上 下
4 / 77
一章 僕は彼女を忘れない

4 女子と部屋で二人きり

しおりを挟む
 この部屋に母以外の女性を入れるのは、初めてだ。もちろん、卒業式で別れた星佳を入れたことはない。
 ざっと片付けた。いや、床に散らばっている物体をクローゼットに押し込んだというのが正解だ。
 問題のアダルトコンテンツだが、女子向けAVがあることを知った。男優は爽やかなイケメン。あと、するまでの話が無駄に長い。
 アダルト動画サイトには危ないものがあるが、安全そうなサイトを選んだ。


 ということで、僕は昼休み、学食で宗太に質問する。

「宗太は、女子を部屋に入れる時どうしてる? あ、一般論としてね」

 星佳と自宅で会う時は母に任せていたので、覚えてない。

「まさか、いや、本当にあいらちゃんと?」

 宗太は細い目をいっぱいにして、口をあんぐり開けた。
 Body Mass Indexの標準オーバー体形なのに、鋭い。いや、鋭さと体形は関係ないか。
 こいつから見れば、僕が関わっている女子は彼女しかいない。だから、そう考えるのも無理はない。
 しかし、ここでイエスと言うわけにはいかない。

「一般論だって。篠崎さんは関係ないよ。彼女はただの実験パートナー。僕は、この大学で彼女を作る気はないから」

 彼女にするなら、僕を振った青山星佳よりも上の女だ。残念ながらこの大学にはいない。

「ふーん。まあ誰でもいいが、これで、雅春も俺の仲間だな。童貞卒業だ」

 こいつはアウトドアサークルに入ってる。インカレサークルで可愛い子がいっぱいだって、喜んでたな。宗太の最初の相手は、インカレの誰かだろうか?
 僕は、アンサンブルサークルでピアノを弾いている。グランドピアノは実家に置いたままだ。
 残念だが、アンサンブルサークルにも星佳よりいい女子に会えなかった。
 ・・・・・・ちょっと待て?

「宗太。僕は童貞とは言ってないが」

「童貞だから俺に、女子はエロに興味あるか? とか、部屋に入れる時は、なんて聞くんだろ?」

 金髪を揺らしながら、宗太がケラケラ笑い、僕に二つアドバイスをした。
 アドバイスの一つ。フルーツてんこ盛りのケーキが女子受けするらしい。
 だから近所のちゃんとしたケーキ屋でケーキを買った。


 土曜日、梅雨空のした、僕は傘を差して、最寄り駅に篠崎あいらを迎えにいった。
 改札から出てきた彼女は、オレンジ色の半袖のワンピースを着ていた。ネイビーの傘を広げると同時に、ワンピースの裾がふわっと広がる。学内では地味シャツとジーパンだったが、全然違う。

「三好君、こんなオシャレな街で一人暮らしなんだ」

 この街は、東京ローカルTVのグルメ番組や、芸能人が不動産を訪ねる番組で、よく取り上げられる。

 駅前広場のロータリー中央で、人の背ほどの女神像が翼を広げている。街のシンボルで、母親が子どもの時からあったそうだ。
 オーガニックフードのカフェなど、ロータリー周辺には、ヘルシー志向の店が並ぶ。一方、線路沿いの商店街には、今どき洋品店といった看板を掲げた昭和な店が連なる。

 ――こういう街は地権者がうるさくて、再開発が面倒なんだ
 父のボヤキを唐突に思い出した。

「この辺のアパート、どんなに小さい部屋でも家賃、十万はするでしょ?」

「どうかな?」

 おそらくそうだろう。が、僕は家賃を払ってないから、よくわからない。
 駅から歩いて五分、大通りから外れた住宅地にある三階建ての集合住宅が僕の住処だ。

「うわあ、こんなカッコいいマンションに住んでるんだ」

 僕は、目を丸くしたあいらを横目に、オートロックのドアにカードキーをかざした。
 なんか、いい気分だ。

「セキュリティもバッチリなんだね」

 エレベーターに乗り、二階で下りる。西の角部屋が僕に与えられた居住空間だ。
 ドアを開けた途端、また、あいらが目を見開いた。

「これで一人暮らし? うちの実家より広いよ。三好君って、本当にお坊ちゃまなのね」

 よく言われる。確かに貧乏とは縁がない。
 実家は大学から一時間かかる。入学時、ダメもとで一人暮らしを希望したら、親があっさり賛成してくれた。
 大学最寄り駅の二つ隣りなので、終電を逃しても歩いて帰れる。
 ここは父の持つ賃貸マンションだ。西日の強い部屋は人気がないため、僕のねぐらとなった。

 玄関で、あいらからポリエチレンの袋を渡された。

「そうだ。よかったら、これ」

 中には、つやつやした包装箱が入っている。ケーキだ。

「へえ、ありがとう」

 フルーツタルトのケーキを買ったのに、被ってしまった。宗太のアドバイスに従ったのに、外れじゃないか。

「だって、お世話になるし」

 あいらが顔を背けて俯いている。一応、恥ずかしい、とは思ってるんだな。

「すごいなあ、こんな大きなテレビ、家で見ると迫力全然違うね」

 リビングで、彼女は顔をほころばせている。

「8Kだと、これぐらいないと意味ないしね」

 そんな風に言ってみるが、実は、このテレビはそれほど使わない。普段はパソコンかタブレットを使っている。アダルトコンテンツも試してみた。なかなか楽しかったが、落ち着かなかった。

「その辺座って。テレビ見ててよ」

 あいらは俯いたままクッションに腰を落とし、テレビのリモコンを手に取った。

 キッチンで、彼女が持ってきたケーキの箱を開ける。げっ、僕の買ったケーキと同じやつ。フルーツタルトだ。ブルーベリーにリンゴ、キーウィといったカラフルなフルーツが、タルト生地にたっぷりと詰め込まれている。

 女子はフルーツケーキが好きなのか。宗太の言うとおりだ。あいつ、体形はぽっちゃりだが、あれだけ派手な髪をしているだけあって、女子には強いのか。この一例でそれが実証された、とは断定できないが。

 カップボードから、ティーセットを取り出した。引っ越してから初めて使う。母に無理やり持たされた。
 宗太はたまに泊まりに来るが、あいつにはこんなティーセットを出したことはない。
 普通の紅茶を入れた。
 テレビを見ていたあいらが僕に気がつくと、立ち上がった。

「三好君って、マメなんだね」

 あいらは、トレイから二客のカップを取って、ローテーブルに並べた。
 僕らはテーブルの角を挟むように床に座り、フルーツタルトを口に入れる。そういえば、女の子と二人でケーキを食べるのは大学入学以来だ。

「私は、ここのフルーツタルトが一番好きなんだけど、三好君、甘いのはダメかな?」

「僕もケーキ好きだよ。学食のケーキはよく食べるんだ」

 ほとんど宗太の奢りだが。

「よかった。男子ってケーキ好きだよね。学食のケーキなら、ブルーベリーチーズがおいしいよ」

 あいらは一口ずつ、自分で買ったケーキを噛み締めている。

「あ、それで、あの」

 フォークが皿をカツンと鳴らす。ためらいがちな視線が僕に注がれる。
 彼女はケーキを食べに来たわけではない。
 自作小説を補強する材料を、僕に求めてきたのだ。

「篠崎さんが知りたいのはこれでしょ?」

 僕はローテーブルの下に置いたタブレットを、彼女に見せた。そこから、彼女の知りたい情報にアクセスできるはずだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誤算だらけのケイカク結婚 非情な上司はスパダリ!?

奏井れゆな
恋愛
夜ごと熱く誠実に愛されて…… 出産も昇進も諦めたくない営業課の期待の新人、碓井深津紀は、非情と噂されている上司、城藤隆州が「結婚は面倒だが子供は欲しい」と同僚と話している場面に偶然出くわし、契約結婚を持ちかける。 すると、夫となった隆州は、辛辣な口調こそ変わらないものの、深津紀が何気なく口にした願いを叶えてくれたり、無意識の悩みに 誰より先に気づいて相談の時間を作ってくれたり、まるで恋愛結婚かのように誠実に愛してくれる。その上、「深津紀は抱き甲斐がある」とほぼ毎晩熱烈に求めてきて、隆州の豹変に戸惑うばかり。 そんな予想外の愛され生活の中で子作りに不安のある深津紀だったけど…

結婚なんてお断りです! ─強引御曹司のとろあま溺愛包囲網─

立花 吉野
恋愛
25歳の瀬村花純(せむら かすみ)は、ある日、母に強引にお見合いに連れて行かれてしまう。数時間後に大切な約束のある花純は「行かない!」と断るが、母に頼まれてしぶしぶ顔だけ出すことに。  お見合い相手は、有名企業の次男坊、舘入利一。イケメンだけど彼の性格は最悪! 遅刻したうえに人の話を聞かない利一に、花純はきつく言い返してお見合いを切り上げ、大切な『彼』との待ち合わせに向かった。 『彼』は、SNSで知り合った『reach731』。映画鑑賞が趣味の花純は、『jimiko』というハンドルネームでSNSに映画の感想をアップしていて、共通の趣味を持つ『reach731』と親しくなった。大人な印象のreach731と会えるのを楽しみにしていた花純だったが、約束の時間、なぜかやって来たのはさっきの御曹司、舘入利一で──? 出逢った翌日には同棲開始! 強引で人の話を聞かない御曹司から、甘く愛される毎日がはじまって──……

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【完結】【R-18】婚約破棄されたワケアリ物件だと思っていた会社の先輩が、実は超優良物件でどろどろに溺愛されてしまう社畜の話

さぼ
恋愛
平凡な社畜OLの藤井由奈(ふじいゆな)が残業に勤しんでいると、5年付き合った婚約者と破談になったとの噂があるハイスペ先輩柚木紘人(ゆのきひろと)に声をかけられた。 サシ飲みを経て「会社の先輩後輩」から「飲み仲間」へと昇格し、飲み会中に甘い空気が漂い始める。 恋愛がご無沙汰だった由奈は次第に紘人に心惹かれていき、紘人もまた由奈を可愛がっているようで…… 元カノとはどうして別れたの?社内恋愛は面倒?紘人は私のことどう思ってる? 社会人ならではのじれったい片思いの果てに晴れて恋人同士になった2人。 「俺、めちゃくちゃ独占欲強いし、ずっと由奈のこと抱き尽くしたいって思ってた」 ハイスペなのは仕事だけではなく、彼のお家で、オフィスで、旅行先で、どろどろに愛されてしまう。 仕事中はあんなに冷静なのに、由奈のことになると少し甘えん坊になってしまう、紘人とらぶらぶ、元カノの登場でハラハラ。 R-18シーンは※付きです。 ざまぁシーンは☆付きです。ざまぁ相手は紘人の元カノです。 表紙画像はひが様(https://www.pixiv.net/users/90151359)よりお借りいたしました。

冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する

砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法 ……先輩。 なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……! グラスに盛られた「天使の媚薬」 それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。 果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。 確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。 ※多少無理やり表現あります※多少……?

宇都宮君に懐かれてます。

タニマリ
恋愛
隣に住んでる宇都宮君は、得意なこと、不得意なことの差が激しい。 乱暴者で他人との付き合いが苦手な宇都宮君は、小学生の頃から数々の問題行動を起こしては先生に怒られていた。 でも、なぜだかピアノだけは天才的に上手くって…… そんな彼に、私は子供の頃からすごく懐かれていた。 一時間あれば読めると思います♪

【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。 しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。 そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。 渋々といった風に了承した杏珠。 そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。 挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。 しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。 後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)

処理中です...