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2章 アラサー女子、年下宇宙男子にハマる

2-5 星空の下の告白 -乙女ゲーム5-

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 望みを叶えれば、取材を受けてくれる……。
「難しそうですね。私にできるかな」
 朝河先生は、望みを告げず微笑んだ。
「星がきれいな場所、知りませんか? 今夜は晴れてますよ」

 食事代は先生が払ってくれた。
 宇関の北西にある珂目山かめやまに向かった。山沿いの曲がりくねった道を進む。

 紫色に光る大きな看板が左手に見えた。休憩3000円 宿泊5000円と大きく書かれている。気まずい。
 今から行く場所は、家族連れが訪れる観光スポットなのに、道沿いにこんな宿泊施設、気恥ずかしい。
 が、隣の彼は、慣れない夜道の運転が精一杯で、気づく様子はない。気づいたからといって、どうということはないかな。

 道がアスファルトから砂利道に変わること、目的地に到着した。
 珂目山の登山者が使う砂利の駐車場には、私たち以外の車は止まっていない。

 近くの見晴らし台に行くことにした。
「暗いから、気をつけてください」
 と、朝河先生が、私の手を取って歩き出した。
 え! 手つないでる。いいんですか!?

 勘違いしてはいけない。暗闇で危ないから、安全への配慮でそうしているだけ。杖を突いたおばあさんの手を引いているのと同じ。
 二足の靴が鳴らす砂利の音のほかにはカエルの鳴き声。ゲコゲコとうるさく雰囲気は台無しだが、つながれた手は暖かい。
 闇の中で二人きり。ずっとこの道が続けばいいのに。
 でも、五分ほどで砂利道は土に変わり、目的地に着いた。

「素芦さん、空、晴れてますよ」
 先生に促され、私は夜空に顔を向けた。
 市街地に比べれば星は良く見える。目を凝らせば3等星まで見えそう。
「天の川は……うーん……かすかに見えるぐらいか」
 私が天の川を見たのは、子どもの時、父と……あのころは母もいた……夏休みの別荘だった。それは、薄ぼんやり光る白い雲のようだった。
「そのうち、天の川を見に行きますか」

 え! いくらここが田舎とはいえ、天の川が見られる場所はない。見るなら、それこそ車で何時間も走らせた山奥で、当然泊りがけとなる。
 わかってる。先生は冗談を言っただけ。
「先生どうですか? 首都よりは良く見えません?」
「それが僕、ここに引っ越す前、天の川ぐらい見えるかなって期待してました」
「残念、そこまで田舎じゃないんです」
 苦笑いを浮かべてみる。ふいに先生に肩を叩かれた。

「僕らの銀河系から、他の銀河はどんどん遠ざかっています。こうしている間も」
 唐突に宇宙語りが始まる。
「そうなんですか? 星はずっと同じところにあるように見えますけど」
「うん。今こうしてみても変わらないけど、銀河からくる光を調べるとわかるんだ。すごい勢いで遠ざかっていることが」

 なかなか話が進まない。
「先生の望みって何ですか? それを叶えれば、取材を引き受けてくれるんですよね?」
 誰もいない暗がりで、彼の表情もよく見えない。
 カエルの声がうるさく響く。草を踏みしめる音が交じる。先生の足音だ。

「たくさんの星が爆発し、衝突するよう祈ってください」
 自然の音を効果音に変え、彼は小さくつぶやいた。

 星の爆発? 衝突?
「超新星爆発や星の衝突って、宇宙生成に関わるデータが得られるすごいチャンスなんです。でも、僕らはまだ観測能力がないから、なかなかデータが捕まえられない。だから素芦さん、祈ってほしい。星がもっと爆発して衝突して、たくさんのデータが得られるように」
 先生の声が上ずっている。

「先生、でも、星が爆発すると……ガンマ線バーストが発生して、地球の生物が滅ぶって……」
「じゃあ、地球に害を及ぼさない星に限定してください」
「でも、……やっぱり……私は……」
 唐突に私は、何度も聞いた暗黒皇帝と太陽の乙女との対話を思い出した。


**************************


コギタス・エルゴ・スム 5 皇帝の思い

 何度も男に貫かれ放心状態となった女の白い身体に、闇の衣が被せられた。
「陛下一体これは!」
 女は、目の前の男と同じ色に染められたローブを手繰り寄せた。
「我が后に相応しい装束を与えたまで。しばし、他のバリオンよりは、長く生きられよう」

 女は自らが闇に陥ってしまったことを嘆く。
「私はこんなものになりたくてここまで来たのではありません!」
「こんなものとは心外だな。唯一の我が伴侶に選ばれたこと、光栄に思えぬのか?」
「光栄? 父母を滅ぼした者の女にさせられて?」
「そうでもしなければ、そなたはここまで来なかっただろう?」
 その声は傲慢ではなく、寂しげだった。
 闇の后となった女にとって、初めて聞く彼の声だった。

「陛下は私を呼び寄せるために、星を滅ぼしたのですか?」
「別にそなたでなくてもよいが……いささか飽いておったのでな」
 男は女に背を向け、虚空にゆったりと身を進める。
 女は益々怒りを募らせる。ただの退屈しのぎのため滅ぼされたとは!
 が、その衣に包まれた後姿を見るにつけ、怒りや憎しみとは別の種類の感情が沸いてきた。


**************************


「素芦さん、僕らの研究のために、星が爆発するよう祈ってくれないの?」
 別の宇宙に飛ばされたような心地になったが、朝河先生の甲高い声で、私はこの宇宙に戻った。

「さっきからカエルの鳴き声、すごいね、初めて聞いたよ」
 都会育ちの彼には、この季節のカエルたちの合唱が新鮮に響くのだろう。
「そうよ、カエルも人もみんな必死に生きてるの。命をつなぐため呼びあってるの。たとえ地球に関係ない星でも爆発すれば、その星の近くの命が危ないわ」
「今さら、外の星の命が心配? 僕ら人間はこの地球で散々ひどいことしてきたじゃないか」
 そう、私たち動物は、他の命を奪わないと生きていけない罪深い存在。でも……。

「ええ、私たちはひどいことをしてきた。だから……せめて私たちの悪事は太陽系の中で収めるべきよ。私は、先生の研究が上手くいくように祈ります。でも、星の爆発を祈ることはできません」
 何かが私を突き動かす。理解できないこと、納得できないことに、イエスとは言えない。

「太陽系の外の星は、私たちが勝手に使っていい星じゃありません。全宇宙の公共財産なんです。みんなの財産を侵害したら、地球は宇宙の裁判で炎上して、終身自転禁止の刑になるかもしれないわ。それでもいいんですか? 永遠に夜も昼も来なくなっちゃうのよ?」

 なぜそんな突拍子もない発想を口にしたのか、自分でもわからない。
 先生は、暗闇の中、ゆっくり私に向き直り、少しずつ近づいてくる。
「一体、どこでそんな……あなたは……」
 彼は呆れている。声色でわかる。
 これで、取材の話は完全に流れた。それだけはわかった。


 夜の十二時を回った。カエルたちは眠らない。東の空から、ようやく下弦の月が顔をのぞかせた。
「朝河先生、どうあっても取材を受けるつもりはないんですよね?」
「いえ……ただ、宇宙の謎を追うって、ある意味、残酷だなって思ったんだ」
「先生、三年の間に何があったんですか?」
「今まですみません。ここまで付き合ってくれたんだ。ちゃんと話します」
 その声は、これまでに聞いたより静かで誠実さに満ちていた。
 彼はポツポツと語り始めた。


 幼いころ、家にも学校にも馴染めなかった。
 が、科学の世界に自分を見出し、大学入学時からは、専門雑誌を中心によく取材が入った。
「みんな、僕の話を聞きたいんだって、嬉しかったよ」
 聞いたことのない会社からの取材も引き受けた。
 いつのまにか彼は、謎の健康商品や開運のお守りといったグッズを推薦していることになっていた。

「笑っちゃうよね。電磁波について聞きたいというから説明したら、いつのまにか電磁波シールドとかいうよくわからないグッズを僕が勧めていることになってた」
 笑いながら語っている声が、泣いているように聞こえる。
「害のない商品なら笑い話ですませられる。だけど……ある団体が、僕の研究、別の宇宙、マルチバースの話を聞きたいというから、僕は説明したよ……その団体は、カルト教団だった」
 カエルの合唱に、草を踏みつける小さな音が混じる。

「そいつらが作ったPR映像に僕も登場した。僕は、この宇宙の他に別の宇宙がある可能性を話しただけ。それが、この世界で徳を積むと、来世で別の宇宙に転生できるから、今、苦しくてもがんばれ、となるんだ」
 先生はゆっくり静かに語る。
「さすがに我慢できず、教団の広報に、映像から削除しろと要求した」
 私はただうなずくしかない。
「広報担当者は残念がったが削除を約束した。でもその後、すごいこと言ったんだ」
 朝河君の顔が、ひどく悲し気に歪んだ。

「おかげさまで、二人の信者が別の宇宙に転生したって、楽しそうに知らせてくれたよ」
 頭が殴られたような衝撃を覚える。
「そ、それって、転生ってつまり……」
「僕が出たPR動画を見て、二人自殺した」


 二人の自殺者。
 私は先生の告白に、何も答えられなかった。

「僕は、大学と警察に相談した。そいつらが事件で取り上げられた形跡はない。信者の一部が自殺したぐらいだと事件にならないのかな。そして大学から、僕が直接マスコミに関わることを禁止された。いや、禁止を口実に問題から逃げた」
「先生のせいじゃありません! ちゃんと大学に話したし、すべきことはしたと思います」
 私は月並みな答えしか返せない。

「誰だって、生きるために世界を知りたいはずなんだ。マルチバースは宇宙論から導かれる結論の一つだ。自殺を増やすためじゃない!」
 彼にとって大切な研究テーマを、自殺に道具に使われては、耐えられないだろう。
 私が別宇宙への行き方を聞いた時、彼が強く反応した理由がわかった。

 教団の信者と私は同じだ。
「別宇宙へ転生したいということは、死にたいのではなくて、生きたいからだと思います。手段は間違っているけど、仕事が見つからない、失恋した、家族を失った……そんなことが抱えきれないから、生まれ変わって、今度は王女様になって勇者様に愛されたいって……」
 宇宙を滅ぼす暗黒皇帝の后になりたい、とはさすがに言えない。
「素芦さんは、王女様になりたいんだ」
「例えです!」
 先生の声に明るさが戻った。

「その……失恋って、別宇宙に行きたいぐらい、辛いんだ」と聞いてくる。
 なぜそこに食いついてくるのか微妙だが、先生に辛い思いを告白させた以上、私も少しは正直になろう。
「そうね。私の場合、恋と家族を同時に失ったから、立ち直るのに時間かかりそうね」
「……そいつ、年上? それとも年下?」
「年上。中々頼りになるお兄さんだった」
 彼が再び手をつないできた。暖かさがしみてくる。

 信者の自殺は朝河先生のせいではない。彼はただ別の宇宙があると話しただけだ。誰もが彼を責めてはいない。先生だってわかっている。
 でも自分の何気ない行動が、誰かを傷つけ、取り返しのつかない事態を引き起こしそうで怖いのだろう。
 ああ、わかる。私にはすごくよくわかる。だから私は決めた。

「私、これ以上、催促しません。取材は先生にお任せします」
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