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2章 千年前の女勇者
4 女王の秘密の恋人
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長年恋い焦がれていた女、手が届かないと諦めていた女と結ばれれば、多くの男は喜びにうち震えるだろう。
ましてやその女が乙女だったと知れば、天にも昇る心地になろう。
しかし、その男マルセルは、ただただ混乱のなかにいた。
史師エリオンに率いられた七人の勇者が魔王ネクロザールを倒し、十二年が経った。
女勇者カリマが建てた国、ラテーヌの王城の広間に、群臣が勢揃いした。
玉座の右隣に、中年の痩せた男が立っていた。彼は肩まで伸ばしたボサボサの茶色い髪をかきあげている。
群臣たちが次々と、中年男に声をかけた。
「マルセル閣下、おめでとうございます。閣下にとってコンスタンス王女様は誰よりも大切なお方。今日の立太子をずっと待ち望んでいたことかと」
「俺、閣下って柄じゃねえよ。やめてくれ」
ラテーヌの宰相マルセルは頭をかいた。
「いやいや、閣下は女王カリマ様の半身でございます。王女様は閣下を父のごとく慕われていて」
「それ以上、よけーなこと、ゆーんじゃねーよ」
中年男は怒気をこめて、群臣を睨み付ける。
ざわめく広間に儀式の主役が現れた。一同は口をつぐむ。
女王カリマが十歳ほどの少女を連れて玉座に座る。少女はカリマに促され、玉座の左に立った。
カリマは燃えるような赤毛を揺らし、琥珀色の眼で群臣を見据えた。ラテーヌの女王は動きやすい男の服装を好む。この儀式の場ですら、裾の短いチュニックにズボンと、およそ女王らしくない身なりだ。
一方、王女コンスタンスは母親とは違い、床まで引きずるドレスをまとっている。金色が混じったブルネットの巻き毛を垂らしていた。
女王は切れ長の目で群臣を見やり、声を張り上げた。
「このコンスタンスは、あたしが尊い方から授かった。あたしはこの子を次のラテーヌの女王に決めた。心配しなくても、あたしがちゃんとこの子を育ててみせる。いいかい?」
宰相マルセルが、女王に続く。
「女王様、コンスタンス様は、絶対、立派な女王になります! 俺たちはこれからも、女王様とコンスタンス様を守るために、尽くします!」
群臣が次々と王女コンスタンスの立太子を祝う。
少女は緑色と青色の眼で人々を見つめていた。
女王には夫がいない。彼女は夫を持ったことがない。
カリマは、他の勇者たちと共に魔王ネクロザールを倒し、女王に即位する。即位の翌年、未婚のまま子供を産んだ。
彼女は「あたしは男を知らない。この子は天から授かった」と断言した。
しかしマルセルも含めて多くの者は、文字通り女王が処女のまま子を産んだとは信じていない。
コンスタンスの父親が誰か? 多くの者が同じ人物を想像していた。
その男とはエリオン。七人の勇者を導いた者。
エリオンがことさらカリマと親しげに振る舞っていた姿は、マルセルら多くが目撃している。カリマは日頃から「あたし、女でよかった。エリオン様の傍にいられるもん」と、史師との特別な関係を匂わせていた。
王女が産まれた日から数えると、カリマが子を授かったのは、魔王討伐前後とみられる。
コンスタンスが大きくなるにつれ、その想像は確信に近づいていく。
ブルネットの巻き毛に緑色の眼。成長するにつれ、かのエリオンの面差しに近づいていく。
……偉大な史師の血を引くかもしれない少女。
ラテーヌの誰もが、コンスタンスの立太子を歓迎した。
宰相マルセルは、産まれたときから王女を可愛がってきた。コンスタンスの立太子は、彼にとって、なによりも喜ばしい出来事のはずだった。
しかし彼は混乱の極みにあった。
マルセルとカリマは幼馴染みで、付き合いは三十年以上になる。兄妹のような彼らは、彼女が女王となった今も、気軽に夜中に二人でワインを酌み交わす。時には同じ部屋で夜を明かすことがあったが、男女関係を結ぶことはなかった……昨夜までは。
王女の立太子が行われた夜、マルセルは女王の私室を訪ねた。
カリマは、夜半に訪れた幼馴染みに肌着姿を晒して微笑む。
「あんた、ありがとう。コンスタンスはご機嫌だ。よく眠ってるよ」
笑顔の女王と対照的に、マルセルはしかめ面をして、ボサボサ頭をかきむしった。
「お前……本当に男を知らなかったのか」
マルセルは、昨晩契った女の身の上を知り、混乱していた。
「あたし、言ったよね? 一度も男と寝てないって。あんた、あたしを信じていなかったんだ」
「信じるもなにもお前、王女様を産んだんだろ! お前の腹は段々大きくなった。俺は小屋の外で、王女様の元気な産声を聞いている」
仮に女王が乙女のまま身ごもったとしても、ありえない。昨夜、マルセルが抱いた女は、子を産んだ体ではなかった。
「じゃあ、じゃあ、コンスタンス様は、誰が産んだんだよ!」
女は笑う。
「マルセル。何度も同じこと言わせるなよ。コンスタンスは、あたしが尊い方から授かった娘なんだって」
カリマは、何十回も民の前で繰り返した言葉を、幼馴染みに言い聞かせた。
が、マルセルは首を振るばかり。
子連れ女が実は乙女だった――女王の宰相マルセルは混乱の極みにあった。
(俺がここにいるのは、たまたま、シャルロットさんとカリマ姉妹の近所に住んでいたからなんだよな)
男は、幼馴染みと歩んだ時を振り返った。
ましてやその女が乙女だったと知れば、天にも昇る心地になろう。
しかし、その男マルセルは、ただただ混乱のなかにいた。
史師エリオンに率いられた七人の勇者が魔王ネクロザールを倒し、十二年が経った。
女勇者カリマが建てた国、ラテーヌの王城の広間に、群臣が勢揃いした。
玉座の右隣に、中年の痩せた男が立っていた。彼は肩まで伸ばしたボサボサの茶色い髪をかきあげている。
群臣たちが次々と、中年男に声をかけた。
「マルセル閣下、おめでとうございます。閣下にとってコンスタンス王女様は誰よりも大切なお方。今日の立太子をずっと待ち望んでいたことかと」
「俺、閣下って柄じゃねえよ。やめてくれ」
ラテーヌの宰相マルセルは頭をかいた。
「いやいや、閣下は女王カリマ様の半身でございます。王女様は閣下を父のごとく慕われていて」
「それ以上、よけーなこと、ゆーんじゃねーよ」
中年男は怒気をこめて、群臣を睨み付ける。
ざわめく広間に儀式の主役が現れた。一同は口をつぐむ。
女王カリマが十歳ほどの少女を連れて玉座に座る。少女はカリマに促され、玉座の左に立った。
カリマは燃えるような赤毛を揺らし、琥珀色の眼で群臣を見据えた。ラテーヌの女王は動きやすい男の服装を好む。この儀式の場ですら、裾の短いチュニックにズボンと、およそ女王らしくない身なりだ。
一方、王女コンスタンスは母親とは違い、床まで引きずるドレスをまとっている。金色が混じったブルネットの巻き毛を垂らしていた。
女王は切れ長の目で群臣を見やり、声を張り上げた。
「このコンスタンスは、あたしが尊い方から授かった。あたしはこの子を次のラテーヌの女王に決めた。心配しなくても、あたしがちゃんとこの子を育ててみせる。いいかい?」
宰相マルセルが、女王に続く。
「女王様、コンスタンス様は、絶対、立派な女王になります! 俺たちはこれからも、女王様とコンスタンス様を守るために、尽くします!」
群臣が次々と王女コンスタンスの立太子を祝う。
少女は緑色と青色の眼で人々を見つめていた。
女王には夫がいない。彼女は夫を持ったことがない。
カリマは、他の勇者たちと共に魔王ネクロザールを倒し、女王に即位する。即位の翌年、未婚のまま子供を産んだ。
彼女は「あたしは男を知らない。この子は天から授かった」と断言した。
しかしマルセルも含めて多くの者は、文字通り女王が処女のまま子を産んだとは信じていない。
コンスタンスの父親が誰か? 多くの者が同じ人物を想像していた。
その男とはエリオン。七人の勇者を導いた者。
エリオンがことさらカリマと親しげに振る舞っていた姿は、マルセルら多くが目撃している。カリマは日頃から「あたし、女でよかった。エリオン様の傍にいられるもん」と、史師との特別な関係を匂わせていた。
王女が産まれた日から数えると、カリマが子を授かったのは、魔王討伐前後とみられる。
コンスタンスが大きくなるにつれ、その想像は確信に近づいていく。
ブルネットの巻き毛に緑色の眼。成長するにつれ、かのエリオンの面差しに近づいていく。
……偉大な史師の血を引くかもしれない少女。
ラテーヌの誰もが、コンスタンスの立太子を歓迎した。
宰相マルセルは、産まれたときから王女を可愛がってきた。コンスタンスの立太子は、彼にとって、なによりも喜ばしい出来事のはずだった。
しかし彼は混乱の極みにあった。
マルセルとカリマは幼馴染みで、付き合いは三十年以上になる。兄妹のような彼らは、彼女が女王となった今も、気軽に夜中に二人でワインを酌み交わす。時には同じ部屋で夜を明かすことがあったが、男女関係を結ぶことはなかった……昨夜までは。
王女の立太子が行われた夜、マルセルは女王の私室を訪ねた。
カリマは、夜半に訪れた幼馴染みに肌着姿を晒して微笑む。
「あんた、ありがとう。コンスタンスはご機嫌だ。よく眠ってるよ」
笑顔の女王と対照的に、マルセルはしかめ面をして、ボサボサ頭をかきむしった。
「お前……本当に男を知らなかったのか」
マルセルは、昨晩契った女の身の上を知り、混乱していた。
「あたし、言ったよね? 一度も男と寝てないって。あんた、あたしを信じていなかったんだ」
「信じるもなにもお前、王女様を産んだんだろ! お前の腹は段々大きくなった。俺は小屋の外で、王女様の元気な産声を聞いている」
仮に女王が乙女のまま身ごもったとしても、ありえない。昨夜、マルセルが抱いた女は、子を産んだ体ではなかった。
「じゃあ、じゃあ、コンスタンス様は、誰が産んだんだよ!」
女は笑う。
「マルセル。何度も同じこと言わせるなよ。コンスタンスは、あたしが尊い方から授かった娘なんだって」
カリマは、何十回も民の前で繰り返した言葉を、幼馴染みに言い聞かせた。
が、マルセルは首を振るばかり。
子連れ女が実は乙女だった――女王の宰相マルセルは混乱の極みにあった。
(俺がここにいるのは、たまたま、シャルロットさんとカリマ姉妹の近所に住んでいたからなんだよな)
男は、幼馴染みと歩んだ時を振り返った。
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