上 下
39 / 101
5 定番ですが、主人公は王子様

(6)老人には親切に

しおりを挟む
 ヘクトルは、漕ぎ手の老人から『王に会いたい』とむちゃな要求を突き付けられた。しかも男は、トロイアが敵視している海の向こうのアカイア人だ。
 一行は、先ほどパリスとヘクトルがいろいろゴニョゴニョした部屋に移る。
 二人でも広くない部屋なのに、四人でこもるとますます暑くなる。
 パリスが老人を寝台に座らせ、残りがベッドの前に立った。

「じいさん話してくれ。ここには俺たちしかいない」とヘクトルが促す。

 老人は杖でトリファントスを指した。

「すまんが、あんたは外してくれんかの」

「え、俺? まあ、俺、こんなかでは浮いてるからな」

 トリファントスは素直に出て行こうとするが、ヘクトルが彼の衣の裾を掴んだ。

「じいさん。この人は知恵者だ。助けになるだろう」

「旦那とこの兄さんはトロイア人だ。じゃが、この人は、なに人だ? アカイアともトロイアとも違う」

「この人、僕たちを助けてくれたんだ。いい人だよ」

「ありがとうよ……ヘクトルさん、パリスさん。気にすんな」

 未来人は笑顔で部屋を出ていった。コツコツと階段が鳴り、ほどなく音が消えた。


「じいさん、プリアモス王の財宝をあてにするなら大間違いだ。親父……いや、王は超がつくドケチだからな」

 王の長子は口をねじ曲げた。

「財などいらん。わしの願いはただひとつ!」

 老人は杖を振り上げた。

「ポセイドン様の神殿を建ててほしいんじゃ!」

「海神ポセイドンだと?」

 ヘクトルの肩がピクっと揺れた。
 一方パリスは目を輝かせる。

「ヘクトル、海の神様の神殿ないの?」

「俺らトロイアの神は太陽神アポロン様だ。ポセイドン様とは、いろいろあってな……」

「じゃ、ポセイドン様の神殿、建てようよ。海岸に船がいっぱいあったよ。ポセイドン様が航海を守ってくれるよ」

「パリス、静かにしろ」

 ヘクトルの声が思いのほか低く、パリスはビクッと身を震わせる。

「じいさん、トロイアでポセイドン様の神殿は難しい」

 老人は王子の拒絶にも関わらずとりすがる。

「旦那! アカイアでわしら漕ぎ手は、人として扱われずバカにされとる。身を粉にして働いても、食えるのはカチカチのパンひと切れじゃ」

「そんな……かわいそうに」

 アカイアで育ったパリスもそんなこととは知らず、顔を歪める。今にも泣き出しそうだ。
 そっと老人のとなりに腰掛け、ぼろ布に包まれた肩をさする。

「それでもわしら船乗りには、ポセイドン様がついておる。どんなに苦しくとも、ポセイドン様に祈りを捧げて耐えられる」

 老人は、首を覆ったボロ布を握りしめ、顔を上げた。

「じゃから、ポセイドン様の神殿があればどれほど心強いか……が、アカイアの王たちは、賤しい船乗りの願いなど聞いてくれん」

 パリスはボロ布で包まれた老人の手を握りしめた。

「船乗りさん頑張ってるのに、王様、冷たいんだね」

「あんたは優しいのう。ここはいい国じゃ。干し肉が食えるとは思わなんだ……ただの船乗りのわしに、こんなご馳走を出してくれる」

 老人は、布におおわれた手を伸ばし、ヘクトルの腕を掴んだ。

「わしの生涯最後の願いじゃ。この素晴らしい国トロイアに、ポセイドン様の神殿を建てたいんじゃ。そうすれば、アカイアの船乗りがトロイアにやってくる」

 ヘクトルの眉がピクっと動いた。

「アカイアの船乗りがトロイアに?」

「そうじゃ。ポセイドン様の神殿があれば、アカイアで虐げられている者が集まってくるぞ。みんなトロイアに感謝して尽くそう。わしもな」

 トロイアの長子は、老人の顔を覗き込んだ。が、顔は伸びすぎた白髪で覆われ、表情を伺うことはできない。

「……じいさん、王に会わせてやる」

 老人は、よろよろと立ち上がる。

「旦那さん。なんとありがたい。やはりこの国に来てよかった、よかったぞよ」

 パリスは飛び上がる。

「やったあ! ヘクトル、ありがとう。おじいさん、よかったね」

 ヘクトルは部屋の出口に向かった。

「言っておくが、トロイアでポセイドン様の神殿は、難しいぞ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...