上 下
61 / 101
6 主人公は、あっさりワナにはまる

(4)ようやく主人公登場

しおりを挟む
「トロイアで暮らしたくなったら、これ持ってってねー」

 アカイアの小さな浜で、アポロンの恵みで輝く美青年が、船乗りたちに声を掛けた。長い指に、木彫りの馬のペンダントをいくつもぶら下げている。

「おいおいパリスさん。むやみやたらに声掛けたら、ヘクトルさんに叱られるじゃろうて」

「おじいさん、人は多い方がよくない? こっちで困ってる船乗りさんを、助けたいんでしょ?」

「気持ちはありがたいがの。ヘクトルさんとて、役立たずにただ飯を食わすわけにいかんとて……人選びは、わしに任せてくれんかの?」

「いいよ。スエシュドスさんは、長い間船乗りして、わかってるもんね。じゃ、僕は」

 パリスは片手で握れる太さの木の枝を掲げた。

「僕は、馬のペンダントを彫るよ。それと宿を見つけて、食料集めるね」

 アカイアに到着したパリスの第一ミッションは、ポセイドン神殿のコマーシャルだ。アカイアの報われない船乗りのため、トロイアに新しくポセイドンの神殿を建てる。
 若者と老人のコンビは、順調にスタートした。


「おじいさん、商い船を漕いで旅をすると楽だね。食料がもらえて船賃はタダだし」

 パリスは、船乗りたちに教えられたとおりに、櫂を力強く回す。船にはたっぷりワインの壺が積まれている。

「あんたは王子様だろうに。そんな苦労しなくとも……」

 が、老人の言葉をパリスは遮る。

「王子は四日でやめた! 僕はただのパリス。今は、成りたての船乗りだね」

 小さな船は岸に沿って南に進む。浜に着けば、老人は布教活動に、パリスは食料調達に勤しむ。もっともパリスの食料調達は、難なく進む。田舎のご婦人方に愛想よく微笑むだけで、パンやワインをどっさりゲットできる。

「スエシュドスさん、僕はこれからヒポクラテス先生を訪ね、友達に会うんだ。長旅だけど、一緒に行く?」

 漁師の家に泊まった二人は、今後のことを相談する。

「もちろんじゃ。本当はのう、わしはパリスさんと、旅がしたかっただけなんじゃ」

「……おじいちゃん……へへ、ありがとう」

 ひょんなことで出会った老人だが、そのように頼ってくれるのは嬉しい。自然、老人の白髪頭に、手が伸びる。
 が、スエシュドスは、パリスの腕をバッと払いのけた。

「すまん……あまり、頭を触られたくないんじゃ」

「ううん。ごめん。気をつけるよ」

 パリスは、王宮でヘクトルから聞かされたことを思い出した。

――アレクサンドロス、あの老人はただの船乗りではない。アカイアの王たちにひどく傷つけられた戦士かもしれない。

――戦士? おじいちゃん、そんな感じじゃないよ。

――最初にスエシュドスと会った時、俺はすごい力で掴まれた。この俺が、簡単には振りほどけなかった。それに老人は、若者と同じように力強く漕いでいた。

 そのほか、パリスは、老人が着替えを拒むことを聞かされた。
 ヒポクラテスの教えを思い出す。ひどい暴力にあった人間は、しばし、人の接触を拒むようになると。

(おじいちゃん……どんなに大変な目にあったんだろう)

 パリスは寝床でわが身を振り返る。
 トロイア王に捨てられたとはいえ、拾ってくれた養父母に、大切に育てられた。村の誰もがパリスをかわいがってくれた。
 だから村に病が流行った時、なんとかしようと旅に出た――そのはずだった。
 それからナウシカに出会ってヘクトルに出会って、そのあとナウシカとすぐ別れてヘクトルと二人で……違う!
 床の中でパリスは首を振った。三人で旅をして、スフィンクスの謎を解いたじゃないか。

「そうだ。スフィンクスさん!」

 がばっとパリスは跳ね起きた。スフィンクスのいたテーバイは、この近くだ。


 パリスは、スエシュドス老人に、テーバイのスフィンクスとの出会いを語り、近くにいるスフィンクスに挨拶したいと老人を誘った。
 が、スエシュドスは「そんな化け物恐ろしい」と断った。
 パリスはひとりで、ピキオン山の怪物に会いに行った。
 獅子の身体を持つ女の怪物が、尻尾を振り艶然と微笑む。

「ほほほ。お主、息災にしているようじゃな」

「スフィンクスさんが元気でよかった。怪我は大丈夫?」

 パリスは、前の出会いでヘクトルが傷つけたスフィンクスの前足をさする。

「我はファラオの守護者であった。あの程度の攻撃、何ともないぞよ」

「昔いたのはエジプトだっけ? 僕は知らないけど、仲間のトリファントスさんは、エジプトから来たんだよ」

「エジプトか。実はの、久方ぶりにエジプトを訪れたのじゃ」

「えええ! エジプト行って来たの? すごく遠いんでしょ?」

「ほほほ、この翼があれば、どこへでも行けるぞ」

 スフィンクスは誇らしげに、両の翼を羽ばたかせる。

「神殿も王宮も、なにもかも見事じゃった。今のファラオ、ラムセス二世は、エジプト、いや世界でもっとも偉大なお方じゃ」

 怪物女は、美しい頬を染め、人々でごった返す町や、大きな船が行き交う港のありさまを語った。ギリシャのどんな町、そしてトロイアよりも、巨大な都らしい。

「じゃが、偉大なファラオも苦しんでおられる……あのモーゼという男のせいじゃ」

「モーゼ?」

 パリスは、初めて聞く名前に耳を傾ける。

「ヘブライ人の男じゃ。このあたりでヘブライ人はあまり見かけないが……あの男、神はヤハウェのみ、他は偽りの神と騒ぐもんじゃから、ファラオは頭を痛めておる」

「えっ! 神様がひとりってこと? アポロン様やゼウス様は?」

「モーゼに言わせれば、神ではない、ということかのう」

「そうか、なんか寂しいな……でもスフィンクスさん、よくこっちに戻ってきたね。エジプトって立派な都なんでしょ?」

 美女の顔をした怪物は、目を伏せて尻尾を振った。

「あの美しい都に、我が住処はない。我より力のある多くの守護者が、ファラオをお守りしておる。それに……」

 と、スフィンクスは頭を上げた。
 視線を辿った先で、何人もの子供たちが駆け寄ってくる。

「あ、スフィンクス、戻ってきたんだ!」

 あっという間に、怪物女は子供らに取り囲まれた。

「ねー、なんで、いなくなっちゃったの?」
「また、なぞなぞ出してよ」

 スフィンクスは、翼を広げて笑っている。

「ほほほ、では、なぞなぞではなく、エジプトの話をしようかの」

 パリスは、子供たちに囲まれ誇らしげにエジプトを語るスフィンクスを、見つめる。胸がポカポカと温かくなってきた。


 テーバイの宿の食堂でパリスは、スエシュドスにスフィンクスとの語らいを伝えた。

「スフィンクスさん、全然怖くなかったよ。子供たちの人気者でさ。良かったら、明日、会いに行ってみる?」

 が、老人は「バケモンなんてとんでもない!」と全身を震わせた。

「そうか……とにかく、モーゼって人、変わってるよね」

 食堂でパリスは、パンを噛み締める。

「神様がひとりなんて無理だよ。太陽と月と星を動かして、風を吹かせて雨を降らせてなんて……ひとりの神様にそこまでやらせたら、かわいそうだよ」

「パリスさん、優しいのう。神様にまでかわいそうとは……じゃがな」

 スエシュドスは、ワインで口をすすった。

「神がひとつなら、神々同士の争いがなくなり、平和になるかもしれんのう」

 はたとパリスは、パンを持つ手を止めた。神々の伝説を思い出す。特にギリシャの神々は、些細なことで嫉妬し怒り、災いをもたらす。

「おじいさん……それでも神様ひとりぼっちじゃ、つまらないよ」

 テーバイの夜は、思わぬ宗教談議に発展した。


 パリスとスエシュドスは、商い船を漕ぎ進め、ヒポクラテスのいる町に近づいてきた。
 船乗りの宿でパリスは、木彫りの馬のペンダントを作り、布教活動に勤しむスエシュドス老人を待つ。
 と、スエシュドスが杖を突きながら、身なりの良い男二人を連れ、駆け込んできた。

「パリスさん、スパルタの王様が病気で、医者を探しとるんじゃと」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

達也の女体化事件

愛莉
ファンタジー
21歳実家暮らしのf蘭大学生達也は、朝起きると、股間だけが女性化していて、、!子宮まで形成されていた!?

処理中です...