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4章 アラサー女子、年下宇宙男子に祈る

4-7 とある学者は玄関で乱れ -乙女ゲーム8- ※R

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コギタス・エルゴ・スム 8 衣の奥に潜むもの


 暗黒の后は、皇帝の技により体中を暗闇の帯で縛られたまま、愛撫を受け続ける。
「陛下、お願いです。どうか、縄を解いてください」
 女は涙ながら訴えた。
「そなたはこの呪縛を喜んでおるではないか」
「いや、私は、こんなのはいや」
 違う。これはこの方の真の姿ではない、と女は心を痛める。
 身動きできないまま、女は男の技により、何度も酔わされ、やがて男も果て眠りにつく。

 幾ばくの時が経った。
 女は、暗黒皇帝が安らぐ姿を初めて目の当たりにした。
 この男を一目見た時から、その美しさに惹かれていた。その寝顔に宇宙を滅ぼそうとする邪悪さは何も見当たらない。清らかな面差しだった。
 彼の衣に隠された姿を知りたいと、女は思い立つ。
 手足は縛られたままだ。
 女は、男の襟元に唇を寄せ、衣の端を噛み、引きちぎった。

 襟元からは、白くまぶしく輝く胸元が除かれる。
 ああ、私にはわかる。どれほど美しい姿なのか……。
 闇の衣に触れ、私の顔は失われてしまったけど……。

 衝撃で男は目覚めた。
 暴かれた胸元と顔を失った后を見比べる。
 激しい咆哮が宇宙を貫き、いくつかの銀河が破壊される。
 陛下、いけません……落ち着いて……あなた様は、宇宙を破壊に導くこともありますが、安寧をもたらす方なのだから……
 あなた様は、ただのつまらないバリオンが少し損なわれたことが、それほど悲しいのですね。
 確かに私はあなた様のために愛する者すべてを奪われました。
 でも、束の間でもあなた様のそばでお仕えできて……あなたの真の姿を覗くことができて……本当に幸せでした……
 あなた様の泣き顔が見られるとは思いもよりませんでした……
 顔を失った女は、これまでにない安らぎの中で眠りについた。

 暗黒皇帝は叫んだ。
「いやだいやだいやだいやだ、僕を独りにしないでええええ!!」
 多くの星々が破壊され、また新たな星の種として生まれ変わろうとした。


**************************


 ここまで来るとエンディングまで進むだけだ。
 それにしても、流斗君はこのゲーム、どこまで関わったのだろうか?
 基本的なシナリオは把握しているようだ。
 結局私は、流斗君から逃れられない。ゲームをして、いくら陛下のボイスが素晴らしくても、もう、そういう視点でこのゲームを楽しむことはできない。
 姿を決して現さない流斗君を探している。
 ラピスラズリのネックレスをつけてみる。彼が外国で買ってくれた私の誕生石。
 このパソコンも彼がくれた。そして、あのふすまの向こうで抱き合った。

 ダメだ。部屋のあちこちに流斗君がいる。思い切るなら、引っ越すしかない。パソコンもネックレスも売ってしまって……そんなことできない。できるわけない。
 私はずっと流斗君を忘れない。忘れることはできない。

 私は何の財産もない、田舎のおばさん。
 科学が素晴らしいことはわかるが、どのように素晴らしいかは、よくわかっていない。
 自分の恐怖をコントロールできず、この狭い田舎町から出ることができない。
 
 私と彼はただの友だち。時間と快楽を共有する大人な友だち。
 彼の心は別にあっても、私は充分幸せだった。
 でも、どこかで期待していた。
 彼も、私のこと好きだって。
 抱きしめられるたびに、そう思った。思いたかった。
 
 でも、彼女が現れてしまった。

『話したいことがあります。会えませんか』
 それから一時間後、流斗君は私のアパートにやってきた。


「那津美さん」
 彼が優しく頬に触れる。
 そっと抱きしめられた。暖かい腕の中が気持ちいい。
「会いたかった」
 私もずっとずっと会いたかった。
 頬にそっと触れる唇。頬、額、鼻の先と顔中に繰り返されるキスは徐々に激しさを増してくる。
「だ、ダメ」
「ある科学者が、玄関でメイドとエッチしたんだ」

 カチャっと音がなる。彼が玄関のサムターンを回したらしい。
 私を片手で抱えたまま、彼は靴を慌てて脱いだ。
「そんなの嘘よ。聞いたことない」
「ホントだよ。日記に書いたんだって」
「日記にそんなこと書くなんて、大した科学者ではないわ」
「高校物理の教科書に出てくるけど、那津美さんは知らないだろうな」
「知らないって! 教科書にそんないやらしいこと書いてないもの」

 彼の手が胸の先に降りてきた。甘い刺激に酔いしれたくなる誘惑を何とか退け、彼の胸を押し戻す。
「変態先生って、百年後の人に言われちゃう!」
「百年先に名前が残るなら、最高だよ」
 彼のいたずらっぽい笑顔が愛らしい。
「ダメ! 話したいことあるんだから」
 このまま彼と何も考えず触れ合いたい誘惑を何とか振り切った。
 もう、私と彼はこんなことをしてはいけないのだ。 


 暖かい麦茶を置いて、私は切り出す。
「あ、あのね、流斗君、その……私、流斗君と一緒にいて本当に楽しかった」
「どしたの那津美さん」
 勇気出すの! お互いが素晴らしい未来に向かうために!
「で、でもね何かずるずる、ただ何となく一緒にいるだけじゃ、どうかなって思って……」
 怖い。その先が言えない。
「私ね、ちゃんとしたいの。だ、だからね、その……私たちは、会わない方がいいと思う」

 言った。
 ついに言ってしまった。
 大丈夫。
 楽しかった。
 彼との思い出だけで、残りの人生、生きていける。


「那津美さん……僕のこと考えてくれたんだね」
 え!?
 見上げると流斗君は、口をきっと結び何か覚悟を決めたような顔をしていた。
「僕も同じこと思ってた。このままじゃダメになってしまう。プロジェクトに集中したいんだ。ごめんね。ありがとう」

 ガラガラガラと、壁が崩れ落ちる。あっけなく崩壊する。
 そうか。そういうことね。
 何だ、私が言い出すまでもなく、彼も決めてたんだ。サヨナラを。
 わかってしまった、自分の浅ましさ。
 本当はこう言ってほしかった。
『別れたくない! ずっと一緒にいよう! 葉月さん? 彼女はただの後輩だよ……』

 彼はそんな都合のいいことは言ってくれない。
 葉月さんと付き合うためでなく、研究に集中するために別れたい、と言ってくれるのは、思いやりだ。
 私、ちゃんと笑えるよ。
 あれ? 変ね。彼が何か言ってる気がするけど、何も聞こえない。
 まるで彼の周りだけ古い映画のフィルムみたい。音がないセピアカラーのザラザラしたノイズだらけのフィルム。

 突然流斗君が立ち上がる。次のことばでいい雰囲気が壊れてしまった。
「あ、また、こんなことしてたんだ」
 電源が入ったままのパソコンに流斗君が気がついた。
 しまった。ゲームを終了していなかった。
「やだ! やめて!」
 私は走って彼の前に立ちはだかり、電源ボタンを押してパソコンをシャットダウンした。
「データセーブしなくていいの?」
「いいの!」
 何度かゲームしているし、あとはエンディングまで一直線だし。

 二度と彼に会えない。だから、気になっていることを、思い切って聞いてみた。
「流斗君は、何でこのゲームに参加することになったの?」

「付き合いある出版社から、宇宙が舞台の女子向けゲームを作るからって誘われた」
「それは聞いたけど、この手のゲームって……男の人だとドンヒキしない?」
 彼は頭をかいた。
「あのころ……前に話したけど、取材してきた宗教団体の信者が自殺したばかりだった」
 その事件をきっかけに、流斗君は取材を拒否するようになった。自分をきっかけに自殺された辛さは、すごくわかる。私も同じことをされたから。
「断るつもりでエロいゲームならいいよって言ったら……担当者がかなり乗り気になったのと、純粋に興味あったからね。女子向けのエロゲーって」

 ゲーム誕生そのものが、流斗君の実に無責任な考えなしの提案からきたんだ。
 あーあ。流斗君のせいで、真面目な出版社が、黒歴史となるゲームを作ってしまったのね。

「どんな仕事したの?」
 彼はいたずらっ子のように笑った。
「リクエストはいっぱいしたよ。触手プレイとか縛りとか」
 そういえば、ツンデレ裁判官ルートでは玄関でいきなり押し倒された。
「それ、仕事?」
 あのゲーム、宇宙が舞台とはいえ、科学者が監修する必要あるのだろうか。
「男の裸ばっかりでつまらない、脱ぐ女の子増やしてと言ったら、担当さんに叱られた。少しは学者らしい提案しろって。あ、謝礼は交通費もらって、時々、ご馳走になったぐらい」
 女子向けだから、脱ぐのはヒロインかせいぜいライバル女子ぐらいかと……そういう問題ではないか。
「へへ、那津美さん……ゲームしながらどんな風にしたの?」

 彼が私の手の甲にキスをする。
「この手で、エロいことしたんだ」
「やだ、違うって」
「こんな感じ?」
 私の手で乳房に触れさせる。
「あ、そ、そんなこと、しないって」
「じゃあ、こっちのほう?」
 もう一つ空いた手で、下を触れさせられた。
「やだ。ダ、ダメ、してない……しないよ……」
 だめだって。私たち、もうサヨナラするのに、こんなことしちゃ……
 指が動きそうになるのを耐えるが、彼の手に重なった私の手で、上と下の敏感な部分を絶え間なく刺激される。
 募る快楽にたえられず、その場で私は崩れ落ちた。
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