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二章 僕は彼女を離さない

29 ずっと友達 ※R

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 篠崎あいらに、工業大学が再来年度から取り入れる新しい受験制度、女子枠について聞いてみた。
 意外だが、女子が増える試みに、彼女は賛成していないようだ。

「あいら、女の子が増えるんだよ。嬉しくない?」

「そうね、女の子が増えれば、前の彼女さんより可愛い子が、入ってくるよね」

 彼女は怒っている。何度か僕とした後、頬を膨らませて(三好君、エッチすぎるよ)と呟くあの『怒り』とは違う。

「そういうの止めてくれないか! 僕は、女子が少なくてあいらが大変だと思ったんだよ!」

「ご、ごめんなさい」

 実験パートナーが俯いた。初めて会ったときと同じように、殻に閉じこもってしまった。

「僕が悪かったよ。せっかくあいらが美味しい餃子焼いてくれたのに、変な話をしてごめん」

 宗太ともなぜかケンカになった。女子枠の話題は、出さない方がいいようだ。
 僕は、俯いたままのあいらの傍に座り、小さな背中をさすった。
 彼女が、ポツポツと語り始める。

「女子枠ができたら、私たち工業大の女子は、男子より低く見られるんだよ」

 あいらの声が、いつもよりずっと低い。

「そんなわけないだろ。僕だって推薦で入ったけど、自分が低いとは思わない」

 僕は、同じことを宗太にも言った。

「三好君は全然レベル違うもん! 実験レポート、いつも9点とか10点じゃない」

 物理実験だけは、あいらにカッコつけたくて頑張った。

「私は落ちこぼれだけど、男子と同じ試験を受けたんだよ。だから堂々と工業大の学生だって名乗れる。女子枠なんかできたら、ずるして入った女と馬鹿にされる。私たちの勉強、無駄になるじゃない!」

「入学した方法なんか関係ないよ。入ってから頑張ればいいんだ」

「三好君なら、どの大学でも、ううん、大学行かなくてもやっていけるよ。でも私みたいな人間は、大学の名前にしがみ付くしかないんだよ」

 彼女にデバイスを着けたら、泣きか怒りの顔文字を表示するだろう。

「それに、イッサとユイが私なんかと友達になってくれるの、女子が少ないからなの」

 イッサとユイ。あいらの口からよく出る名前だ。たまに、あいらが二人の女子と歩く姿を見かける。未だに僕は、どちらが「イッサ」でどちらが「ユイ」か、わからないが。

「女子が増えたら、誰も私と友達になってくれない。また、独りになっちゃうよ」

「また? 高校に友達いなかったの?」

 あいらはコクンと頷いた。少し長く伸びた髪が揺れる。

「私、クラスで浮いてて、ずっと友達いなかった。大学で初めて友達できたんだ」

 友に恵まれず独りぼっちだった篠崎あいら。小さな背中が震えている。この震えをどうにかしたくて、僕は彼女を抱き寄せた。

「あいら! 僕はずっとずっと友達だよ」

「三好君、私……」

 僕の背中にしがみ付く小さな両手。
 大学の受験制度が変わるぐらいで、宗太もあいらもなぜ動揺する?

「じゃ、行こうか」

 流れるように僕らは寝室に移り、いつものように抱き合った。



「ふふ、今日はピンポンの人、来なかったね」

 終わったばかりで、まだ息を弾ませている僕の胸を、あいらが突っついてくる。

「そう、毎回来られたら、たまらないよ」

 諦めてくれたのだろうか。それなら構わないのだが。

「エロすると、あいらはご機嫌になるんだ」

「だ、だって!」

 彼女は僕の上にのしかかって、胸をポカポカ叩き出した。

「待ってくれよ。二回目するなら、もう少し休ませて」

「違うって! 私より三好君の方がずっとエッチじゃない!」

「だって、あいらのエロ小説、何とかしないと」

「やだやだ! 目の前で感想は言わないでって約束だよ!」

 いつもの彼女が戻ってきた。始まっていない試験制度や友が消えることに怯える姿は、見たくない。

「ストーリーはどうでもいいからさ、エロは頑張って書きなよ。あれじゃ勃たない」

「あれで精一杯頑張ってるの!」

「仕方ないなあ。君の小説のために、もう一度するか」

 小さな体を捉まえ、くるっとひっくり返す。彼女の上に重なった。
 柔らかな肌のあちこちにキスを繰り返す。両脚を押し広げ中心に顔をうずめ、襞をなめ尽くす。

「やめて! 恥ずかしぃ……ああ……くっ、うう」

 彼女の声を、ずっと聞いていたい。柔らかな肌を、そばに置いておきたい。この腕の中の生き物を、繋ぎ止めておきたい。
 僕らは友達だ。これから女子が沢山入学しようが、あいらが女友達に見捨てられようが、僕らはずっと友達なんだ。

「お、お願い……」

 あいらが両腕を伸ばし、僕の髪をクシャクシャにかき乱す。わかってるよ。君は僕を欲しくて仕方ないんだ。
 迷うことなくサイドテーブルから避妊具を取り出し、封を破った。
 大きな目を潤ませる彼女。痺れを切らしているに違いない。
 その時だった。

 ――ピンポーン。ピンポーン。

「三好君、出なくていいの?」

 やはり、敵は諦めていなかった。
 この状態で会うわけにはいかない。

「ねえ、本当にセールス? このマンション、オートロックなのに?」

 もう、あいらに言い訳は通用しない。デバイスを通したら「不信」の顔文字が表示されるだろう。

「出られないよ。僕の母だ」

 あいらの大きな目が、真の円を形作った。


 住民やマンション管理者以外でオートロックを解除できる人物。訪ねる動機がある者。僕の母にほかならない。

「お母さん!? じゃあ出なきゃ駄目だよ! 私、隠れるね」

 あいらは脱ぎ散らかしたワンピースを手早くパッと被る。
 と、何か思い出したのか、手を叩いた。

「あっ! 玄関に私の靴、靴! まずいまずい! 持ってくね」

 彼女はパタパタと寝室から飛び出した。僕はハーフパンツを履いて追いかける。と、もっと危ないシチュエーションが閃いた。

「あいら! 行くな! やめろ!」

 遅かった。閃いた危ないシチュエーションが、玄関でそのまま実現されていた。

「いやあああ」
「な、なんなの!」

 二人の女の叫びが、玄関に響き渡る。
 篠崎あいらは顔を覆い、しゃがみ込んだ。
 マンションのドアは開け放たれている。

 母がポーチに立っていた。四か月ぶりの対面だ。
 彼女がここの鍵を持っていることを、僕は迂闊にも忘れていた。
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