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2章 千年前の女勇者
18 誕生
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ラテーヌの女王カリマは、処女のまま尊い子を授かったと告げ、白髪の産婆オレーニアと共に、城の裏手の小屋に引きこもってしまった。
マルセルだけが小屋への出入りを許され、食料や日用品を届けることになった。侍女頭の老婆クロエは、マルセルに、妊婦に必要な衣服を持たせた。
政務は、マルセルを含めた大臣たちによって滞りなく進められる。重要な判断を要する場合は、小屋に籠る女王にマルセルが伺った。
彼が小屋の戸をノックすると、カリマ自ら現れる。産婆のオレーニアは顔を見せない。
マルセルは、荷物の受け取りは産婆の仕事じゃないのか? と首を傾げる。
「あの産婆はどうした?」
「オレーニアはね、人見知りが激しいんだ。この城には、あたし以外に話せる人間がいない」
「役に立たねえ女だなあ」
「オレーニアのこと悪く言うな! 旅先で世話になったんだ」
産婆とは、カリマが魔王討伐の旅で出会ったらしい。オレーニアは、カリマ個人を慕い城にやってきたのだろうが、他の人と関わりを持つ気はないようだ。
マルセルも、本来は人と関わるより鍛冶場に籠ることを好む。幼馴染が女王になってしまったため、人との関わりを主とする仕事に就いたにすぎない。
彼は、引きこもる産婆に共感し、これ以上の追及をやめた。
日に日にカリマの腹は、大きくなっていった。
いつものようにマルセルが着替えを届けると、カリマが小屋から出てきた。
「マルセル、城には子を取り上げた女がいくらでもいるだろう? 心構えを知りたいんだ。連れてきてくれないか?」
カリマは、マルセルの耳元で囁く。
「産婆のオレーニアはどうしたんだ?」
カリマは人差し指を唇の前に立て、声を潜めるよう指図する。
「オレーニアは、私に任せれば問題ない、と言うばかりなんだ」
妊婦の心得をロクに教えない産婆に、カリマは不安を覚えたようだ。
「カリマ、腹がおっきくなったなあ。いつ産まれてもおかしくない。よし、城中から女たちを集めて、ここに詰め寄らせるか」
「それは困る。この子は尊い。産まれる時人目に晒してはいけないと、聖王様と聖妃様が告げたんだ。だから、この小屋には誰も入れたくない」
子供の父らしいエリオンは、やはりただの人間ではない。聖王と聖妃が天から見守り、子供の誕生まで気にかけているのだから。
マルセルは(俺がエリオン様に敵うわけねえよな)と自嘲する。
それに出産姿を見られたくない気持ちは、わからないでもない。
「マルセル。あたしは小屋の外で待っているから、今すぐ、お産に詳しい女を連れてきてくれ」
カリマは中にいる産婆に気を使っているようだ。オレーニアは人見知りだけではなく、気位の高い産婆らしい。
「女王様はわがままで仕方ないなあ。じゃ、中で待ってな。女を集めたら声かけるから」
「マルセル! あんただけが頼りなんだ」
女王の側近は、城の女たちに声をかけた。
侍女頭の老婆クロエを中心に女たちが、お産に必要な布や桶、そしてお産用の椅子を持って、小屋に駆け付けた。
マルセルは男たちを集め、女王が小屋の外で女たちとゆっくり語らえるよう、椅子と木のテーブルを運び込む。
小屋から現れた大きな腹の女王は、笑顔を見せた。
「マルセル、助かった。もう用はないから、自分の仕事に戻りな」
わがままな女王にマルセルは苦笑する。先ほどは自分だけが頼りだと言ったくせに、目的が達せられると追い払うのか。
とはいえ、ここから先は、男の自分に聞かれたくない話もあるだろう。
彼は大人しく、城に戻った。
マルセルは、小屋から戻った老婆クロエから様子を聞いた。
カリマはかなり具体的なことを尋ねたらしい。無理もないことだ。
女王とはいえ、未婚で子を産むだけでも大変だ。しかも人目にさらしたくないと産婆と小屋に籠りきりでは、ますます不安もつのろう。
城の女たちは、一緒に子を取り上げたいと訴えたが、女王は頑として聞かないらしい。
クロエは、生まれる瞬間を見られたくないという女王の気持ちを汲み取った。そこで、オレーニアが赤子を取り上げた後、外で城の女が赤子を受け取り、へその緒を切り産湯につかわせ、赤子を母の元に返すことに決まった。
マルセルは丘にもうひとつ小屋を建て、女たちの詰所とした。
カリマは反対したが、マルセルに「お産で死ぬ女もいるって聞いただろ?」と説得され、渋々受け入れた。
七日後、間もなく子が産まれると聞き、マルセルは、城の女たちと共に、新しく建てた小屋で時を待った。
昼間、カリマのいる小屋から、元気な産声が鳴り響いた。
マルセルは女たちと外に出て、母と子を待つ。マルセルが「赤ん坊が泣いてるのに、なんでまだ出てこない?」と苛立つと、クロエから「後産がありますから」と窘められる。
苛立ちが頂点に達したところで、白髪頭の産婆が、布にくるまれた赤子を抱いて小屋から出てきた。
侍女頭がオレーニアから赤子を受け取ると、女たちは手際よくへその緒を断ち、用意していた産湯につかわせる。
「可愛らしい女の子ですね」と、女たちは次々と赤子の顔をのぞきこむ。
マルセルは、オロオロと眺めているばかり。
クロエは「女王様の具合は?」とオレーニアに尋ねた。
「お元気です。明日には、城に戻れましょう」
産婆の答え通り、翌日カリマは赤子を抱いて城に戻った。小さな王女はコンスタンスと名付けられた。
マルセルだけが小屋への出入りを許され、食料や日用品を届けることになった。侍女頭の老婆クロエは、マルセルに、妊婦に必要な衣服を持たせた。
政務は、マルセルを含めた大臣たちによって滞りなく進められる。重要な判断を要する場合は、小屋に籠る女王にマルセルが伺った。
彼が小屋の戸をノックすると、カリマ自ら現れる。産婆のオレーニアは顔を見せない。
マルセルは、荷物の受け取りは産婆の仕事じゃないのか? と首を傾げる。
「あの産婆はどうした?」
「オレーニアはね、人見知りが激しいんだ。この城には、あたし以外に話せる人間がいない」
「役に立たねえ女だなあ」
「オレーニアのこと悪く言うな! 旅先で世話になったんだ」
産婆とは、カリマが魔王討伐の旅で出会ったらしい。オレーニアは、カリマ個人を慕い城にやってきたのだろうが、他の人と関わりを持つ気はないようだ。
マルセルも、本来は人と関わるより鍛冶場に籠ることを好む。幼馴染が女王になってしまったため、人との関わりを主とする仕事に就いたにすぎない。
彼は、引きこもる産婆に共感し、これ以上の追及をやめた。
日に日にカリマの腹は、大きくなっていった。
いつものようにマルセルが着替えを届けると、カリマが小屋から出てきた。
「マルセル、城には子を取り上げた女がいくらでもいるだろう? 心構えを知りたいんだ。連れてきてくれないか?」
カリマは、マルセルの耳元で囁く。
「産婆のオレーニアはどうしたんだ?」
カリマは人差し指を唇の前に立て、声を潜めるよう指図する。
「オレーニアは、私に任せれば問題ない、と言うばかりなんだ」
妊婦の心得をロクに教えない産婆に、カリマは不安を覚えたようだ。
「カリマ、腹がおっきくなったなあ。いつ産まれてもおかしくない。よし、城中から女たちを集めて、ここに詰め寄らせるか」
「それは困る。この子は尊い。産まれる時人目に晒してはいけないと、聖王様と聖妃様が告げたんだ。だから、この小屋には誰も入れたくない」
子供の父らしいエリオンは、やはりただの人間ではない。聖王と聖妃が天から見守り、子供の誕生まで気にかけているのだから。
マルセルは(俺がエリオン様に敵うわけねえよな)と自嘲する。
それに出産姿を見られたくない気持ちは、わからないでもない。
「マルセル。あたしは小屋の外で待っているから、今すぐ、お産に詳しい女を連れてきてくれ」
カリマは中にいる産婆に気を使っているようだ。オレーニアは人見知りだけではなく、気位の高い産婆らしい。
「女王様はわがままで仕方ないなあ。じゃ、中で待ってな。女を集めたら声かけるから」
「マルセル! あんただけが頼りなんだ」
女王の側近は、城の女たちに声をかけた。
侍女頭の老婆クロエを中心に女たちが、お産に必要な布や桶、そしてお産用の椅子を持って、小屋に駆け付けた。
マルセルは男たちを集め、女王が小屋の外で女たちとゆっくり語らえるよう、椅子と木のテーブルを運び込む。
小屋から現れた大きな腹の女王は、笑顔を見せた。
「マルセル、助かった。もう用はないから、自分の仕事に戻りな」
わがままな女王にマルセルは苦笑する。先ほどは自分だけが頼りだと言ったくせに、目的が達せられると追い払うのか。
とはいえ、ここから先は、男の自分に聞かれたくない話もあるだろう。
彼は大人しく、城に戻った。
マルセルは、小屋から戻った老婆クロエから様子を聞いた。
カリマはかなり具体的なことを尋ねたらしい。無理もないことだ。
女王とはいえ、未婚で子を産むだけでも大変だ。しかも人目にさらしたくないと産婆と小屋に籠りきりでは、ますます不安もつのろう。
城の女たちは、一緒に子を取り上げたいと訴えたが、女王は頑として聞かないらしい。
クロエは、生まれる瞬間を見られたくないという女王の気持ちを汲み取った。そこで、オレーニアが赤子を取り上げた後、外で城の女が赤子を受け取り、へその緒を切り産湯につかわせ、赤子を母の元に返すことに決まった。
マルセルは丘にもうひとつ小屋を建て、女たちの詰所とした。
カリマは反対したが、マルセルに「お産で死ぬ女もいるって聞いただろ?」と説得され、渋々受け入れた。
七日後、間もなく子が産まれると聞き、マルセルは、城の女たちと共に、新しく建てた小屋で時を待った。
昼間、カリマのいる小屋から、元気な産声が鳴り響いた。
マルセルは女たちと外に出て、母と子を待つ。マルセルが「赤ん坊が泣いてるのに、なんでまだ出てこない?」と苛立つと、クロエから「後産がありますから」と窘められる。
苛立ちが頂点に達したところで、白髪頭の産婆が、布にくるまれた赤子を抱いて小屋から出てきた。
侍女頭がオレーニアから赤子を受け取ると、女たちは手際よくへその緒を断ち、用意していた産湯につかわせる。
「可愛らしい女の子ですね」と、女たちは次々と赤子の顔をのぞきこむ。
マルセルは、オロオロと眺めているばかり。
クロエは「女王様の具合は?」とオレーニアに尋ねた。
「お元気です。明日には、城に戻れましょう」
産婆の答え通り、翌日カリマは赤子を抱いて城に戻った。小さな王女はコンスタンスと名付けられた。
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