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三章 僕は彼女に伝えたい
69 小説の感想は難しい
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篠崎あいらは、ネットに自作の小説をアップしている。そもそも彼女とするようになったのは、彼女のエロ小説の創作を手伝うという、身も蓋もない理由からだった。
彼女の小説は問題だらけだった。
エロ小説のはずなのに、全然エロくない。エロどころか、謎の用語のオンパレードで、何が起きているのか何を書きたいのか、理解できない。
僕は小説の問題点を軽く指摘したが、そのたびに「私は流行りの小説は書けない!」「心の底から湧き上がるものを書きたい!」「そんなエッチな言葉は使いたくない!」と、ギャアギャア騒がれた。
しかし最近、彼女の作風が変わった。
三日前の夜、僕は部屋で、バイト先のプログラム塾の教材を組んでいた。あいらが入ってきて、コーヒーを机に置いてくれた。
彼女は夜、時々「少し休みなよ」とブラックコーヒーを淹れてくれる。
いつものことなのに、デジャヴを感じた。奇妙な感覚に包まれる。
「思い出した! あいらのエロ小説!」
夜、コーヒーを届けたかわいいメイドが、変態教授にヤられる話だ。
「な、なに? 私の話、読んだ?」
「あいらはMっぽく後ろからヤられるのが好きなんだ」
「やだ! あれは小説! 私とは関係ないの!」
「でもメイドの子、気持ち良さそうだった。あいらも後ろの方が反応いいし」
「バカバカバカ!」
あいらがクッションをぶつけてきた。思ったより痛いが、なかなか楽しい。
「ハル君に読んでもらえるよう、がんばって書いたのに!」
「うん。面白かったし、エロくてよかったよ」
僕の好みの小説ではないが、話は普通に理解できた。今までのあいらの小説とは違う。
「へへ、エッチシーン、恥ずかしかったけど、ちゃんと書いたよ」
彼女はクッションを下ろし、大きな目をクリクリと輝かせた。
僕としてはエロシーンをもっと具体的に描写してほしいが、彼女としては精一杯なんだろう。それに、彼女が僕としたことを思い出しながら書いているのかと想像すると、それなりに興奮する。
健闘をたたえ、頭を撫でてあげた。
「あ、あのさあ、エッチシーンのほかは、どうだった?」
期待に満ちた目で見つめられた。やばい。さっき『面白い』とコメントしたから、他の言葉を返さなければならない。
読書感想文はそつなくこなしてきた。大人が感想文に求めるものは見えるから、「主人公の友情に感動しました。僕も友達を大切にしたいです」ぐらいは書ける。
でもこの小説は、感動の友情物語ではない。メイドがセクハラ教授にヤられる話に、何をコメントしたらいいんだ?
「メイドの女の子が健気だった」
「ハル君はああいう女の子、好き?」
あいらは少し俯き目を反らした。口元が僅かに笑っている。
「うん、一生懸命でかわいくて、エロいのもいいなあ」
「もう、すぐエッチな話にするんだから。で、あの教授はどうかなあ?」
やはりそうきたか。この質問には、なんと答えるのが正解なんだ?
女子が書く小説のヒーローは、作者の理想像なのだろう。
問題のヒーローは、万有引力らしき法則を語る二十代の教授だ。ニュートンがモデルのようだが、彼は生涯独身だった。女嫌いで生涯童貞という説もある。メイドにセクハラはしなかっただろう。
「あいらは、ああいう男が好きなんだ?」
「嫌いだったらヒーローにはしないよ」
こういう場合、本音を言っていいのか?
「気を悪くしないで欲しいんだけど、あの教授、イケメン天才だけど、僕は好きになれない」
あいらの大きな目がますます丸くなった。真剣な表情で見つめている。アドバイスに耳を傾けようとしているのか。
「男として、もっと彼女に優しくしてあげないとダメだろ。あれじゃただのセクハラ親父だよ」
あいらは黙ったまま硬直している。やばい。本音を出し過ぎた。
「ごめんごめん。話は面白かったよ。昔のヨーロッパの雰囲気があって、いっぱい調べたんだね。これからもがんばって小説書きな。また読ませてよ」
彼女の機嫌を直すため抱き寄せようと腕を伸ばしたが、するっと逃げられた。
「ハル君、邪魔してごめんね。私、先に寝るから」
ドアがパタンと閉ざされた。
やはり、本音の感想を言ってはいけない。
でも。たとえ小説でも。
かわいい女の子が変態にヤられるのは、腹が立つ。いくらイケメンでも。
いや、相手がイケメンの天才教授だからこそ、ムカつく。
あいらは、イケメン天才教授にヤられて喜ぶ変態女じゃないよな?
いや、うちの大学には、ドラマみたいなイケメン教授はいない、多分。だから大丈夫。
あいらが僕を捨ててどこかの天才教授に乗り換えるなど、あるわけがない。ありえない。あってはならない。
捨てられるぐらいなら、こっちが捨ててやる!
日は傾き、BMIフェアが終わった。片付けは残っているが、葛城奈保子先生から「お疲れ様。三好君はもういいよ」と許しが出て解放された。
本館前の広場から芝生のスロープに向かう。桜の木の陰から、オレンジ色がヒラリと顔をのぞかせた。
「ハル君、がんばってたね」
明るい太陽のようなワンピースを着た篠崎あいらが、笑顔を向けている。
今朝、あいらは朝食を用意し、イベントのため大学へ行く僕を見送ってくれた。
「桜、きれいだなあ」
薄い花びらが、あいらの額にふわりと乗った。
篠崎あいらはいつも通りだ。
三日前の夜、彼女の小説にケチをつけたため気まずくなったが、そんなことなかったように、あいらは振る舞っている。
彼女と出会ってもうすぐ一年だ。
実験室の彼女は俯いていた。スッピンで、ボロボロのスニーカーを履いていた。
「ハル君、あっち行こうよ」
僕を『ハル君』と呼び、笑顔を向けるようになった。
今着ているオレンジ色のワンピースは、先週、母が買ったもの。
最初、なかなか小説を見せてくれなかった。
ようやく見せてくれても、目の前では読むな、と釘を刺された。
感想を言おうものなら、ギャアギャアやめろ、と騒いだ。
彼女が僕に、小説の感想を求めたことなんて、これまであったか? そうだ。彼女は『ハル君に読んで』もらうために書いたと言った。
篠崎あいらは変わった。
彼女の小説は問題だらけだった。
エロ小説のはずなのに、全然エロくない。エロどころか、謎の用語のオンパレードで、何が起きているのか何を書きたいのか、理解できない。
僕は小説の問題点を軽く指摘したが、そのたびに「私は流行りの小説は書けない!」「心の底から湧き上がるものを書きたい!」「そんなエッチな言葉は使いたくない!」と、ギャアギャア騒がれた。
しかし最近、彼女の作風が変わった。
三日前の夜、僕は部屋で、バイト先のプログラム塾の教材を組んでいた。あいらが入ってきて、コーヒーを机に置いてくれた。
彼女は夜、時々「少し休みなよ」とブラックコーヒーを淹れてくれる。
いつものことなのに、デジャヴを感じた。奇妙な感覚に包まれる。
「思い出した! あいらのエロ小説!」
夜、コーヒーを届けたかわいいメイドが、変態教授にヤられる話だ。
「な、なに? 私の話、読んだ?」
「あいらはMっぽく後ろからヤられるのが好きなんだ」
「やだ! あれは小説! 私とは関係ないの!」
「でもメイドの子、気持ち良さそうだった。あいらも後ろの方が反応いいし」
「バカバカバカ!」
あいらがクッションをぶつけてきた。思ったより痛いが、なかなか楽しい。
「ハル君に読んでもらえるよう、がんばって書いたのに!」
「うん。面白かったし、エロくてよかったよ」
僕の好みの小説ではないが、話は普通に理解できた。今までのあいらの小説とは違う。
「へへ、エッチシーン、恥ずかしかったけど、ちゃんと書いたよ」
彼女はクッションを下ろし、大きな目をクリクリと輝かせた。
僕としてはエロシーンをもっと具体的に描写してほしいが、彼女としては精一杯なんだろう。それに、彼女が僕としたことを思い出しながら書いているのかと想像すると、それなりに興奮する。
健闘をたたえ、頭を撫でてあげた。
「あ、あのさあ、エッチシーンのほかは、どうだった?」
期待に満ちた目で見つめられた。やばい。さっき『面白い』とコメントしたから、他の言葉を返さなければならない。
読書感想文はそつなくこなしてきた。大人が感想文に求めるものは見えるから、「主人公の友情に感動しました。僕も友達を大切にしたいです」ぐらいは書ける。
でもこの小説は、感動の友情物語ではない。メイドがセクハラ教授にヤられる話に、何をコメントしたらいいんだ?
「メイドの女の子が健気だった」
「ハル君はああいう女の子、好き?」
あいらは少し俯き目を反らした。口元が僅かに笑っている。
「うん、一生懸命でかわいくて、エロいのもいいなあ」
「もう、すぐエッチな話にするんだから。で、あの教授はどうかなあ?」
やはりそうきたか。この質問には、なんと答えるのが正解なんだ?
女子が書く小説のヒーローは、作者の理想像なのだろう。
問題のヒーローは、万有引力らしき法則を語る二十代の教授だ。ニュートンがモデルのようだが、彼は生涯独身だった。女嫌いで生涯童貞という説もある。メイドにセクハラはしなかっただろう。
「あいらは、ああいう男が好きなんだ?」
「嫌いだったらヒーローにはしないよ」
こういう場合、本音を言っていいのか?
「気を悪くしないで欲しいんだけど、あの教授、イケメン天才だけど、僕は好きになれない」
あいらの大きな目がますます丸くなった。真剣な表情で見つめている。アドバイスに耳を傾けようとしているのか。
「男として、もっと彼女に優しくしてあげないとダメだろ。あれじゃただのセクハラ親父だよ」
あいらは黙ったまま硬直している。やばい。本音を出し過ぎた。
「ごめんごめん。話は面白かったよ。昔のヨーロッパの雰囲気があって、いっぱい調べたんだね。これからもがんばって小説書きな。また読ませてよ」
彼女の機嫌を直すため抱き寄せようと腕を伸ばしたが、するっと逃げられた。
「ハル君、邪魔してごめんね。私、先に寝るから」
ドアがパタンと閉ざされた。
やはり、本音の感想を言ってはいけない。
でも。たとえ小説でも。
かわいい女の子が変態にヤられるのは、腹が立つ。いくらイケメンでも。
いや、相手がイケメンの天才教授だからこそ、ムカつく。
あいらは、イケメン天才教授にヤられて喜ぶ変態女じゃないよな?
いや、うちの大学には、ドラマみたいなイケメン教授はいない、多分。だから大丈夫。
あいらが僕を捨ててどこかの天才教授に乗り換えるなど、あるわけがない。ありえない。あってはならない。
捨てられるぐらいなら、こっちが捨ててやる!
日は傾き、BMIフェアが終わった。片付けは残っているが、葛城奈保子先生から「お疲れ様。三好君はもういいよ」と許しが出て解放された。
本館前の広場から芝生のスロープに向かう。桜の木の陰から、オレンジ色がヒラリと顔をのぞかせた。
「ハル君、がんばってたね」
明るい太陽のようなワンピースを着た篠崎あいらが、笑顔を向けている。
今朝、あいらは朝食を用意し、イベントのため大学へ行く僕を見送ってくれた。
「桜、きれいだなあ」
薄い花びらが、あいらの額にふわりと乗った。
篠崎あいらはいつも通りだ。
三日前の夜、彼女の小説にケチをつけたため気まずくなったが、そんなことなかったように、あいらは振る舞っている。
彼女と出会ってもうすぐ一年だ。
実験室の彼女は俯いていた。スッピンで、ボロボロのスニーカーを履いていた。
「ハル君、あっち行こうよ」
僕を『ハル君』と呼び、笑顔を向けるようになった。
今着ているオレンジ色のワンピースは、先週、母が買ったもの。
最初、なかなか小説を見せてくれなかった。
ようやく見せてくれても、目の前では読むな、と釘を刺された。
感想を言おうものなら、ギャアギャアやめろ、と騒いだ。
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