上 下
5 / 13

痛く……ないですね。不思議です。

しおりを挟む
 私の足元の床は酷いことになっていた。私の足には傷一つないのに、どうなっているのかしら。

「ハーグ先生。これは一体何ですか?」
「流体、という技ですよ。少しばかりこちらでも補佐はしましたが、お見事です」

 ポーテスとメイドが駆け寄ってきて私に怪我がないか調べるけど、本当に傷一つない。
 肩を叩かれたときはびっくりしたけど、勢いがすごかった割に跡も残っていない。

「失敗したらどうなっていたのでしょう」
「肩の骨が折れてましたね。ああ大丈夫、ポーションは用意してきましたし、私は治療魔術も修めていますから」

 ハーグ先生は最初に会った時から変わらず微笑を浮かべているけど、それって結構とんでもないことを言ってるわよね。そんな気軽に私の肩を折らないでほしい。

「話と違います!」

 ポーテスの顔は真っ赤になって、薔薇みたいになってしまっている。
 割といい年なんだからあんまり怒ると心配だわ。

 ポーテスは大きく深呼吸し、冷静に努めようとしている。

「勿論、下手をすれば私の首なぞ物理的に飛んでしまうでしょうね。ですがお遊戯を教えてほしいわけではないのでしょう? ティアナお嬢様の現状は平民ながらよく理解していますとも。いつ暗殺者が来てもおかしくないこともね」

 その言葉に私はゾッとした。考えたことはあるけれど、やっぱりそう思われているのかしら。
 ポーテスは苦々しい顔をしながら反論した。

「お嬢様の安全を守るのも我々の仕事だ」
「しかし、どこまでも守れるわけではない。使用人が付き従えることには限界があるのではないですか。なら、お嬢様を強くした方が効率が良いですよ」

 聖女というのも大変ですね、とハーグ先生は苦笑した。
 ええ、大変なんです。才能がなくて。でも才能が有ったら有ったで大変だったかも。

「でも、どうなっているのでしょう。私がやった訳ではないのですよね。そんな筋力は私にはありませんし」
「ええ、勿論そうですよ。私が床を砕けるほどの力で肩を叩いたから床が砕けたのです」

 そんな物騒なことを言わないでほしい。

「ラーゲン王国流武体術、最奥の技、流体。これを生み出した開祖は少女だと伝わっています。開祖はあらゆる困難を無手で退けたと。にわかには信じられませんが、竜を投げた、なんて話も残ってますね」

 私にはとてもできません、とハーグ先生は笑う。
 でも意外だわ。少女が開祖だなんて。
 その少女のおかげで私は今身を守るすべを習うことが出来ている。

 運命を感じられずにはいられない。少女に深く感謝することにした。

「原理はとても言葉では説明できませんが、ティアナお嬢様は感覚で理解されたでしょう? 力には必ず流れがあり、それを支配すればどれほどそれが巨大であっても敵ではありません」
「不思議な感覚でしたけど、本当にそんなことが出来るのですか?」
「普通は出来ません。私も実はたまにしか成功しないんです。正直殴った方が早い」

 そんなたまにしか成功しないことを私の肩で試したんですか?
 私の抗議の目を無視して彼はつづけた。

「これは奥義なんです。才能ある子供が、一生を捧げてその片鱗を僅かに理解する。私もその道の入口に立っているに過ぎない。でも、あなたは違うようだ」

 ハーグ先生は初めて顔から笑みを消す。
 少し怖い。

「私の手を握ってください」

 促されるまま彼の手を握る。
 握った瞬間、彼からの強い力が伝わるので、先ほどの感覚を思い出しそれを彼に返した。

 ハーグ先生は一瞬だけ姿勢を崩す。

「嫌になっちゃうなぁ。私は自分の事を天才だと思っていたんですけどね。きっと開祖もあなたのような少女だったんだろうなぁ」

 遠い目をして言う。良く分からないけれど褒められているのかしら。

「さぁ、僕の自信がなくなる前にさっさと終わらせますから、スパルタで行きますよ」
「はぁ……分かりました」

 床が割れたので場所を移して、先生の課題をこなす。
 基本はポーテスから教わったことだけど、特に感覚を大切にするように言われた。
 いくら私が筋肉を鍛えても少女だしか弱いので、そっち方面はやるだけ無駄らしい。

 私が訓練に慣れてくると、例えばメイドに両手で押してもらってもビクともしなくなった。
 力で踏ん張っているわけではなく、押された力を足に触れている地面に逃がせるからだ。
 ただ力が伝わらずに触れているだけなら、私が動かないのも当然、というのがハーグ先生の言葉でした。

 最初はゆっくりと伝わる力を感じることから始め、段々と強く、早く、鋭いものになっていく。

 というより危なくないですか? 仕舞いには木の棒で叩かれたんですけど。
 でもびっくりしたのは、本当に痛くないんですよね。

 メイドが私が叩かれて悲鳴を上げるんだけど、その当人の私がケロリとしているのだから外から見ると随分と奇妙に違いない。

 上から、横から、真っすぐに、後ろから。

「見える場所だけ反応できても完璧ではありません。意識するよりも早く、反射的に流体を使うのです。私は反応は出来ても流体までは出来ませんが、貴女なら出来ます。頑張って」
「先生、失敗したらこれ危ないですよね」
「大丈夫です。死なない限り治せます」
「それは大丈夫ではないです!」

 身になってはいますけど、年頃の女の子がすることではないです。これ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

快楽の牢獄

真鉄
BL
【快楽の牢獄】 触手×細身眼鏡青年学者、巨根剣士×青年学者 冒険者ギルドに属する生真面目な薬師・スヴェンは剣士・テオドアと共に謎の失踪事件を任せられた。探索中、触手に捕らえられたスヴェンは、テオドアに助けられたものの身体に淫靡な変調をきたしてしまう。 触手/媚薬/尿道責め/結腸責め/潮吹き 【闘争か逃走か】 おっさん二人×眼鏡細身学者 媚薬レイプ、筋肉髭剣士×眼鏡細身学者 後遺症が残る中、ギルドマスターと依頼主に呼び出されたスヴェンはサンプルとして所持していたメイテイカズラの媚薬を見つけられてしまう。 媚薬/レイプ/潮吹き/結腸責め

独身おじさんの異世界ライフ~結婚しません、フリーな独身こそ最高です~

さとう
ファンタジー
 町の電気工事士であり、なんでも屋でもある織田玄徳は、仕事をそこそこやりつつ自由な暮らしをしていた。  結婚は人生の墓場……父親が嫁さんで苦労しているのを見て育ったため、結婚して子供を作り幸せな家庭を作るという『呪いの言葉』を嫌悪し、生涯独身、自分だけのために稼いだ金を使うと決め、独身生活を満喫。趣味の釣り、バイク、キャンプなどを楽しみつつ、人生を謳歌していた。  そんなある日。電気工事の仕事で感電死……まだまだやりたいことがあったのにと嘆くと、なんと異世界転生していた!!  これは、異世界で工務店の仕事をしながら、異世界で独身生活を満喫するおじさんの物語。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

幸子ばあさんの異世界ご飯

雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」 伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。 食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。

13周目は悪役令嬢!? いやいや、私は好きに攻略させてもらいますっ!

yolu
ファンタジー
女子高生の私は、『天空のソフィア 〜夢の国を救う天使は君だけ〜』という、星座の神様をたぶらかす乙女ゲーにどハマりしていた。 その日も、13周目となるそのゲームで誰を落とそうか妄想たぎらせていたとき、私の景色は自動車の急ブレーキとともに途絶えた─── 目を覚ますとそこは、天空のソフィアの世界で、しかも、【悪役令嬢レイヤ側】 このままいけば、追放消滅しかねない…… 私はどのルートで、どう攻略していく………? とはいっても『私は好きに生きたいっ!』 こうなりゃ、この世界で楽しく過ごすぞ! おーっ!!!

私はあなたの母ではありませんよ

れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。 クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。 アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。 ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。 クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。 *恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。 *めずらしく全編通してシリアスです。 *今後ほかのサイトにも投稿する予定です。

家の猫がポーションとってきた。

熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。 ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。 瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。 始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。

【完結】一度見たら吐き気を覚える程の醜女が魔法で美女に変身したら

ここ
ファンタジー
セリーヌは、デブでブスだ。いいところは、身分だけ。家でも学園でもいじめられ続けて性格も暗くなってしまった。何のいいこともない人生、早く死んでしまいたいと思って、高いところから飛び降りたが、魔法で救われてしまった。その魔法使いが、魔法で変身してみないかとセリーヌを美女にした。醜女から美女へ。セリーヌの運命はいかに? *初めの方に若干気持ち悪い表現があります。虫嫌いな方第二話は読まないでください。

処理中です...