狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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8章

139話 確かに

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琳太郎が意識を失ってから2週間が経過した。晴柊は毎日病院と屋敷を往復する生活をしていた。最初は家事どころか食事すらまともに取れなかったが、周囲の側近たちのサポートもあり十分以前のように自分で生活することが可能になるほどには回復していた。


しかし毎日病室に足を運んでも、琳太郎の目が覚めることは無かった。微動だにせず眠る琳太郎を晴柊はマッサージしながらそっと見守る。いつ目を覚ましてもいいように、献身的にサポートをしていた。


朝支度を終え、今日も早速九条の病院へと向かおうとする晴柊に、付き添いの榊が声を掛ける。


「ハルちゃん。そんなに毎日通わなくたっていいんだよ。組長のお世話は俺達だってやれるしさ。たまにはハルちゃんも息抜きだって――」

「琳太郎の傍にいることが、一番の息抜きだから。」


晴柊はそう微笑んで答える。例え意識は無くても、呼吸をしている。心臓が動いている。僅かな彼の生を目で、肌で、感じることが今の晴柊にとって一番の安心材料であった。


最近はまるで無理するように装う晴柊に、全員が気付いている。榊は晴柊を乗せた車を走らせながら行く末を案じていた。



「天童~。」

「トラ。もう交代の時間か。」


晴柊とトラが見張り役をしていた天童の元へと現れる。ふと晴柊が病室を除くと、琳太郎の眠るベッドの傍に昨日までは無かった花と籠に入った豪勢な果物があった。


「誰か来たの?」


晴柊が天童に不思議そうに聞く。この状況で面会を許されているのは組の中でも限られている。晴柊が首を傾げて来客を珍しがる。


「ああ、それが……八城が来たんだよ。どこから噂を聞きつけたのかわからんが、花だけ置いてすぐ帰ってった。」

「そっか……」


あれから、八城と琳太郎は本当に少しずつではあるが、お互い探り探り歩み寄っている様だった。彼らの親同士にいざこざがあったにしろ、子供である彼らがいがみ合う理由は無い。八城も、理解し始めたのであろう。月に1度小包を寄こしては大量の高級スイーツやら晴柊と琳太郎宛ての服やらを送り付けてきている。


そんな1歩を晴柊は嬉しく思っていた。そんな矢先の出来事であっただけに、晴柊はさらに悔しくなる。


病室に入りベッドの傍の椅子に腰かけた。


「空弧、来たんだってね。連絡くらい寄こしてくれたっていいじゃん。」


晴柊が琳太郎に声を掛ける。勿論、返答はない。琳太郎の手をそっと握り、胸元に耳を当て、心拍を聞く。晴柊の病室に来てからのルーティーンだった。


「……もう少しで1か月が経つよ。」


怖い。毎日が怖くて仕方が無い。明日起きたときに、もし琳太郎の心臓が止まっていたら。これから一生目を覚まさなかったら。晴柊の頭には嫌なことばかりが巡る。時々、ストレスから片頭痛が起こるようにもなった。まさか自分が痛み止めと睡眠薬にお世話になるだなんて、と、我ながら思うのであった。


「寂しい。琳太郎はここにいるのに。」


不思議と涙は出てこない。その代わり、日に日に生気が吸い取られていくような感覚に陥る。生きる意味が見出せないことがこんなに辛いだなんて。




「ハルちゃん、ハルちゃん。身体痛くしちゃうよ。」


晴柊の身体を揺さぶり起こす榊。晴柊は昨晩の寝不足が原因で寝落ちしていたようだった。腰を折るようにして琳太郎の手を握ったまま眠っていた晴柊の姿勢を心配し榊が起こしてくれたようだった。


「そろそろ帰ろっか。」


気付けばここに来て4時間ほどが経過していたらしい。晴柊は目を擦り身体を起こすと、ゆっくり頷いた。また明日来るのだから、と、名残惜しさを感じている自分の心に鞭を打つ。


「うん、帰ろう。」


晴柊がきゅっともう一度琳太郎の手を握り、その手を離そうとしたときだった。


ピクリ


琳太郎の手が反応を示したかのように動く。


「琳太郎……?」


晴柊がその違和感に気が付き、琳太郎の顔の方に視線をやる。ゆっくりと、瞼が上がっていく。


「組長…!?」


榊も食い入るようにしてその様子を見ていた。


「琳太郎、琳太郎!聞こえるか!?」


晴柊が焦ったように琳太郎に声を掛ける。榊は九条を呼んでくると病室を飛び出た。少しずつ目を開き、まだ状況が掴めていないような琳太郎に、晴柊は必死に呼びかける。


「……はるひ……」


晴柊の目からボロボロと大粒の涙が零れた。僅かに開いた愛おしい人の口から、掠れた声で、それでも確かに呼ばれる自分の名前。


生きている。
確かに、生きている。


「頑張ったね、琳太郎…………ずっと待ってたよ。」


晴柊が琳太郎の顔の上で泣いている。琳太郎はまだぼんやりした意識のなかで、涙を流し続けている晴柊をしっかり認識していた。晴柊の涙が、自分の頬に落ちる感覚が分かる。なんだか良くわからないが、泣きながらもただただ安心した子供の様に笑っている晴柊の表情を見て、心から安堵している自分がいた。
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