狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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10章

167話 修学旅行

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「芽実。芽が実ってかいて、めぐみ。ほら、めぐ~あっくんだよ~。」

「あ、ぅっ、あぶっ。」


芽実は生駒をジーッと見つめた後、きゃっきゃと笑いながら手足をじたばたさせた。


「最近は寝返りも打てるようになってさ。それがまた可愛いんだ。」


晴柊の幸せそうな顔を見て、生駒はつられて笑顔になった。好きな人が幸せそうにしているのを見て、嬉しくない人はいないだろう。生駒は未だ晴柊に恋心を抱いている。いや、それはもう親愛に近いものなのだろうか。琳太郎から奪いたいなどと下世話な愛情ではない。晴柊の幸せを一番に願う、普通の「恋」を一歩超えたものであった。晴柊に恋をしているというよりは、晴柊を超える人物が現れていないだけという表現が正しいのかもしれない。


「色々大変だったろ。元気そうで良かったよ。」

「うん、あっくんも。またこうしてお話できて嬉しい。」

「きゃっきゃ!」


笑い合う2人に挟まれるようにして、つられるように楽し気な芽実。生駒に芽実を抱いてもらったり、これまでの積もり積もったお互いの話をしたり、晴柊は久々に外の世界に行けたような気がしていた。


この屋敷が窮屈な訳ではない。けれど、外の空気が息抜きになるのも事実。琳太郎もそれは理解しているからこそ、今日生駒と会うことを許してくれたのだろう。


「せっかく来てくれたんだ、今日はゆっくりしていって!」


晴柊はここでの初めての来客に浮足立っている様子だった。



「は?なんでまだいんだよ。」

「うわっ、お久しぶりっす!琳太郎さん!」


時刻は22時。外は勿論真っ暗である。仕事を終え帰宅した琳太郎が手を洗おうと脱衣所へと向かうと、そこには明らかに風呂上がりの様子で髪の毛を拭いている生駒がいた。


確かに今日コイツが来るのは知っていたが、こんな時間に、しかも風呂?と琳太郎が訝し気にその青年を見やったとき。パタパタと両腕に布団を抱えた晴柊が廊下を通った。


「あれ、琳太郎、もう帰ってたのか!」


いつもより早い帰宅に、晴柊は少し驚いた様子を見せた後そのまま何もなかったかのように素通りしようとするので、その首根っこを掴む。


「おい、どういうことだ。」


聞いていないぞ、と晴柊の歩みを止める。


「せっかくだし、あっくんに泊ってってもらうことにしたんだ。」


晴柊があまりにも嬉しそうに琳太郎を見るので、琳太郎は一瞬絆されそうになったが直ぐに自我を取り戻す。


「聞いてないぞ。」

「言ってないもん。別にいいだろ?事情はもう知れてるんだしさ。ね、今日だけ!」


中々の図太さで琳太郎の意見を跳ねのける晴柊。それを後ろで見ていた生駒は、以前の琳太郎と晴柊の関係のイメージに変化が生じた。琳太郎がリードしているのかとてっきり思っていたが、主導権を握っているのはどうやら晴柊らしい。


「チッ」

バツが悪そうに琳太郎が舌打ちすると、折れた様子で去って行った。


「いいのか?すっげー機嫌悪そうだったけど……。」

「いいのいいの!琳太郎があっくんに嫉妬するのは今に始まったことじゃないからさ~。ほら!それよりあっちの部屋で一緒にゲームしよ!お布団敷くからさ!」


晴柊がきゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいる。友達とお泊りだなんて初めてであった。まるで修学旅行の様なワクワクさがある。芽実も今はぐっすり寝室で眠っているが、きっとまた夜泣きで起きるだろうし、それなら今日はとことん夜更かしだと晴柊は軽い足取りで客間へと急いだ。


客間に2人ぶんの布団を敷く晴柊の手伝いをした生駒は、そのまま立ち上がると「琳太郎さんに挨拶してくる」と律儀に琳太郎を探しに行った。相変わらずちゃんとしている人だなと晴柊は感心しながら、ゲームをセットした。


「すいません琳太郎さん、泊らせてもらっちゃって。」


丁度廊下を歩いていた琳太郎に遭遇し、生駒が声を掛ける。近くで見ると相変わらずガタイの良さとその整った顔の迫力が相まって凄まじいオーラを感じざるを得なくなる。生駒の背筋に糸がピンと張る。


「別に。アイツが喜んでるならそれで良い。……おい、間違っても変な気起こすんじゃねえぞ。指一本でも触れたら……」

「わ、わかってますって!今日だって半分は晴柊の琳太郎さんへの惚気聞いてたんですから!そんな気起きませんよ!」


生駒が凄まじい睨みを利かせて牽制してくる琳太郎を制止し苦笑いした。琳太郎はふんっとした態度でそのまま去ってしまう。嫌われているというよりは、未だ恋敵判定をされている気がすると思う生駒。しかし、これはきっと自分に限ったことではないのだろう。晴柊に関わる人全てそうしてしまいたくなるほど、晴柊が好きで好きで溜まらないのだ。
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