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二章 僕は彼女を離さない

43 有名人のトークショー

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 四条リューのトークは、テレビによく出る文化人だけあって、手慣れている。話題はテレビよりも毒が入り、今の政治や社会をグサグサと突き刺す。
 壇上から降りて観客席を回って質問し、会場を盛り上げる。
 会場を一通り盛り上げて壇上に戻った四条リューは、唐突に「日本の若者の死因は自殺がトップなんです」と述べ、スクリーンにグラフを表示した。

「私がこの大学にいたときも、知り合いの学生や助手……今は助教って言いますが、自ら命を断ちました」

 どういうわけか四条リューは、若者の自殺について語り始めた。

「私が起業する若い人を応援するのは、いろんな生き方を知ってほしいからなんですよね」

 怪しい雰囲気の文化人は「苦しかったら抱え込まないで、家族や友達に話してください」「友達や家族が何を欲しているのか、聞いてあげてください」など、スタートアップとあまり関係ないことを語る。
 散々面白くない話をした後「大学のスタートアップサイトの拡張を引き受けることになったので、よろしく」と、ようやくそれらしいことを説明して、トークショーは終了した。


 舞台の四条リューの周りに、サインや握手を求める人が集まった。前坂さんは目を潤ませて、サインをもらおうと彼の著作を差し出す。僕は前坂さんと四条リューのツーショットを、彼女のスマホで撮影した。彼が、写真をSNSにアップしていいというもんだから、前坂さんは「きゃああ、もう拡散しまくります!」と飛び跳ねる。
「ねえ、三好君も一緒に写真撮ろうよお!」と巻き込まれ、三人で写真を撮るはめになった。

 前坂さんは、推しとナマで話せてご機嫌だ。しかし僕は、物足りない。スタートアップの始め方、向いている業種、気をつけるポイントといった具体的な話がでなかった。
 廊下でそんな話をしたら「リューちゃんはあれでいいの!」と先輩に叱られる。途中で、前坂さんはアンサンブルサークルの発表会場へ、僕は葛城研究室へと別れた。


 大学南の情報工学科の建物へ向かうと、さきほど講演していた四条リューが同じ方向に進んでいる。
 あっという間に追いついてしまった。写真を撮らせてもらった一観客として、無視するのも気が引けるので「トークショー聞きました」と声をかける。
 四条リューは「ああ、さっきの君だね」と覚えていた。さすがテレビに出る有名人、人だかりのひとつに過ぎない自分の顔を、覚えていた。

「この辺歩いているということは、君は私と同じ情工?」

「一年なんでこれからです。情報工学行きたいですね。今は、葛城先生の研究室にお邪魔しています」

 葛城先生の名前を出してから気がついた。この有名人が工業大学情報工学科を卒業したのは三十年ぐらい前だろう。まだ葛城先生は学生だった。研究室などあるわけない。

「ええ! 奈保子さんの学生! じゃあ、彼女んとこ連れてってくれるかな?」

 四条リューは、学生時代、葛城先生と同学年で研究室が同じだったと告げた。


 僕は、葛城先生の経歴を気にしたことがなかったが、この大学の情報工学科を卒業していた。四条リューによると、先生は修士になり銀行のSEとして働いていたらしい。

「ずっと大学に残って准教授になったと思ってました」

「そうだねえ。奈保子さんは四十歳まで銀行で働いてた。その後、どういうルートで大学に入ったかは知らないが、彼女、湯島さんに気に入られてたからなあ」

 湯島教授の研究室は、葛城先生と同じフロアにある。湯島先生は、四条リューと葛城先生と同じ研究室で、助教――ではなく当時は助手と言った――だったらしい。
 葛城先生の情報を得たところで、研究室にたどり着いた。准教授室の扉をノックしようと拳を握ると、四条リューに制された。

「私はここで待っているから、奈保子さんに聞いてくれるかな」

 この有名人は、思った以上に礼儀正しい。同じ研究室の同期生なら友達みたいなものだろう。気楽に訪ねればいいのに、と思いつつ、僕は准教授室に入った。

「三好君、来たねえ。実験室の公開、手伝ってよ。これ着てね」

 先生は満面の笑みで、例の魔法使いのコスプレ一式を渡した。これを着て実験するのは慣れたが、この姿を人前にさらすのは恥ずかしい。

「その前にお客さん来てますよ。大学でトークショーした四条リューです。同期生なんですよね?」

 途端、先生の顔から満面の笑みが消滅した。

「……信じられない……あ、あの三好君、あたしさあ、研究室公開で忙しいんだ。本当に悪いけど、帰ってもらうよう頼んでくれないかな? あいつがゴネたらあたし、対応するから」

 これまで見たことのない冷たい顔の先生だ。僕は先生に「実家に帰れ。親孝行しろ」と叱られるが、温もりのある厳しさだった。
 言われるがまま、僕は廊下で待機する四条リューに「研究室公開で葛城先生は忙しいので」と、伝える。

「やっぱりか。それはそうだよね。じゃ、私は湯島さんに挨拶して帰るよ。場所は、昔の倉敷研と一緒かな? あ、倉敷先生なんて知るわけないか。じゃあね」

 四条リューはあっさり引き上げ、廊下の奥に消えていった。

 彼の「奈保子さん」という呼び方には、親しみと懐かしさを感じる。
 一方、葛城先生は四条リューを完全にシャットアウトしている。顔も見たくないようだ。
 同じ研究室で同期だった二人の間に何があったか……そんなことはどうでもいいか。僕は研究室の一般公開を手伝うため、実験室に向かった。
 僕はまだ先輩方のように研究内容を説明することはできないので、見学者の誘導や整理を手伝う。

 実験室で、見学者にヘッドギアをかぶせ、簡単なBMIのゲームをやってもらった。画面に上下左右の矢印が表示されている。プレイヤーが念じるとそれぞれの方向の矢印が点滅した。
「すげー!」「超能力じゃん」と参加者の誰もが目を丸くした。


「先生、僕はそろそろサークルの準備があるんで」

 魔法使いのコスプレを脱いで、准教授室の先生に渡す。

「三好君、実家にちゃんと帰ってる?」

「あ、そ、それが……」

「男の子ってそうだよねえ。なーんにも話してくれないんだ。三好君のお母さん、心配だろうなあ」

「すみません。まだ母が何か言ってるんですね」

「でもね、あたし、君のお母さんが羨ましいんだ」

 葛城先生はため息を着いた。

「母が? 葛城先生みたいに、研究の道を進む女性ってすごいと思いますけど」

 お世辞ではなく本当にそう思っている。

「そんなの人それぞれさ。あたしにはこの道しかなかっただけ……いいな~、息子の彼女や嫁が気に入らないって悩み。あたし、嫁姑バトルとかすごい憧れるもん」

 葛城先生は結婚や家庭に興味がなく、研究一筋の人だと思っていた。意外な告白だった。

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