上 下
25 / 46
2章 千年前の女勇者

23 親子の絆

しおりを挟む
 マルセルは自分の耳を疑う。
 今、カリマは娘に「嫁に行きな」と言い切った。

「ちょ、カリマ! そりゃまずいって!」

 マルセルは、夜、カリマと二人きりの時は幼馴染として接するが、昼間は彼なりに臣下として振る舞っている。しかし今は、驚きのあまり、女王に対する礼儀を忘れた。
 カリマは、マルセルの言葉遣いなど気に止めず、コンスタンスの身体を少し離して微笑んだ。

「あたし忘れてたよ。あんたが産まれたとき、ただ幸せになってほしいって願ったこと」

「幸せ?」

 コンスタンスのオッドアイが大きく揺れた。

「あんたには、好きな男と夫婦になってほしかった。あたしにはできなかったから」

「お母様は好きな人と夫婦になれなかったの? 私のせい?」

 女王は寂しげに笑う。

「あんたを不安にさせてごめんね。あんたにはエリオン様の血が流れている。あたしはあんたを、エリオン様から授かったんだ」

 マルセルは大きく唾を飲み込んだ。カリマは、公式の場ではもちろん、マルセルと二人でいるときですら、コンスタンスがエリオンの娘と断言したことはなかった。

「お母様、私のお父様は、やはりエリオン様なのね。どうして教えてくれなかったの? 私、お父様が誰かわからなくて、すごく怖かったのよ!」

 緑と青の眼から、涙があふれてくる。

「すまなかったね。どうしても言えなかった」

 カリマは娘の涙をそっと拭う。

「男と女は、聖王様と聖妃様に誓う前に夫婦になってはいけない。エリオン様の教えだ。コンスタンスも知っているだろう?」

「はい。人間は、馬や牛とは違いますもの」

 マルセルはぎょっとするが、十一歳の聡明な王女は、人間も他の動物と同じように、交尾で子供ができることを理解しているらしい。

「あたしはね、どうしても言えなかった。エリオン様が、自分で教えを破ったことを」

 そんな理由で、コンスタンスの父を明らかにしなかったのか? 彼の教えを守るため、娘を不安にさせたのか?
 マルセルとしては、呆れるしかない。カリマがエリオンへの愛を貫くためかと思うと、悔しくもある。

「どうしてお母様とエリオン様は、教えを守らなかったの?」

 慌ててマルセルは、割り込んだ。

「あ、あー王女様、それは、えーと、その……」

 大人の男女にはよくあることだが、十一歳の少女にどう説明したらいいのだ?

「それを言われると辛いなあ、あはは」

 動揺するマルセルに対し、カリマは屈託なく笑う。

「人間も、馬や牛と同じなんだよ。でも、人間は動物のままでは幸せになれない。エリオン様は、それを戒めているのさ」

 女王は娘の肩をポンと叩いた。

「エリオン様には使命がある。だからあんたの傍にいることはできない。でもね、あんたを授かって嬉しそうだった。あんたの幸せを願っていた。ううん、今も願っているよ」

「え? じゃあ、お父様……いえ、エリオン様は私のことを知っているの?」

 カリマは目を細めて優しく微笑む。

「コンスタンス、あたしもあんたに幸せになってほしいんだ。だから、ネールガンドに行ってきな」

「お母様、いいの? 私、ネールガンドに行っても?」

「あたし、セオドアは好きになれないけど、息子のアイザックはいい子だ。あんたは幸せになるよ」

「お母様!」

 コンスタンスは、母親に抱きついた。
 カリマは、娘のブルネットの巻き毛を優しくなでる。

「だから、あたしもあんたと一緒にネールガンドへ行くよ」

「へっ!?」「えええっ!」

 女王は満面の笑みを浮かべる。彼女の娘と幼馴染は、口をぱっくりと開けた。


「あんたが産まれたとき、決めたんだ。ずっと傍で守ろうって。だから、あんたの嫁入り先に、あたしも着いていくさ」

 マルセルは、母子の対話に割って入る。

「冗談じゃねえって! 女王様と王女様がいなくなったら、誰が王様やるんです!」

 女王は思わせ振りに笑う。

「マルセル、あんたが王様やればいい」

「はぁ? そりゃ駄目でしょ? 大臣たちが納得しませんって!」

「あんた言ったよね? あたしが次の王様を決めればいいって。あたしの決定に誰も文句言わないって」

 揉めだした大人二人に、少女が抗議した。

「私も絶対嫌よ! 嫁入り先にお母様が乗り込むなんて、恥ずかしすぎる!」

「コンスタンス。言っただろ? あたしはね、死ぬまであんたを傍で守るよ」

 もう一度カリマはコンスタンスを強く抱き締める。
 王女の目尻がキラっと光った。

「お母様、私……」

 抱き合う母と娘を目の当たりにし、マルセルの胸に熱いものが込み上げてくる。
 王女はそっと母から離れ、口を結んだ。

「わかりました。それなら私が、ラテーヌに残ります」

「アイザック王子が好きなんだろ?」

 少女は少し意地悪く笑った。

「……アイザックに来てもらえばいいわ」

 女王は目を細めて、コンスタンスの頭を撫でた。

「わかった。それなら、あたしがネールガンドに乗り込んで、あのセオドアに頭を下げてお願いするよ」

「やだ! お母様、それも恥ずかしいからやめて! 私が自分でアイザックにお願いします!」

「そうか。じゃあ、がんばりな。子供の恋に、親がしゃしゃり出るもんじゃないね」

 カリマがパンっと手を叩いた。

「コンスタンス、あらためて聞くよ。あんた本当に、一生をラテーヌに捧げる覚悟はあるかい?」

 王女は宣言した。

「私、お母様みたいな女王になれないし、マルセルの方が王に向いていると思う」

「王女様! 止めてくれ! 俺にはぜーったい王様なんて無理だ! 俺のいうことなんかだれも聞きゃあしない!」

 コンスタンスはクスッと笑った。

「でもマルセルが可哀想だから、私、ラテーヌの女王になります。魔王にならないよう、がんばります」

 女王は娘をもう一度強く抱きしめた。

「大丈夫だ! あたしがあんたを魔王になんかさせない!」

 親子はもう一度硬く抱き合いすすり泣く。
 マルセルは顔をほころばせた。と、枯れ葉がカサカサと崩れる音がいくつも重なって聞こえる。
 振り返ると、いつの間にか大臣たちが追いかけ集まってきたようだ。
 誰もが笑顔で大きく頷いている。
 彼らに気がついたカリマは、コンスタンスを抱きしめたまま高らかにうたった。

「みんなに伝えないとね。この子を次の女王にするって」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...