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4 古代ギリシャで謎といったらスフィンクス!

(6)しばしの別れ

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 ラリサの町に何日か滞在し、ヘクトルは旅の目的、軍事に明るい人材のスカウトに成功し、さらに五人も仲間が増えた。
 またパリスも町の医者を訪ね、流行り病に関する情報を収集した。

「さて、いよいよトロイアに戻るぞ。船で渡ることにする」

 パーティーのリーダー、ヘクトルが宣言する。

「ああ、私の力を見せてやるよ」

 ナウシカが力強く答え、新たに加わった五人の仲間も頷いた。
 が、パリスだけは、答えられなかった。
 ヘクトルは、無言のパリスをじっと見つめる。

「パリス、お前は故郷に戻るんだ」

「え?」

「今のお前なら、故郷で立派な医者になれる。そうすれば病も治まる……それがお前の旅の目的だったんだろ?」

「ヘクトル……」

「故郷が落ち着いたらトロイアに来い。何年も何十年も待ってやるよ」

 ナウシカも微笑んでいる。滅多に見られない彼女の笑顔。
 大国の王子は快活に笑った。

「大体、ナウシカの傍にお前がいたんじゃ、また、何が起きるか心配で仕方ない。さーて、父はもうすぐお前たちのもとに帰るからな」

 ヘクトルは、唯一の装身具、首飾りのカメオを取り出す。美しく彫られた母子の横顔に唇を寄せた。
 それを寂しげに見つめるナウシカ。パリスは(ナウシカにとっては、辛い旅になりそうだな)と、切なくなった。



 宿の前で、パリスは旅の一向に別れを告げた。

「ナウシカ、田舎に帰るついでに、お父さん、お母さんのとこ、寄っていくよ」

「いいのか? 私の故郷は辺鄙へんぴな島だぞ」

「いっただろ? ナウシカのいた島は、ちょうど田舎への船の途中にあるんだ」

 ここでギリシャ神話でナウシカのいた島の場所を調べてはいけない。
 冒険にはつきものの別れと出会い。パリスは故郷へ戻ることにした。


 約束通りパリスは、ナウシカの故郷の島に立ち寄り、王と王妃に娘の無事を伝えた。
 さわやかな青年の訪れに王と王妃は感激し「ぜひ婿になってくれ!」と懇願こんがんされる。

「あの子はこんな小さな島では物足りないんじゃろう」
「宝石より虫が好きな変わった子でしたからねえ」
「学問なんかどうでもよいから、いい婿さんを見つけてほしいもんじゃ」
「でも都会に出れば、あの子でも心を動かされる男に出会うんじゃないかしら」

 いつかナウシカに出会ったら、王と王妃の言葉を伝えよう、とパリスは胸に刻んだ。
 数日滞在し、島の病人を治療した後、パリスは王の懇願を振り切り、久方ぶりに故郷へ帰った。


 故郷では相変わらず、若者が病に伏していた。
 パリスは、病人を風通しのよい清潔な部屋に寝かせ、栄養を取らせる、また発症した人間は隔離する、といった地道な治療を続けた。
 この地道な治療法を村人に伝える。
 そうして病を抑え、故郷の若者は力を取り戻し、再び村に活気が蘇ったかに見えた。
 しかし……謎の病が完全に消えることはなかった。


 パリスは考えた。
 この病は、やはり神の技なのだろうか? 病が発生したときの対処は何とかできるようになった。
 しかし、完全に病が消えたわけではない。

 パリスは……もう一度、彼らに会いたくなった。
 約束したのだ。
 落ち着いたらトロイアに行くことを。
 ナウシカの両親の言葉を伝えることを。
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