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2章 千年前の女勇者

21 王女の血

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 柔らかな日差しが降り注ぐ花畑で王女は、宰相が実の父ではないかと問いかけた。

「な、なにを言うんです! 俺が王女様のお父上なんて、無理でしょ!」

 マルセルは手を振り回す。が、内心、悪い気持ちはしない。

「そんなわけないわよね」

 あっさり納得してくれるが、それはそれで寂しい。

「で、でも俺、王女様みたいな娘がいたらいいなって思ってますよ」

「そうね、私も……マルセルが本当のお父さんだったら……ううん」

 マルセルも(俺も王女様が本当の娘だったら)と返したくなるが、グッと堪えた。

「じゃ、そろそろ戻りますかね。詩学の先生に叱られちまう」

 王女を促し立たせようとするが、動いてくれない。

「では、私のお父様はエリオン様なの?」

 ついに来た。王女が真に明かしたい疑問。
 コンスタンスの父は、エリオン。
 大臣たちをはじめ城の誰もが、王女の父親をエリオンその人だと確信している。
 が、当のカリマは、コンスタンスに父はいないと言い張っている。
 王女は、端からマルセルが父だとは思ってもいない。そんなこと、マルセルは最初からわかっている。

「俺は女王様から、コンスタンス様にお父上はいない、尊い方から授かったと、聞いてます」

「そんなこと、私だって知ってる! でも……みんな言うのよ! 私がエリオン様にそっくりだって!」

 白い肌に、キリッとした眉毛。
 成長すればするほど、史師エリオンに近づいていく。

「私は誰なの?」

 王女は両の掌を前に広げた。

「王女様は王女様ですって。女王様が一生懸命がんばって産んだ王女様ですよ」

 コンスタンスは首を振った。背中に垂れた巻き毛が大きく揺れる。

「違う! 私がお母様の娘なら、弓だって剣だってもっと上手なはず! 私がエリオン様の娘なら奇跡を起こせるはず! でも私はなにもできない!」

 王女は立ち上がり、森の中へ消えていった。
 慌ててマルセルは後を追う。隠れていた護衛兵がわらわらと現れ、駆ける王女を捕まえた。

「わからない! 私はだれ? もうおしまいよ!」

 マルセルは、王女を抱えた護衛を城の王女の寝室に誘導し、老婆クロエに「あったかい薬草茶と焼きたてのガレットを、王女様に出してやってよ」と指示した。


 夜半、例によってマルセルは、女王の私室を訪れた。

「カリマ、コンスタンスにちゃんと父親のこと話した方がいいぞ」

「マルセルが夜やって来るのは、文句を言うときだけだね」

「あったりまえだ。いくら俺でも、他の大臣さんの前で、お前に説教するわけにはいかねえ」

「昔は、他愛もない世間話で夜を明かしたのにな」

「ラサ村にいたころとは違うだろ。俺がいくら幼馴染でも、用もないのに女王様の部屋に遊びに行くのは、エリオン様の教えに反するんじゃねえの?」

 カリマは寂しげに笑うと、棚から壺を取り出す。壺の口をカップに傾けると、部屋中にワインの香りが充満した。

「まあ、ゆっくり飲もうよ」

 女王は二つのカップをテーブルに置き、宰相に座るよう促した。


「マルセル。繰り返すが、あの子は尊い方から授かった。それ以上言うことない」

「それじゃコンスタンスは納得しねえよ! 自分の父親がわからない……こんな悲しいことあるか?」

 カリマはマルセルに見向きもせず、ワインを口にする。

「はっきり言ってやれ。お前がエリオン様と結ばれ、王女様を授かったと。エリオン様とは訳あって離れてるけど、今でもお前はエリオン様に惚れてて尊敬してるって」

 ゴトン。陶器の鈍い音が、女王の部屋に響いた。

「コンスタンスはあたしの子だ! 誰の子でもない! だからあの子は、あたしの娘である証を立てなきゃいけないんだ!」

「ワケわからんこと言うな! 母親なんだから、あの子の苦しさわかってやれよ!」

「他人のあんたに父親面されたくない!」

 父親面……正鵠を得た指摘が、マルセルの胸に突き刺さる。

「仕方ねーだろ! エリオンとか言う本当の父親が子供を放ったらかしじゃ、誰かが父親やらなきゃいけねえんだよ」

 カリマの顔が凍りついた。

「お前もコンスタンスも苦しんでるのに、なんであいつは一度も顔を出さない! 史師? 世界を救った!? じょーだんじゃねー!」

「エリオン様を悪く言うな!」

 パン! マルセルの頬から乾いた音が発せられた。


 マルセルは、俯いたままこぼす。

「ははは、俺、あいつには敵わねえ。なにもかも敵わねえ……」

 男は自嘲する。どれほど愛しい女の娘を気に掛けても、実の父には勝てない。一度も会いに来ない男。いや、そもそも娘の存在を知っているのか疑わしい男。

 カリマは「ご、ごめん、マルセル。あたし……」と男の赤く腫れた頬に手を伸ばす。が、男は女の手を払い除けた。

「じゃ、父親面はやめて、大臣のひとりとして言わせてもらう。俺はね、女王様の弓が下手でも、昔の詩を知らなくてもいーんだよ。城にはそんなの得意な奴がいるからな」

「で、でも……それじゃ馬鹿にされる……」

「馬鹿にするやつは、俺が黙らせるよ」

 カリマは、マルセルを叩いた手をグッとすぼめた。

「女王様はラテーヌの民にどうなって欲しいか決めてくれりゃいい。民を腹いっぱいにしてやりたいなら、そう命令してくれ。腹いっぱいにする方法は、俺たちが考える」

「あ、あたしはみんなが笑って暮らせる国にしたい……」

「だったら真っ先に、女王様と王女様が手本を見せないとな。女王様と王女様がニコニコしてくれると、俺らもやる気になれるってもんだ」

 女王は座り直し、ワインで口を湿らす。

「……あたしは間違っていたのか?」

「もうすぐ二人で、また長旅に出るんだろ?」

 カリマは無言で首を縦に振る。
 七年前、女王は娘を連れて、王となった勇者たちとの会合に参加した。
 会合は五年に一度の予定だが、各国の足並みがそろわず二年遅れてようやく実現することとなった。

「旅の間たっぷり喧嘩して、城に戻るまでに仲直りしな」

 カリマは悲し気に眉を寄せる。

「で、でもあの子はあたしの娘だって、証を立てないといけないんだ……」

 なぜそこに拘る? コンスタンスがカリマの真似をしなくとも、娘であることは自明なのに?
 しかし、マルセルは王女の父ではない。大臣の筆頭として、望ましい女王の姿を伝えるのがせいぜいだ。

「じゃ、俺、長居してまた女王様に叩かれる前に帰るわ」

 女の返事を待たず、男は背中を向けた。


 十日後、カリマとコンスタンスの母娘は、例によって下働きの夫婦だけを連れて、魔王城を目指し出発した。
 以前の旅では、親子は手をつなぎ笑いあっていた。
 今回、一言も口を聞かず、目も合わせない。
 マルセルは遠くから母子の背中を感慨深く見つめ、言葉を漏らす。

「コンスタンス……大きくなったなあ」

 十一歳の王女は同い年の娘より成長が早く、小柄な母と背があまり変わらない。もうすぐ母親の背を超すだろう

「少なくとも背の高さは、王女様の方が勝っているな」

 背の高さだけではない。
 父と噂される人に似た容姿に、誰もが惹きつけられる。

「コンスタンス様。落ち込むことないっす。王女様は女王様よりいいところ、いっぱいいっぱい持ってますから」

 彼らは戻ってくるだろうか?
 もし二人がエリオンに会い、親子三人で暮らすことになったら……仕方ない。母と娘が幸せになれるなら……勇者をまとめ世界を救った史師には敵わない。
 でも、もしカリマとコンスタンスが戻ってきたら……。

「俺、コンスタンスの本当の親父になりたい」

 こんなことを言ったら、叩かれるだけでは済まないだろう。


 マルセルの心配はどこへやら、母と娘は帰ってきた。また、行きと様子が違う。
 コンスタンスは、上機嫌にスキップして歌っている。王女の笑顔は何年ぶりだろう。
 これで女王も笑顔ならいうことないが、カリマは頭を抑えて憂鬱そうだ。
 とてもではないが、愛の告白をする雰囲気ではない。


 夜、例によってマルセルは、女王の私室を訪れた。
 カリマは眉を寄せたままだ。

「どうした? まだコンスタンスと仲直りできないのか?」

 女王は首を振ってため息を吐く。

「セオドアに結婚を迫られた」
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