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2章 アラサー女子、年下宇宙男子にハマる
2-7 イケメン先生の撮影
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週明け、私は沢井さんにミッションの断念を伝えた。
「先生にちゃんと言った? 取材受けてくれないとバイト終わりって」
そんなこと言えるわけない。それは流斗君には一切関係ない。そんなことを言って、彼を悩ませたくない。大切な友だち……だもの。
「先生にお任せしました」
それだけを答える。沢井さんは大きなため息をついた。
「あなたの言うことなら先生聞くかと思ったけど……残念だわ」
このままでは、バイトは二か月で終了する。
でも今以上にがんばれば、更新してくれるかもしれない……甘いかな?
とにかく流斗君にも指摘された通り、科学の知識があるに越したことない。
メールの振り分けすら、隣の飯島さんに頼ってばかり。質問するたびに、露骨に嫌な顔をされてしまう。メールの訳の分からない専門用語が少しでもわかれば、飯島さんを煩わせることも少なくなるだろう。
高校の参考書を買ってみたが難しい。読むのに時間かかりそう。
そこで私は、ネットの動画で知識を得ることにした。
今まで科学系の動画をチェックしたのは真智君に物理の講義を押し付けられた時ぐらいで、ちゃんと見たことなかった。みんなすごい。予備校の講師による授業も熱が入っている。
今さら遅いが、自分が塾講師だったとき、もっとこういうので勉強すればよかった。
特に目を引いたのが、ミス首都総合大学に選ばれた女子大生が研究室を訪問する動画だった。
首都総合大学は、この国トップの大学だ。私のいた岡月高校でも合格者は数名程度。
大学で未だにミスコンなんてやってるんだ、とも思うが、その子は「ミス」というだけに本当に可愛い。ピンクのウィッグを着け、アニメやゲームに出てくる魔法戦士風のコスプレをして、大学の研究室を訪問している。
「カサミンだよ~♪」
テンションMAXで登場する彼女は、機械工学科のリケジョさんだ。そのためか、同じ機械工学の研究室訪問が多い。
初めは、彼女の可愛らしさ、テンションの高さに目を引いたが、なかなか質問が的確なのだ。動画を眺めていると、自然に研究の概要が頭に入ってくる。
アクセス数はそこそこだが、固定ファンがいるようで、コメント欄が愛に満ちている。
いろんな動画を見ているうちに、流斗君の言ってた「粒子と波動」がどういうものかはやっぱりわからないが、怪しい健康グッズとは別物ということだけは理解した。
そして、今さら気がつく。
私は流斗君の研究室に入ったことない。大学を去る前に行ってみたい。塾講師ではなく研究している真智君にも会ってみたい。
……公私混同しちゃダメ。でも、行ってみたい……
私は、ホームページの更新方法を教えくれた飯島さんに、提案した。
「先生方の研究室を訪ねる動画とかあると、面白そうですね」
もちろん、流斗君の研究室に行きたい、なんて本音は言わない。言えない。
「そんなのとっくにやっとるに決まってるでしょ? ホームページ、ちゃんと見ました?」
不機嫌そうに反応されてしまった。うん、根底に下心があるから、文句言えない。
宇関キャンパスのホームページをよくみると、隅の方に動画へのリンクが張ってある。クリックしたら、宇関キャンパスの先生方の研究室紹介動画が十個ほど載っていた。流斗君はいない。取材拒否するぐらいだから、こういうところに載るのも嫌かも。
「せっかくだから、もっと目立つところにリンクを張ったら……」
「そこまでいうなら、素芦さん、直したらええんとちゃいます?」
私も一月経ち慣れて、電話の取次ぎで失敗することはなくなったが、この人はずっと不機嫌だ。
「わかりました。テストページ作ってみますので、確認してもらえますか?」
「勝手に突っ走らんといて! 素芦さん、前にどんな仕事したか知らんけど、ここでは俺らに従って」
やったらと言われたのでやると言った。それでまた叱られる。うーん、困った。
「すみません。ただ、前の仕事でもホームページの更新はしていたので……」
やり取りに沢井さんが加わった。
「素芦さん、試しにリンク先を変更したトップページのレイアウト案、作ってみたら?」
飯島さんが抵抗する。
「待ってくださいよ課長。この人は無理や。大学のことなんも知らんし」
「私たちの相手は、科学のことも大学のことも何も知らない人よ。知らない人だからこそ、いい案ができるかもしれないでしょ」
ようやくやりたい仕事ができそうだ。
宇関キャンパスのページも、大元の大学のサイトと基本デザインは共通している。だから、その辺を変更するのはできないようだ。
そこで、編集可能なエリアに、最新動画のサムネイルを大きく載せるレイアウトを作った。
動画更新のたびに作業がちょっと増えるが、先生たちのリアルな声、目立たせたい。
沢井さんからOKが出て、早速アップされた。
ちょっとした変更だが、それでも宇関キャンパスのホームページ更新に携われて嬉しい。
「へ~素芦さん、やるじゃない。動画アクセスが少し伸びたわ」
沢井さんに褒められた。よし、これでバイト更新決定か!
「じゃあ、動画ページ本体も作ってみない?」
いや、それより沢井さん、アクセス伸ばしたご褒美ください。
「先生方のインタビュー動画撮影、素芦さん、手伝ってくれる?」
「それって、研究室を訪問するんですよね」
もしかして朝河流斗先生の研究室に行けるとか?
沢井さんが、プリントを見せてくれた。
情報工学の准教授、尾谷光樹とあった。
経歴や専門分野を見てもよくわからないので、顔写真に注目してしまう。
三十代半ばだろうか。少し長めのサラサラな前髪、切れ長の知的な瞳、そしてすっとした鼻筋。ドラマで難事件を解決しそうな、かなりのイケメン先生だ。
残念ながら流斗君ではなかったが、イケメン先生の撮影を手伝えるというのは、悪くない。
「彼、私と同じ研究室なの。私がドクター一年の時、四年で入ってきて、なかなかの美少年だったわ」
え? 沢井さんって広告代理店にいたんだよね? 工学の博士なのに?
美魔女の広報課長も何か思うことがあったんだろうか。
みんな、それぞれ思いを抱えて生きている。
そして私の思いは……朝河流斗先生の動画を撮影したい、彼の研究室に行ってみたい。
この前、取材依頼はしないといったばかりで気まずいけど。
尾谷先生の研究室を、沢井さんと私の二人で訪ねた。
イケメン准教授が沢井さんにペコっと頭を垂れる。
「沢井さんに先生、と言われるのは、不思議ですね」
「いいえ、尾谷先生は、宇関キャンパスのスターですから」
同じ研究室の先輩と後輩同士で盛り上がっている。
三脚にビデオカメラを取り付け、アングルを確認した。背景にポスターがあった方がいいかなどと、いろいろ試行錯誤を繰り返す。
沢井さんは「じゃあ、尾谷先生に質問してね。私はカメラを見てるから」と言う。
「逆の方がいいと思います。私、情報工学のこと全然わからないけど、沢井課長は同じ研究室にいたぐらいだから、いい質問できると思います」
「なまじ知ってる私より、何も知らない人の素朴な疑問をぶつけた方が面白いわ。いいですよね? 尾谷先生、わかりやすくお願いしますね」
「ええ、沢井さんの言う通り、がんばってみますよ」
尾谷先生が肩をすくめている。先輩と後輩の関係は、独立した研究者になっても変わらないのだろうか。
私は、素朴な疑問、「情報工学って何?」といったところから始める。
尾谷先生は、嫌な顔をせず、イケメンスマイルで丁寧に答えてくれた。
「先生、情報工学を始めたきっかけは?」
「数学に憧れていたんですが、純粋数学にはついていけなくて、数学の応用ということで進んだんです」
謙虚で親近感が湧く答えだなあ。
「プログラムが得意ということもなかったんですけどね」
他分野の先生と交流を重ねるうちに、画期的なノイズ除去システムを開発したという。
と、撮影を進めている最中、准教授室の扉を叩く音が聞こえる。
撮影は一旦中断となった。
尾谷先生が「すみません、次の予定を入れてしまって。三十分ぐらいで終わると思っていました」と頭を下げた。
扉を開けると、思わぬ人がいた。
「りゅ……朝河先生!?」
私は声を上げた。「流斗君」と言うのを我慢しながら。
思わぬところで流斗君と会ってしまった。あの語り合った夜から、二週間経っている。
それから流斗君とメッセージはやり取りしているが、会ってはいない。
流斗君は「あれ? 何で?」と、私と沢井さん、そして設置されたカメラを見て驚いている。
私こそ何で? と聞きたい。ここは情報の専門棟で、流斗君の専門の宇宙とは別の分野だ。
沢井さんが流斗君に状況を説明し、尾谷先生に撮影中断を告げた。
「尾谷先生、続きの撮影はいつにしましょうか?」
沢井さんが尾谷先生と調整を始めたところ、流斗君が割り込んできた。
「面白そうだから終わるまでここで待ちます」
沢井さんは「三十分はかかりますよ」と言う。
「朝河先生、撮影って思った以上に時間かかるんですね。すみません」
尾谷先生が恐縮しているが、流斗君は涼しい顔をしている。
「なんか知らないけど、撮影って時間かかるんですよね。二時間撮影して、テレビに映ったのが十秒なんてこともありますよ」
この様子からすると、尾谷先生より流斗君の方が取材慣れしているみたいだ。
と、私はふと疑問をぶつけた。
「朝河先生は、宇宙の研究をされてますよね。尾谷先生と関係あるんですか?」
この疑問には、尾谷先生が答える。
「朝河先生が加わる観測プロジェクトに、先ほど言った、データノイズ除去システムを入れることになったんです」
「ノイズ?」
流斗君が、不機嫌そうに答えてくれる。
「観測したデータにはノイズ……ゴミデータが多く含まれます。しらみつぶしに除去するのですが、効率悪いので、少しでも効率よくしようと、尾谷先生のチームで開発したノイズ除去システムを使って、不要なデータを少しでも減らそうということです」
流斗君がこれから始める観測に、尾谷先生が協力するということでいいのかな。
撮影を続行した。流斗君の視線をチクチクと気にしながら。
「数学と情報ってどう違うんですか?」
そんな質問にも尾谷先生は、イケメンスマイルで説明してくれる。
私は尾谷先生より、後ろの流斗君の方が怖かった。
今夜「もっと勉強しないと」ってメッセージがくるに違いないが、私は質問を続ける。
「先生、たくさんの仕事をされているんですね。毎日、夜遅いんですか?」
「少し前まではね。でも今は奥さんに悪いんで、早く帰ってます」
「えっ! オックン! 結婚したの!? 相手はゆずちゃん、だよね」
カメラマンである沢井さんが、タメ口で驚いてる。その声、思いっきりカメラに入っているけど、いいのかな?
沢井さんは撮影中ということを忘れて、学生時代の先輩と後輩に戻り、尾谷先生と奥さんの馴れ初め話で盛り上がっている。尾谷先生の奥さんは、沢井さんの知り合いらしい。
話が止まらない二人をどうしたらいいのか、相手が課長と准教授では、バイトとしては固まるしかない。
「尾谷先生、僕、やっぱり今日は帰ります」
甲高い声が響き、ようやく先輩と後輩は我に返った。ありがとう流斗君。
尾谷先生から簡単な一言をもらい、撮影は終了した。
「素芦さん、先に帰っていいわ」
沢井さんはまだ、尾谷先生と話したりないみたいなので、私は三脚とカメラを抱えて先に失礼した。
と、廊下を歩いていると、パタパタとサンダルの音が近づいてくる。
「りゅ……朝河先生、どうしたんですか? もう用事は終わったんですか?」
気をつけよう。大学ではバイトと准教授。タメ語は厳禁。
「いや、僕、あの広報課長が苦手で、メインの用事は終わったから、逃げてきた……貸して」
流斗君は私から三脚を奪うようにして抱えた。
「先生、大丈夫ですよ。そんな重くないから」
彼は何も答えず、情報棟の長い廊下を、黙々と歩いた。
「朝河先生、私、バカみたいな質問してましたよね」
何か言われるに決まっているのだから、と、予防線を張っておく。
「質問にバカも賢いもありませんよ。ただ、何度、説明しても同じ質問を繰り返されると、よーっぽどこっちの説明がひどいんだな、って落ち込むけどね」
その後、大した会話もなく、情報棟を出る。
「先生、ありがとうございます」
三脚を受け取ろうとしたが、流斗君は返してくれず、広報課のある本部棟に向かって歩き出した。
「先生、宇宙棟と反対方向ですよ」
彼は答えず、黙々と私のいる事務室に付き合ってくれた。
「尾谷先生、新婚さんなんですね。沢井課長は研究室の先輩なんです」
取り留めもない話題を投げかける。
「わからないな。他人の結婚の何が面白いのか」
「尾谷先生は三十代半ばですよね。沢井課長、なかなか結婚しない後輩のこと、気にしていたのかも。朝河先生は若いから、結婚はずっと先でしょうね」
自分で話題をふって、落ち込んできた。
彼は彼女とそういう話をするのだろうか。
流斗君がじっと私を見つめている。その視線が痛い。
「せっかく一人暮らし始めてうるさい家族から離れたし、今はそれどころじゃないプロジェクト参加させてもらってますから」
そうか。まだ彼女とは、そういう話はないのかな。
私、すごいホッとしてる。嫌だな、ホッとしてる自分。
今日は雨ではないが、梅雨の季節らしい湿った風が鼻孔をくすぐる。
流斗君と歩いていたい。でも、大学の中は狭く、あっという間に本部棟が目の前だ。
たとえ流斗君の取材がNGになっても、バイトを一生懸命やっていれば更新されるだろうか。いや、あと二か月で、彼とは終わりなのだろうか?
「朝河先生の研究室も見てみたいです」
私は今、何を口走っているの? 流斗君が固まっている。
「今度は先生のインタビュー、撮影しますね」
目の前の先生の返事を待たず、彼から三脚を取り返し礼を述べ、本部棟入り口のガラスのドアを開けた。
何てことをしたんだろう!
取材を催促しないと言ったそばから、動画撮影を決めてかかった。
それも、彼の研究室に行ってみたいと言う私情だけで。
こんな夜は、自分が情けなくて逃げ出したくて投げ出したくなる。
私は、十八禁乙女ゲーム『コギタス・エルゴ・スム』を起動した。
「先生にちゃんと言った? 取材受けてくれないとバイト終わりって」
そんなこと言えるわけない。それは流斗君には一切関係ない。そんなことを言って、彼を悩ませたくない。大切な友だち……だもの。
「先生にお任せしました」
それだけを答える。沢井さんは大きなため息をついた。
「あなたの言うことなら先生聞くかと思ったけど……残念だわ」
このままでは、バイトは二か月で終了する。
でも今以上にがんばれば、更新してくれるかもしれない……甘いかな?
とにかく流斗君にも指摘された通り、科学の知識があるに越したことない。
メールの振り分けすら、隣の飯島さんに頼ってばかり。質問するたびに、露骨に嫌な顔をされてしまう。メールの訳の分からない専門用語が少しでもわかれば、飯島さんを煩わせることも少なくなるだろう。
高校の参考書を買ってみたが難しい。読むのに時間かかりそう。
そこで私は、ネットの動画で知識を得ることにした。
今まで科学系の動画をチェックしたのは真智君に物理の講義を押し付けられた時ぐらいで、ちゃんと見たことなかった。みんなすごい。予備校の講師による授業も熱が入っている。
今さら遅いが、自分が塾講師だったとき、もっとこういうので勉強すればよかった。
特に目を引いたのが、ミス首都総合大学に選ばれた女子大生が研究室を訪問する動画だった。
首都総合大学は、この国トップの大学だ。私のいた岡月高校でも合格者は数名程度。
大学で未だにミスコンなんてやってるんだ、とも思うが、その子は「ミス」というだけに本当に可愛い。ピンクのウィッグを着け、アニメやゲームに出てくる魔法戦士風のコスプレをして、大学の研究室を訪問している。
「カサミンだよ~♪」
テンションMAXで登場する彼女は、機械工学科のリケジョさんだ。そのためか、同じ機械工学の研究室訪問が多い。
初めは、彼女の可愛らしさ、テンションの高さに目を引いたが、なかなか質問が的確なのだ。動画を眺めていると、自然に研究の概要が頭に入ってくる。
アクセス数はそこそこだが、固定ファンがいるようで、コメント欄が愛に満ちている。
いろんな動画を見ているうちに、流斗君の言ってた「粒子と波動」がどういうものかはやっぱりわからないが、怪しい健康グッズとは別物ということだけは理解した。
そして、今さら気がつく。
私は流斗君の研究室に入ったことない。大学を去る前に行ってみたい。塾講師ではなく研究している真智君にも会ってみたい。
……公私混同しちゃダメ。でも、行ってみたい……
私は、ホームページの更新方法を教えくれた飯島さんに、提案した。
「先生方の研究室を訪ねる動画とかあると、面白そうですね」
もちろん、流斗君の研究室に行きたい、なんて本音は言わない。言えない。
「そんなのとっくにやっとるに決まってるでしょ? ホームページ、ちゃんと見ました?」
不機嫌そうに反応されてしまった。うん、根底に下心があるから、文句言えない。
宇関キャンパスのホームページをよくみると、隅の方に動画へのリンクが張ってある。クリックしたら、宇関キャンパスの先生方の研究室紹介動画が十個ほど載っていた。流斗君はいない。取材拒否するぐらいだから、こういうところに載るのも嫌かも。
「せっかくだから、もっと目立つところにリンクを張ったら……」
「そこまでいうなら、素芦さん、直したらええんとちゃいます?」
私も一月経ち慣れて、電話の取次ぎで失敗することはなくなったが、この人はずっと不機嫌だ。
「わかりました。テストページ作ってみますので、確認してもらえますか?」
「勝手に突っ走らんといて! 素芦さん、前にどんな仕事したか知らんけど、ここでは俺らに従って」
やったらと言われたのでやると言った。それでまた叱られる。うーん、困った。
「すみません。ただ、前の仕事でもホームページの更新はしていたので……」
やり取りに沢井さんが加わった。
「素芦さん、試しにリンク先を変更したトップページのレイアウト案、作ってみたら?」
飯島さんが抵抗する。
「待ってくださいよ課長。この人は無理や。大学のことなんも知らんし」
「私たちの相手は、科学のことも大学のことも何も知らない人よ。知らない人だからこそ、いい案ができるかもしれないでしょ」
ようやくやりたい仕事ができそうだ。
宇関キャンパスのページも、大元の大学のサイトと基本デザインは共通している。だから、その辺を変更するのはできないようだ。
そこで、編集可能なエリアに、最新動画のサムネイルを大きく載せるレイアウトを作った。
動画更新のたびに作業がちょっと増えるが、先生たちのリアルな声、目立たせたい。
沢井さんからOKが出て、早速アップされた。
ちょっとした変更だが、それでも宇関キャンパスのホームページ更新に携われて嬉しい。
「へ~素芦さん、やるじゃない。動画アクセスが少し伸びたわ」
沢井さんに褒められた。よし、これでバイト更新決定か!
「じゃあ、動画ページ本体も作ってみない?」
いや、それより沢井さん、アクセス伸ばしたご褒美ください。
「先生方のインタビュー動画撮影、素芦さん、手伝ってくれる?」
「それって、研究室を訪問するんですよね」
もしかして朝河流斗先生の研究室に行けるとか?
沢井さんが、プリントを見せてくれた。
情報工学の准教授、尾谷光樹とあった。
経歴や専門分野を見てもよくわからないので、顔写真に注目してしまう。
三十代半ばだろうか。少し長めのサラサラな前髪、切れ長の知的な瞳、そしてすっとした鼻筋。ドラマで難事件を解決しそうな、かなりのイケメン先生だ。
残念ながら流斗君ではなかったが、イケメン先生の撮影を手伝えるというのは、悪くない。
「彼、私と同じ研究室なの。私がドクター一年の時、四年で入ってきて、なかなかの美少年だったわ」
え? 沢井さんって広告代理店にいたんだよね? 工学の博士なのに?
美魔女の広報課長も何か思うことがあったんだろうか。
みんな、それぞれ思いを抱えて生きている。
そして私の思いは……朝河流斗先生の動画を撮影したい、彼の研究室に行ってみたい。
この前、取材依頼はしないといったばかりで気まずいけど。
尾谷先生の研究室を、沢井さんと私の二人で訪ねた。
イケメン准教授が沢井さんにペコっと頭を垂れる。
「沢井さんに先生、と言われるのは、不思議ですね」
「いいえ、尾谷先生は、宇関キャンパスのスターですから」
同じ研究室の先輩と後輩同士で盛り上がっている。
三脚にビデオカメラを取り付け、アングルを確認した。背景にポスターがあった方がいいかなどと、いろいろ試行錯誤を繰り返す。
沢井さんは「じゃあ、尾谷先生に質問してね。私はカメラを見てるから」と言う。
「逆の方がいいと思います。私、情報工学のこと全然わからないけど、沢井課長は同じ研究室にいたぐらいだから、いい質問できると思います」
「なまじ知ってる私より、何も知らない人の素朴な疑問をぶつけた方が面白いわ。いいですよね? 尾谷先生、わかりやすくお願いしますね」
「ええ、沢井さんの言う通り、がんばってみますよ」
尾谷先生が肩をすくめている。先輩と後輩の関係は、独立した研究者になっても変わらないのだろうか。
私は、素朴な疑問、「情報工学って何?」といったところから始める。
尾谷先生は、嫌な顔をせず、イケメンスマイルで丁寧に答えてくれた。
「先生、情報工学を始めたきっかけは?」
「数学に憧れていたんですが、純粋数学にはついていけなくて、数学の応用ということで進んだんです」
謙虚で親近感が湧く答えだなあ。
「プログラムが得意ということもなかったんですけどね」
他分野の先生と交流を重ねるうちに、画期的なノイズ除去システムを開発したという。
と、撮影を進めている最中、准教授室の扉を叩く音が聞こえる。
撮影は一旦中断となった。
尾谷先生が「すみません、次の予定を入れてしまって。三十分ぐらいで終わると思っていました」と頭を下げた。
扉を開けると、思わぬ人がいた。
「りゅ……朝河先生!?」
私は声を上げた。「流斗君」と言うのを我慢しながら。
思わぬところで流斗君と会ってしまった。あの語り合った夜から、二週間経っている。
それから流斗君とメッセージはやり取りしているが、会ってはいない。
流斗君は「あれ? 何で?」と、私と沢井さん、そして設置されたカメラを見て驚いている。
私こそ何で? と聞きたい。ここは情報の専門棟で、流斗君の専門の宇宙とは別の分野だ。
沢井さんが流斗君に状況を説明し、尾谷先生に撮影中断を告げた。
「尾谷先生、続きの撮影はいつにしましょうか?」
沢井さんが尾谷先生と調整を始めたところ、流斗君が割り込んできた。
「面白そうだから終わるまでここで待ちます」
沢井さんは「三十分はかかりますよ」と言う。
「朝河先生、撮影って思った以上に時間かかるんですね。すみません」
尾谷先生が恐縮しているが、流斗君は涼しい顔をしている。
「なんか知らないけど、撮影って時間かかるんですよね。二時間撮影して、テレビに映ったのが十秒なんてこともありますよ」
この様子からすると、尾谷先生より流斗君の方が取材慣れしているみたいだ。
と、私はふと疑問をぶつけた。
「朝河先生は、宇宙の研究をされてますよね。尾谷先生と関係あるんですか?」
この疑問には、尾谷先生が答える。
「朝河先生が加わる観測プロジェクトに、先ほど言った、データノイズ除去システムを入れることになったんです」
「ノイズ?」
流斗君が、不機嫌そうに答えてくれる。
「観測したデータにはノイズ……ゴミデータが多く含まれます。しらみつぶしに除去するのですが、効率悪いので、少しでも効率よくしようと、尾谷先生のチームで開発したノイズ除去システムを使って、不要なデータを少しでも減らそうということです」
流斗君がこれから始める観測に、尾谷先生が協力するということでいいのかな。
撮影を続行した。流斗君の視線をチクチクと気にしながら。
「数学と情報ってどう違うんですか?」
そんな質問にも尾谷先生は、イケメンスマイルで説明してくれる。
私は尾谷先生より、後ろの流斗君の方が怖かった。
今夜「もっと勉強しないと」ってメッセージがくるに違いないが、私は質問を続ける。
「先生、たくさんの仕事をされているんですね。毎日、夜遅いんですか?」
「少し前まではね。でも今は奥さんに悪いんで、早く帰ってます」
「えっ! オックン! 結婚したの!? 相手はゆずちゃん、だよね」
カメラマンである沢井さんが、タメ口で驚いてる。その声、思いっきりカメラに入っているけど、いいのかな?
沢井さんは撮影中ということを忘れて、学生時代の先輩と後輩に戻り、尾谷先生と奥さんの馴れ初め話で盛り上がっている。尾谷先生の奥さんは、沢井さんの知り合いらしい。
話が止まらない二人をどうしたらいいのか、相手が課長と准教授では、バイトとしては固まるしかない。
「尾谷先生、僕、やっぱり今日は帰ります」
甲高い声が響き、ようやく先輩と後輩は我に返った。ありがとう流斗君。
尾谷先生から簡単な一言をもらい、撮影は終了した。
「素芦さん、先に帰っていいわ」
沢井さんはまだ、尾谷先生と話したりないみたいなので、私は三脚とカメラを抱えて先に失礼した。
と、廊下を歩いていると、パタパタとサンダルの音が近づいてくる。
「りゅ……朝河先生、どうしたんですか? もう用事は終わったんですか?」
気をつけよう。大学ではバイトと准教授。タメ語は厳禁。
「いや、僕、あの広報課長が苦手で、メインの用事は終わったから、逃げてきた……貸して」
流斗君は私から三脚を奪うようにして抱えた。
「先生、大丈夫ですよ。そんな重くないから」
彼は何も答えず、情報棟の長い廊下を、黙々と歩いた。
「朝河先生、私、バカみたいな質問してましたよね」
何か言われるに決まっているのだから、と、予防線を張っておく。
「質問にバカも賢いもありませんよ。ただ、何度、説明しても同じ質問を繰り返されると、よーっぽどこっちの説明がひどいんだな、って落ち込むけどね」
その後、大した会話もなく、情報棟を出る。
「先生、ありがとうございます」
三脚を受け取ろうとしたが、流斗君は返してくれず、広報課のある本部棟に向かって歩き出した。
「先生、宇宙棟と反対方向ですよ」
彼は答えず、黙々と私のいる事務室に付き合ってくれた。
「尾谷先生、新婚さんなんですね。沢井課長は研究室の先輩なんです」
取り留めもない話題を投げかける。
「わからないな。他人の結婚の何が面白いのか」
「尾谷先生は三十代半ばですよね。沢井課長、なかなか結婚しない後輩のこと、気にしていたのかも。朝河先生は若いから、結婚はずっと先でしょうね」
自分で話題をふって、落ち込んできた。
彼は彼女とそういう話をするのだろうか。
流斗君がじっと私を見つめている。その視線が痛い。
「せっかく一人暮らし始めてうるさい家族から離れたし、今はそれどころじゃないプロジェクト参加させてもらってますから」
そうか。まだ彼女とは、そういう話はないのかな。
私、すごいホッとしてる。嫌だな、ホッとしてる自分。
今日は雨ではないが、梅雨の季節らしい湿った風が鼻孔をくすぐる。
流斗君と歩いていたい。でも、大学の中は狭く、あっという間に本部棟が目の前だ。
たとえ流斗君の取材がNGになっても、バイトを一生懸命やっていれば更新されるだろうか。いや、あと二か月で、彼とは終わりなのだろうか?
「朝河先生の研究室も見てみたいです」
私は今、何を口走っているの? 流斗君が固まっている。
「今度は先生のインタビュー、撮影しますね」
目の前の先生の返事を待たず、彼から三脚を取り返し礼を述べ、本部棟入り口のガラスのドアを開けた。
何てことをしたんだろう!
取材を催促しないと言ったそばから、動画撮影を決めてかかった。
それも、彼の研究室に行ってみたいと言う私情だけで。
こんな夜は、自分が情けなくて逃げ出したくて投げ出したくなる。
私は、十八禁乙女ゲーム『コギタス・エルゴ・スム』を起動した。
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しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
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