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5 定番ですが、主人公は王子様

(9)ようやくハーレム?

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「幸せだなあ~! 僕、トロイアに来て本当に良かったよ」

 パリスは、ヘクトルの妻、アンドロマケの助けで、薄汚い倉から解放された。
 案内された部屋の壁は白く塗られ、輝く太陽と馬の絵が描かれている。スエシュドス老人に見せてもらった拙い木彫りの馬とは違い、たてがみと尾が丁寧に描かれ、腕の良い職人の作だとわかる。
 磨かれた木製のテーブルには、赤や青で絵付けされた皿が並べられ、ぶどうや山羊のチーズがたっぷり盛り付けてある。

 部屋の美しさや食べ物よりパリスを喜ばせたのは、四人の若い娘の笑顔。
 ひとりは琴を、ひとりは笛を奏でる。軽やかな調べにパリスの心は浮き立つ。
 さらに浮き立たせてくれるのは、パリスの両隣に座るふたりの娘。

「はーい、あーんして」

 言われるがまま、パリスは口を開ける。かわいらしい指からブドウの粒が放り込まれる。
 甘酸っぱい香りが口の中で広がった。

「僕、ずっとここで、みんなと仲良くしたいなあ」

 右どなりの娘を抱きしめ、頬にキスをした。王宮で働く女の子ということで、これでもパリスとしては遠慮している。

「ずるーい。私にも私にも」

 左の女の子にせがまれたので、今度は額にキスをする。

「ちょっと、あんたたちずるい!」「私と交代!」

 笛と琴の音が止まり、女子同士のバトルが始まる。

「ごめんごめんね、演奏ばかりさせて。じゃあ僕、笛をやってみようかな。アカイアの笛と違うから自信ないけど、笑わないでね」

 ペロっと舌を出すと「きゃあああ!」「下手でもかわいいから許す!」「その笛あたしの!」「ダメ! 私のよ!」と演奏前から大騒ぎ。

 パリスはさほど熱心に楽器を練習したわけではない。が、医術より音楽の方に才があるらしく、あっという間に女子たち、時には男子たちの心をとろかす演奏術を、マスターしてしまった。

 トロイアの笛はギリシャの笛と形が違うが、何度か吹いてコツがわかった。
 ヒポクラテスの弟子だったときに覚えた曲を奏でる。いかにも女子受けする物悲しい旋律が、娘たちの胸にしみこんでくる。

「パリス様、ヤバすぎでしょ!!」
「イケメンで優しいだけじゃなくて、笛も上手なんて!」
「だって王子様だもの!」

 え?
 浮かれパリスも、娘たちの褒め言葉にギョッとした。
 先ほどヘクトルに『口が軽い』と叱られたばかりだ。女の子とちょっと、いや大分調子よくお喋りしたから、カミングアウトしただろうか? ヘクトルのこと「兄さん」なんて呼んだっけ?

「僕が王子?」

「ごめんなさい。私たちが勝手に思っているんです」

「アンドロマケ様が、ヘクトル様の大切なお客様とおっしゃってたから、普通の方ではないと思って」

「王様は女の方がお好きで、王妃様だけではなく、お妾さんがたくさんいらっしゃるの。だから、王様が外の女の人に産ませた王子様かな? って」

 王様になれば、結婚しても他の女と仲良くできるのか。パリスは素直に、王というものがうらやましくなった。

「それにヘクトル様に似てらっしゃるし」

「そ、そうかな? 僕とヘクトルって似てる?」

 もちろんパリスは納得できない。何もかも、あの男と自分は違う。

「じゃあ君たちが僕に優しいのって、王子かもしれないから?」

 パリスは小首をかしげて口を尖らせた。もちろん、本当に拗ねているわけではない。王子かもしれない事態で、こんな幸せを満喫できるのだ。単に女子受けを狙ったポーズに過ぎない。

「あ、ごめんなさい。最初、アンドロマケ様から話を聞いたときは、そうかなと思ったの」

「でもあたし、パリス様は、王子とか関係なくすてきな方と思ってます」

「私は、パリス様が奴隷の生まれでも構わないわ」

「ちょっと、抜け駆け禁止って決めたじゃない!」

「あはははは。ケンカしちゃだめだよ。ね、みんな仲良くしよ」

 次々と抱きしめて、頬や額にキスを贈る。

(今夜が楽しみだなあ。この中の一人……いや二人……さすがに一度に四人は大変か)

 パリスが今夜の素晴らしいプランを練っているときだった。

「ほう、少しは弁えているんだな」

 野太い男の声が、パリスの夢のプランをぶち壊した。


「ヘクトル様、ごめんなさい!」

 女たちは、厳しい王子の訪れに居住まいを正し、頭を下げる。

「謝ることはない。お前たちはアンドロマケに従っただけだ」

 王子はぐるっと四人の侍女を見やってから、パリスの腕を掴みグイっと立たせた。

「アンドロマケは言わなかっただろうが、うかつにこの男に近づくのは危険だ。気をつけるように」

「ヘクトル様、あたしたち普通にお喋りしてただけです」

 娘たちは次々とパリスの弁護を買って出た。

「なるほど……お前の才は大したもんだな。ちょっとこい」

 夢の時間を強制終了させられたパリスは、渋々とヘクトルに従い、部屋を出た。

「ヘクトル様~お願い、パリス様を叱らないでください~」

 かわいらしいいくつもの声が、男二人の背中をくすぐった。


「ねえ、ヘクトル、本当に僕、あの子たちに何もしてないって」

 王宮の廊下を速足で進むヘクトルの背中に、パリスは繰り返した。なおパリス基準なら当然、ハグとおでこチュウは何かしているうちに入らない。

「さすがだな。あの娘たちは、俺に会うたびに顔を強張らせるのに、あっという間に歓心を得たとは」

「ヘクトル、女の子たちに嫌われてるって落ち込んでる?」

「娘たちがアンドロマケによく仕えてくれれば問題ない」

「簡単だよ。女の子はね、その子が一番気にしているところを褒めればいいんだ」

「だ・か・ら! 俺は、アンドロマケがいればいいんだよ! それより、今から行くぞ」

「かわいい女の子つけてとは言わないけど、倉庫だけはごめんだよ」

 ヘクトルは、パリスの軽口に取り合わず、足を止めた。

「プリアモス王と王妃ヘカベが、待っている」

 トロイアの王と王妃――。ヘクトルの両親で、パリスの実の両親かもしれない人たちに、今から会う。
 娘たちと過ごして浮かれたパリスの面に、緊張が走った。
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