狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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9章

146話 不器用シノちゃん

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一通り九条から説明を受け、処方してもらった薬を大事そうに持ちながら晴柊は琳太郎とともに日下部の運転する車に乗り込んだ。


「これ飲んだら、本当に……」


晴柊は何やら感慨深そうに薬の入った袋を見つめる。琳太郎は後部座席で晴柊の隣からその様子をじっと見つめた。


「何か具合が悪くなったり、違和感を覚えたらすぐに言えよ。」


いつもより心配性を発揮する琳太郎に、晴柊はわかったと素直に頷く。当事者本人の晴柊に不思議と恐怖心はない。しかし、自分が逆の立場だったら心配するに決まっていると、晴柊はわかっていた。ほとんど前例もない、未知な領域が多い薬を飲むのだから。琳太郎が心配してしまう気持ちは痛いほど伝わっている。


「でも、楽しみだな。俺頑張るね。」


晴柊がニコニコとほほ笑んで琳太郎を見た。琳太郎もその空気につられるように、幸せを噛みしめながら晴柊の手を握った。



最初、九条がまた質の悪い冗談を言っていると思った。男同士で妊娠?あるわけがない。


しかし、九条は淡々と、資料を見せながら急遽呼び出した琳太郎に説明していった。晴柊の身体に危険が及ぶかもしれないという不安があるものの、どこか心の中で誤魔化しきれない「嬉しい」という感情が同居していた。


晴柊と、家族になれる。肩書も、戸籍も、子供も、どうでもいいと思っていた。自分たちが幸せならそれでいいだろうと。けれど、それは出来ないことを望むことは止めようと思っていたからだ。実際に実現できる希望があるのなら、その希望を捨てるなんて馬鹿なことはしない。


けれど、負担を負うのは圧倒的に晴柊だ。晴柊の意思を尊重しなければ。琳太郎はその一心でこの数日、話を漏らさないよう隠し通していた。


いざ、別室で自分がいるとはつゆ知らず、本心を話す晴柊の言葉を聞いた途端、胸の内がいっぱいになった。


晴柊を幸せにしたい。
家族になろう。


琳太郎の人生の中で、一つ、大きな決意が芽生えた。長年組を守ることだけを生きる目標にしていた男のなかに、もう一つ、それと匹敵する大事なものが形作られていた。



「今日からこれ、絶対に忘れず飲めよ。」


屋敷につくなり、薬を大事そうにしまう晴柊に篠ケ谷が念を押す。どうやらこの話を知らなかったのは晴柊だけだったらしい。


「うん。絶対に飲み忘れないようにする。」


晴柊は誓いを立てるように篠ケ谷に宣言した。そんな篠ケ谷は先ほどからどこか浮かない顔である。


「……あんまり賛成じゃない?」


晴柊はじっと、篠ケ谷の本心を引き出すように目を合わせた。篠ケ谷は横に視線を逸らす。篠ケ谷は案外わかりやすいタイプだ。


「別に、そんなんじゃねえよ。」

「心配?」

「誰が……!」


篠ケ谷が勢いよく晴柊に向き直る。自分のことを心配するようなキャラではないからか、バレたくなかったのだろう。そんな不器用な彼を、晴柊はよく理解している。篠ケ谷は出会った当初から特に一緒にいる時間が長い側近であり、晴柊の逃亡事件をはじめ、ある意味深い仲でもある。晴柊にとっても、篠ケ谷はどこか特別な存在なのである。


「大丈夫だよ。」

「なんでそんなこと言えんだよ。わかんねーだろ。」

「俺はみんなを置いてどこかに行ったりしない。」

「そういってお前はいつもいなくなろうとするじゃねえか!誘拐された時も、八城の時も、リクの時だって…!こっちの気も知らねえでよく言えるなそんなこと!」

「九条先生だっているし、危険だと思ったらすぐに諦める。約束する。今度は逃げない、自分を蔑ろにしない。」

「俺は、そんなリスク冒してまで子供を産む必要はないって言ってんだよ!」


篠ケ谷が声を荒げた。晴柊はいたって冷静ではあるが、これは琳太郎と2人だけの話ではないことに気が付いた。みんな、心配しているんだ。晴柊の身体だけじゃない、生まれてくる子のことも、将来も、組のことも。皆が背負っているものを晴柊は感じ、篠ケ谷にしがみつくように抱きしめた。


「俺、絶対元気な赤ちゃん産んで見せるから。生まれてくる子には、俺と琳太郎だけじゃなくて、シノちゃんにも、皆にもいっぱい愛されて育ってほしいんだ。碌に愛情注がれずに育った俺が子供を育てるなんてって思ったけど、俺はばあちゃんに、そして今皆にこうして幸せいっぱいもらってる。この幸せを与えてあげることができるなら、きっと生まれてくる子供も、俺が産むことを許してくれるんじゃないかなって思うんだ。これ以上俺が幸せを望むのは、我儘かな?」


そんな聞き方ずるい、と、篠ケ谷は思った。そんな聞かれ方をされれば返事は一つである。


「…………我儘なわけねえだろ。お前は幸せになってもなり足りねえくれえ、身の丈に合わないゴミみたいな人生歩んできたんだからよ。そのゴミみたいな人生に、俺たちが加担してるはずなのに、お前はそうだって言わない。だったら俺たちがお前の幸せを望まないなんて馬鹿なこと、死んでもありえねえ。……絶対に安産するって約束しろ。赤子もお前も、無事でないと殺す。」

「うん。これからも末永くよろしく、シノちゃん。」


頭一つ分弱大きい篠ケ谷の背中をぽんぽんと撫でる。篠ケ谷は晴柊を負の道へと引きずり込んでいる一員だと思っているみたいだが、そんなことはない。それは一般的な評価であって、晴柊にとっては極道の、薊琳太郎の側にいて、みんなと一緒にいることがこの上ない人生の喜びなのだ。きっと、晴柊以外の誰にもそれは理解できないことである。しかし、晴柊だけがそうわかっていればいいのだ。そして、生まれてくる子供にも、絶対にヤクザだからという理由で不幸せにはしない。守って見せるのだと、晴柊もまた決意した。
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