫よ。でさ、思い切ったこと聞いていい? 惚れた?」
「ぶっ、ちょ、ちょっと姉さんシチューが零れそうになりましたよ! というか吹き出しかけました」
キリアの直球な質問に、思わず女として見せられない絵になるところだった。
「狙ったもの。で、どうなの?」
「自分でも考えてみましたが、そういう気持ちはありません。
カッコいいとは思いますけど、憧れの気持ちのほうが強いと思います」
「精悍な顔はしてるけど、美形じゃないもんねぇ」
「そこ等の男よりはカッコいいですよ? 顔だけ良くても仕方ないですし」
「まあね。明日から忙しくなる。戦う為にね。貴女はどうするの? 今答えられなくても、考えておきなさい」
ラグルは目が良いので、狩猟の時は良く弓を使っていた。
多分、この村でも一番上手い。
(でも私は弱い。だから姉さんは考えろって言ってるんだ)
きっとどちらでも、ベルギオンとキリアの二人ならどうにかしてしまうかもしれない。
それでも、ラグルは守られるだけでは我慢が出来ない。
「私もこの村の一人です。戦います」
そう言うと、キリアはにっ、と笑う。
嬉しいとき、キリアがそう笑う事を知っていたラグルもそれに釣られて笑った。
顔はもう何時も通りだ。
「あいつも寝たし、今日は私達も寝ましょう」
そう言いながら、キリアはシーツを引いて毛布を掴んで横になった。
かと思うとすぐに安らかな寝息が聞こえてくる。
(私も寝よう。姉さん、ベルギオンさん。お休みなさい)
暖かい安心感に包まれて、ラグルも眠りに付いた。
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