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1章 アラサー女子、年下宇宙男子と出会う

1-12 人生、詰んだかも? -乙女ゲーム4- ※R

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 塾閉鎖の残処理を手伝うため、四月いっぱいまで出勤する。授業はないので、合間の時間、他の予備校の面接を受けることにした。
 が、正規職員の募集は少ない。講師はほとんどアルバイトだ。塾経営や事務だと正規職員を募集しているため、そちらにも応募したが、厳しい。前職が無名塾、ということで引っかかってしまう。

 暗黒皇帝陛下のイケボイスに過激な癒しを求めることが増えてしまった。交差点には、別宇宙への転生ゲートが見える。
 どうにも気持ちが上がらない休みの昼、電話がかかってきた。それは真智君ではなく、私個人の連絡先を知らないアサカワ君のはずもない。
 あの男からだった。

「那津美、わかっただろ?」
 皇帝陛下のような渋いバリトンボイス。ミツハ不動産の副支店長となった遠い親戚、荒本からだ。
「私の考えが甘いことがよくわかりました」
「俺は七年前からこうなることわかってた。疋田の塾は持たないと」
 塾が持たなかった原因はミツハの高い賃料もあるのに、よく言える!
「忙しいの。用がないなら切ります」

 荒本の目的はわかっている。職を失った私を蔑みたいのだ。彼は、私と父を憎んでいる。
「お前の仕事なら俺が世話してやる。ミツハに来い」
「結構です」
「現実を見ろ。地方大学を出て無名の塾で講師をしただけの女に、何ができるんだ?」
 それはこれまでの就職活動で、嫌というほど思い知らされた。
「俺は七年前もミツハを勧めた」

 父が経営していた素芦もとあし不動産は、長年、地元で親しまれていた。
 が、七年前、荒本が素芦の社員をミツハに引き抜いたため、素芦不動産は経営が成り立たなくなり、大手企業ミツハ不動産に吸収された。まもなく父は死んだ。素芦不動産の社員の多くは、ミツハ不動産に勤めている。
「それは、私がミツハには絶対来ないと知ってるからですよね」
「那津美、お前、このままでは生きていけないぞ」
 しつこい。私はスマホをタップして、話を強制終了させた。

 かつての素芦不動産の社員がいる職場。社員の多くが、父を裏切って荒本に着いた。そんな職場に就職できるはずがない。
 子ども時代は、こんな男と無邪気に手をつないで歩いた。アサカワ君を送っていった大学の敷地にも二人でよく出かけた。
 声が暗黒皇帝陛下に似ているのは偶然、気のせい。荒本の声に似ているから暗黒皇帝陛下に惹かれたってことは、ぜーったいにない!

 だから、昼間だったけど、宇宙に君臨する彼の声を聞いた。
 実際の声を聞けば、荒本とは全然違うことがわかるから。音域は似ているが、陛下の声はもっと、退廃的で物静かで心地よい。
 陛下の声で、気色悪い男の声をリセットしたかった。


************************


コギタス・エルゴ・スム 4 乙女の叫び

 暗黒皇帝の唇は乙女の全身をくまなくさまよい、濡れそぼる秘部を吸いつくす。
「いや、ああああ!」
 乙女は何度も高みに達する。それまで皇帝の下僕にも攻撃を受けていたが、比べ物にならない悦楽が、乙女の爪先から襲ってきた。
 恍惚とし自我を放棄した乙女の中心に、皇帝の熱い楔が穿たれる。
 引き裂かれるような痛みが乙女を襲った。いやもはや乙女ではなくなった。
 逃れられない痛みの中、女の胎に精が注がれた。

「少しは宇宙の真実に近づいたようだな。いい顔だ」
 女は屈辱と快楽のはざまにゆれ、涙を流す。闇の衣をまとった皇帝は指でその涙を掬いなめとった。
「無力なバリオンよ。宇宙の声に耳を澄ますがよい」
 それは、多くの星々が終焉にとどろかす悲鳴だった。

「陛下、な、何があったのです?」
 下腹部の痛みをこらえ、女は身を起こした。
「そなたが先ほどから美声を響かせるのでな、星の進化が加速したのだよ。ククク、逃れられぬ宿命を嘆く数多あまたの命の叫びほど、余を喜ばすものはない」
「お願い! 陛下の仰せに従います。だからやめて!」
「聞こえぬか? 消える星の叫びを」
 銀河の片隅の星が瞬く間に散りガスになり果てる。

「いや! いやよ! ひどい!」
「そうだ。もっと叫ぶがよい。星々の時の流れを速めるのだ。星は滅び、滅びからまた新たな星が生まれ、そこから、塵のような生にもがき苦しむ哀れな命が生まれる。これこそ宇宙のまことなるぞ」
 皇帝は高らかに笑いながら、女の白い身体をすみずみまで愛撫する。
 女は涙ながら自らの口を閉ざした。
「クク、そなたの可愛らしい声が聞けぬのは残念だ。いつまで耐えられるかの」
 女はつのる快楽に思わず声を上げそうになるが、飲み込む。が、発散されないうずきは籠り、あまりに甘美な苦しみをもたらすのだった。


************************


 塾への就職は全敗。別の宇宙に逃げたいな。
 歩道橋を歩く、交差点を通り過ぎる、眉毛を手入れする剃刀を持つ、玉ねぎをスライスするため包丁を握る、ガスのスイッチを入れる、タオルで手を拭く、いくらでも異世界転生への入り口はある。
 私、大分おかしくなってる。
 皇帝陛下の暗黒ボイスに身を浸せば、次の朝、別の惑星や銀河の中心で目覚める……なんてことはなく、いつもの布団の中。天井の木目を見つめたって、何も現れない。

 金なし、男なし、友なし、親なし……でもちゃんと生きていけた、仕事があったから。
 でも仕事がないんじゃ、どうにもならない。
 叔母さん……なんで塾、辞めちゃったんだろう?……ううん、叔母さんの年、考えようよ。仕事だって、叔母さんの優しさに甘えて成り立ってた。ちゃんと先を考えて、資格を取ったりしなかった自分が悪い。でも、でも……。

 私、疲れたよ。父の敵になんか頼りたくない。でも、正社員になりたい。
 もういいよね? 情けないけど、お金ほしい。仕事ほしいんだ。
 だから、声だけは陛下に似てる荒本に電話し、ミツハ不動産に就職しようと、スマホに触れた。
 着信メロディが鳴った。

「那津美さん。ごぶさた!」
「真智君! 元気? どうしたの?」
 思わぬ電話で、私の声もはずむ。

「那津美さん、元塾のバイト有志で飲み会やるんだ。ほら解散になっちゃったし」
「私みたいなおばさんがいいの?」
 バイトは院生が多く、二十代前半の子ばかりだ。
「那津美さんには、流斗のことですごい迷惑かけちゃったから」
 一応自覚があるんだ。
「俺、おごるよ」
 金欠の身にはありがたい。彼は学生とはいえお坊ちゃまだ。甘えさせてもらおうかな。
「それは悪いから……でも、安くしてもらえると助かるな」

 参加者のうちで多分、一番年長で元社員のくせに、図々しく、二割減の会費で参加させてもらうことにした。
 ありがとう、真智君。あやうく、あんな奴に頼ることだったよ。
 懐かしい仲間たちとおしゃべりして、まず、元気、取り戻そう。
 できればいい就職口がないかリサーチ……いやいや、それは、やめようね。楽しく過ごそうよ。


 土曜の夕方、指定された会場に向かった。そこは宇関駅バスターミナルに面したファッションビルにある無国籍風レストラン。このビルも二年前、駅ができたときに建てられた。無国籍風レストランなんてオシャレな店が、田舎の宇関に来るなんて、すごい時代だ。
 そもそもこの七年間の節約生活、外食なんてゼータク、縁がなかった。

 入り口で真智君が迎えてくれた。
「声かけてくれてありがとうね」
「いやいや~、那津美さんいないと始まんないよ~」
 以前は、チャラくてうっとおしく思ってた彼の口調も、失業中で凹んでる身には、ありがたい。
 ごめんね真智君。チャラくて苦手だなんて決めつけて。
 彼は、窓際奥の一角を案内してくれた。

 そこにいる参加メンバーをざっと見渡し、なるほど、やはり真智拓弥君らしい、と妙に納得し安心する。
 七~八人ほど集まっていた。男子は知ってるバイト講師だが、女子は初対面だ。
 つまり合コン。

 元職場仲間に挨拶をして、初めて会う女の子たちに軽く自己紹介する。男性陣は全員、西都科学技術大学宇関キャンパスの学生だ。彼らは中々の有望株……ということを、塾の面接を繰り返して私は学んだ。ごめんね真智君、無名大学なんて心の中でディスって。と、何か今日は、何度も心の中で真智君に謝ってるなあ。
 この新しい大学は企業では評価が高いらしく、首都の受験業界では、首都総合大学とまではいかないが、上位ランクらしい。
 みんな、いい出会いになるといいね。でも、真智君はほどほどにね。


 どこに座ろうか迷っていると、真智君が新たな参加メンバーを連れてきた。
 そのメンバーから声を掛けられる。
「素芦さん!」
 少年のように甲高い声。
「アサカワ君!?」

 相変わらずくせ毛がボサボサしているが、カーキ色のアジアン風シャツに白いデニムと涼しげなスタイルだ。以前会った時は、灰色のパーカーだったけど、なかなかオシャレじゃない。
 丸っこい大きな目で、ニコニコ笑っている。
 会いたかった。また君に会えるなんて思ってもみなかったよ。
 ありがとうね、真智君。今日は、真智君に何度も心の中で謝って、感謝する日だ。
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