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2章 アラサー女子、年下宇宙男子にハマる

2-6 期間限定の友情 -乙女ゲーム0-

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 自殺者が二人も出た教団の取材に協力した。
 その辛さ、私には痛いほどわかる。だから私は決めた。こちらか催促はしない、と。

 朝河君はきょとんと、私を見つめている。
「あ、待って。いや、僕はそんなつもりで……」
 私は彼に微笑む。
「そんな目に遭えば誰だって取材断って当然よ。だから朝河君が自分で決めて」
「……素芦もとあしさん、広報課長に叱られませんか?」
 朝河君、やっぱり優しい。
「こんな難しい仕事、今の時給じゃできませんって言うから、大丈夫」
 だから、私も自然に笑える。
 私たちは、珂目山かめやまをあとにした。


 帰りの車で朝河君は饒舌だった。
 道路が大通りで運転がやりやすいこともあったのだろう。
「何でみんな勇者に転生したいんだろう。せっかく転生するなら人間じゃなくて全く別物になりたいよ。恒星とか銀河とかいいよなあ、スケール大きくて。いや、いっそ究極に小さなスケールということなら、素粒子になるのもいいね。自分が粒子でかつ波動になるって、どんな感覚か味わってみたいよ」

 ああ、また暗号が始まった。
「粒子とか波動とか、わけわからないこと言ってるから、怪しい団体に目、つけられるんじゃない?」
 私も調子に乗ってしまう。だって、本当にわけわからないもの。
 が、彼の沈黙で、調子に乗りすぎたとわかる。

「ごめんなさい。私……」
 未だに取材を断るほど傷ついている人に対して、私はあまりに無神経だ。
「いや、粒子で波動というと、そういう反応になるのか、何か新鮮だ」
 思ったより怒ってはいないのにホッとする。どちらかというと呆れているみたい。
「普通はそう反応すると思うけど……」
「うん、勉強になった。だから素芦さんも、勉強しようね」
「そうね。少しでも朝河君の話、わかるようになりたいな」

 車は慎重に大通りを南下する。
「その方がいい」
「やっぱり大学の広報って知識必要だものね」
「そうじゃないよ。素芦もとあしさんはタメ語の方がいいってこと」
 しまった! 私は完全に元に戻っていた。彼がただの学生だと思ってたころに。
「先生! ごめんなさい!」
「その『先生』も、やめてほしい。だって、僕らは……友だちじゃないか」

 友だち?
「僕は高校も大学も人より早く卒業したから、大学の先輩を指導する立場になった。それは自分で望んだことだからがんばる、でも」
 彼の喉仏が大きく動きつばを飲み込む音が聞こえた。
「友だちの前では、先生であること忘れて、宇宙のことを考えるだけの人間でいたいんだ」

 宇宙のことを忘れたい、とは言わないのが、彼らしい。
「じゃ、友だちとしてお願いするわ。朝河君、安全運転よ」
「安全運転ね。わかった。な、那津美さんは厳しいな」
 来た! 下の名前、来た!
「私も、流斗君って呼ぼうかな」
 運転席の彼は「へへ」と笑っている。

 友だちついでに、前から気になってたことを聞いてみた。
「私が、流斗君を学生と勘違いしたとき、どうして訂正しなかったの?」
 まだ、彼を名前で呼ぶのに慣れなくて恥ずかしい。
 数秒の沈黙のうち、答えが返ってきた。
「訂正する手間を考えれば、そのままでも問題ないから」
 疋田の叔母に誤解されたときと同じ回答だ。
「そんなことないよ。流斗君が先生だと教えてくれたら、私、真智君と会わせるようにしたし、私があんなひどい物理の講義をすることもなかったもの」
 流斗君は黙ってしまった。車内は沈黙に包まれる。

「だって、そしたら、すぐ、終わって……」
 声がよく聞き取れない。
「真智さんから聞いたけど、那津美さんって、お姫さまなの?」
 唐突に話題が変わる。真智君は、疋田の叔母から聞いたのだろうか。

「先祖はそうだったみたい。何百年も前の話よ。私は昔から宇関に住んでいるだけの貧乏人でーす」
「何百年? すごいな~、那津美姫さま、十二単とか着たことある?」
「ないって! みんな売っちゃったもの」
「ふーん。お姫さまって、執事とかいるの?」
 えーと、執事は、もともと、この国にはいなかったんだけど、どこかのカフェと混じってない?
「いないって。通いの家政婦さんが、ときどき来たぐらいよ」
「うわ! 家政婦ってドラマだけじゃないんだ。すごいな、お姫さまは」
「やめなさい! 先生やめてほしいなら、姫さまもやめて!」
 再び車内は、にぎやかになった。

 大人の男女にありがちな不健全な友情ではなく、心の交流を求める純粋な友情。
 好きな人の友だちでいるって、切ない? そんなことない!
 彼の束の間の休息を楽しませる存在になれるなんて、最高じゃない。
 課長からのミッションを放棄する。それはバイトの終了を意味する。
 二か月ちょっとだけど、私は流斗君の友だちでいよう。
 車は、私のアパートの駐車場に到着した。


 流斗君はアパートのドアまで見送ってくれた。
 ドアを閉じようとしたその時、彼が笑いながら聞いてきた。
「宇宙の警察とか自転禁止の刑とか、よくそんなのとっさに思いつくね」

 それは、流斗君が星の爆発を願うよう頼んだことへの反論だ。
 自分でもよく、そんな発想になったと感心するが……。
「え? ああ、あれね、あれは……」
 思い出した。とっさに思いついたわけではない。やばい。

「ああ、友だちがそんなこと話してたかも」
 私は目を反らすしかない。その私の反応に何かを彼は感じたのだろうか。ちょっとした間があった。
「那津美さんの友だちって、面白いね。SFマニアとか?」
「そ、そうね、ちょっと変わった子だから、じゃ、おやすみなさい」
 彼の返事を待たず私はドアを閉めた。やがてドアの向こうから、遠ざかる足音が聞こえる。

 急いでベランダに出た。駐車場が見える。すぐ流斗君が現れた。ベランダの私に気がついたのか、大きく手を振っている。私もとっさに手を振り返した。車が駐車場から消えるのを確認する。
 落ち着いたところでいつも通りうがいと手洗いを済ませる。そして、暗黒皇帝に出会う前の太陽の乙女を呼び出した。


**************************


コギタス・エルゴ・スム オープニング

「何ですって! 我らの星が、自転軸三十度回転の刑なのですか? 何かの間違いです!」
 星の王女である太陽の乙女は怒鳴り散らした。
 銀河連邦第十八支部の裁判長である男は、涼やかに答えた。
「被告は静かに」
 男は色白のおもてに眼鏡を光らせ、クールに突っぱねた。青い前髪がはらりとメガネのフレームをかすめる。

 乙女は冷徹な若い裁判長に訴える。
「私たちは、太陽系の中だけで資源を回しています。他の恒星系に侵入して小惑星の軌道を変えて移動させるなどありえません! 何かの間違いです!」
「証拠があります。被告の認証登録をした探査船が現れ、その後、一群の小惑星はそちらの恒星系に軌道を変えたのです」
「誰かが、認証を偽造したんです!」
「結審ずみです。不服の場合は、三地球日以内に、上級裁判所に申し立てるように」
 青い髪の裁判長が宣言すると、モニターが消え、真っ黒になった。

 太陽の乙女は眦を上げ、そばに控えている赤い髪の男に向き直った。
「ひどい! 我が国に忠実なお前が、そんなことするわけないのに!」
 星間パイロットである赤い髪の男は、乙女の肩を叩いた。
「姫さま、ありがとな。あんな裁判長が信じてくれなくたって、あんたが信じてくれれば俺はそれでいい」
 赤い髪のパイロットは、白い歯を輝かせてカラカラと笑う。
「そういう問題ではない! 本当に地球の自転軸をずらされたらどうする?」

 乙女は決意した。
「我が王家は謀られたに違いない! 事実を明らかにして見せよう。お前の助けが必要だ」
「ああ、俺は、姫さまの行くところならどこへだって行くさ」
 そういって、パイロットは乙女を抱きしめ頬に唇を寄せる。
「なっ! 何をする!」
 男の逞しい腕の中、乙女は顔を赤らめる。
「これから、二人っきりで仲良くするんだから、挨拶だよ」
 パイロットはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 二人は、初めて太陽系の外へ旅立った。


**************************


 乙女ゲームの攻略対象は、複数いる。メイン攻略キャラは、太陽の乙女が幼い時から王家に出入りする赤い髪のパイロットだ。やがて彼は、自らの血に目覚め覚醒し、宇宙を脅かす暗黒と対決する。
 クールな裁判長も攻略キャラだ。こちらは敵対陣営だったが、真相を知りヒロインの味方になる。
 旅の間は、そのほか宇宙科学者に他の恒星系のCEOなど登場する。そして真実が明らかになるころ、宇宙を滅ぼそうとする、暗黒皇帝が登場する。

 この世界では、恒星系が他の恒星系に侵略したとき、恐ろしい罰が銀河連邦より下される。
 公転を止められる、放射線バリアを解除されてしまうだの、惑星の生物が全滅しかねない刑罰のオンパレードだ。
 暗黒皇帝陛下に会う前の話をすっかり忘れていた。

 とっさに「宇宙警察に自転を止められる」が口をついて出たのは、散々やりこんだゲームの世界が、すっかり染みついてしまったからに違いない。
 私が、あの美しくもいやらしく下品なゲームのプレイヤーだなんて、流斗君にバレていないだろうか?

 落ち着こうよ。彼が、十八禁乙女ゲームの存在など知るはずない。宇宙の刑罰が自転停止なんて、SFならありがちなネタに違いない。
 私が十八禁乙女ゲーマーだと身バレする可能性は……ない!
 流斗君から取材許可を得られなかった。私はこのバイトを辞めざる得なくなる。それまでの縁だ。
 十八禁ゲームのことは忘れ、二か月ちょっとの友情を楽しむことにしよう。
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