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勇者が目覚めたら

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 少年は目覚めた。寝床から起きて、階段を降りる。

「おはようアイン。シチューを作っているから待っててね」

 ジャガイモをナイフで切り分けている中年女が、少年に声をかけた。
 彼は静かに頷いた。
 彼は自分の立場を理解した。自分の名はアイン。この女は自分の母。ここは田舎の小さな一軒家らしい。母親は、朝ご飯を作っているのだろう。羊の肉が鍋でグツグツ煮えている。
 アインは、鍋の音に耳を傾けているうちに覚醒した。自分が何者か思い出したのだ。

「僕は……僕の前世は勇者だった! これは七回目の転生だ!」

 前世から前々々々々々世までの戦いの記憶が、次から次へ押し寄せる。

 始まりは、洞窟に住みつき旅人から財を盗む大蛇を退治した。あの時は仲間がいなかった。
 次の人生では、氷の山で人々を食い殺す邪鬼を倒した。僧侶が仲間になり、治癒力に助けられた。
 三度目は、地下に潜み大地を震わせる悪竜を打ち負かした。魔法使いも仲間となり、攻撃力が強化された。
 四度目にて、海底神殿で人々の魂を吸い取る大神官に勝利した。船で大陸の間を駆け巡る冒険だった。
 五度目は、人々を滅ぼし魔物の国を作ろうとした大魔王を、天空魔城で消滅させた。巨鳥の背に乗って、縦横無尽に空を渡った。

 そして前世ではついに、世界を消滅させようとする、時の破壊神と対峙し、奴を時の彼方に葬り去った。このときは時間の回廊を渡って過去や未来に旅立ち、謎を解き明かしたのだ。

 七度目の転生。今度はどんな冒険が待ち受けているのだろう? 少年の胸が高鳴る。
 母親は、息子の覚醒にかまわず、鶏の卵が入った籠を差し出した。

「アイン。馬小屋のじいさんに、卵を届けておくれ」

 彼はもちろん「はい」と答える。
 冒険は、いつも小さなお使いから始まる。やがて、世界の大きな謎を解き明かし、巨大な悪と対決する時が来る。
 このお使いを果たさないと、何も進まない。そうしないと、母のジャガイモのシチューは、いつまで待っても出来上がらないのだ。


 前世で勇者だった少年は、馬小屋のじいさんに卵を届けた。お礼に、銅貨を二枚もらった。
 ここで銅貨をくすねてはいけない。母親に届けるのだ。そうしないと次に進めない。だから彼は、セオリー通り二枚の銅貨を母に渡した。

「お疲れ~、シチューできたよ。銅貨一枚は、お前にあげるよ」

 アインの心が弾んだ。これで銅貨一枚をゲットした。そのうち銅貨一枚なんてどうでもよくなるが、序盤は小さなクエストの積み重ねが重要だ。シチューを食べてお腹いっぱい。ここで、次のクエストにつながるはず。

「外で遊んできたら」

 母の助言にアインは素直に従う。彼は知っていた。村人全員に話を聞かなければならないことを。


「今日もいい天気だね~」

「お母さんの卵はおいしいよ~」

 善人ばかりの穏やかな村。が、村の平和は長く続かないだろう。彼は知っていた。こうして村で情報を集めていくとクエストが発生し、次のイベントが解放されるのだ。
 平和は長く続かない。
 当然だ。
 そうでなければ、転生の意味がない。
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