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一章 僕は彼女を忘れない

1 暗闇で、女子に迫られる

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「三好君、エッチって、どんな感じなのかな?」

 女の子に突然そんなことを言われたら、どう答えるべきだろう?
 しかも暗くて狭い部屋で二人っきりの場合、僕はどう対処したらいいのだろう?


「さ、さあ、篠崎さん、どしたの、突然」

 僕は、いたって常識的に彼女に回答した、と思う。
 四方に暗幕がかけられた狭い実験室で、僕は彼女と二人きりだ。
 篠崎あいらの目が、暗がりの中、揺れている。丸くて大きな目だ。

「私、本当に困っているの。どうしたらいいのかな?」

「こ、困るって……な、なにも困ることなんて……」

 僕は生唾を飲み込む。
 実験データをノートに記入し装置の片付けに入ったところで、唐突な質問。もちろん、今やってる実験は、エッチとは全く関係ない。
 大学一年の物理学実験で、今日は、光の干渉縞の測定だ。
 物理学実験は一年の必修科目だ。いつもはテーブルがずらっと並んだ開放的な空間で、四十人ほどが一斉に実験を行う。
 今、カーテンで仕切られた暗い空間で二人きりなのは、実験の都合にすぎない。

「私、どうしても知りたいの」

「そ、そうか……でも、今は、装置の光源を落とそうよ」

 干渉縞を作っていた光が消えた。しまった! ただでさえ暗い部屋が、ますます暗くなる。

「ねえ三好君、助けて」

 暗がりの中、彼女の低い声が僕の耳をくすぐる。

「わ、わかった! 何とかするよ!」

「ありがとう! じゃ、あとでLINEするね」

 彼女の声がオクターブ上がった。暗幕カーテンがサッと開かれる。白衣の彼女は軽やかに出ていった。


 大学に入って三か月。篠崎あいらは、物理学実験のパートナーだ。
 工業大学で女子は珍しい。学生の一割程度だ。これでも教授らに言わせると、大分増えたとか。あの人たちが学生だったころは、女子は三十人に一人ぐらいだったらしい。
 野郎ばかりの世界だが、今の僕にはありがたい。

 僕は、高校の卒業式で彼女に振られ、ずっと引きずっている。第一志望の大学に合格し、春休みを楽しもうと意気を揚げていたタイミングでの失恋。
 しばらく女とは関わりたくない。関わるなら、その辺の女ではなく、僕に傷を負わせた彼女よりグレードの高い女に限る。
 が、女子の少ないこの大学で、そのようなハイクラスを求めるのは間違っている。

 だから最初の実験で、ショートヘアの女子が隣に座ったとき、がっかりした。
 ブスとかデブではないが、高校の彼女、青山星佳に比べれば見劣りする。背は低いが、星佳より体重はあるだろう。
 目は大きいがアンバランスでギョロッとしている。鼻は丸っこく唇はぽてっとして、真ん丸な顔に収まっている。
 かわいいといえなくもないが、星佳のような美人ではない。

 実験パートナーが男だったら気楽だが、一応女子だ。それなりに気を配らなければならない。かといって、星佳以下の女子と必要以上に関わりたくない。

 もちろん僕は子供ではないから、がっかりな気持ちを顔に出したりはしない。
「僕、三好雅春っていうんだ。よろしくね」と、ちゃんとあいさつした。
 彼女は俯き加減にボソッと「あ……篠崎あいらです」と呟いて目を反らした。
 こちらが落胆を隠して笑顔で接しているのに、その態度はどうなんだ? と思ったが、僕は子供ではないので、ずっと笑顔を向けていた。


「いいな~、あいらちゃんがパートナーか」

 学食のテーブルで堀口宗太が、ショートケーキのイチゴを指でつまみ口に放り込んだ。

「ソータ、最初からそれだよね」

 宗太とは英語や微分積分など多くの必修講義が一緒で、自然につるむようになった。
 物理実験も同じ教室だ。

「うちの大学で女子って、レアアースか、10桁以上の素数みたいなもんじゃん」

「その例えは違うだろ。10%いるんだから」

「どこに10%いるんだ? 分布が偏り過ぎ。女子のほとんどは生物化学か建築じゃん」

 それは否定しない。僕ら一年は学科が決まっておらず学群で分かれている。僕らのいる第二学群は工学系なので、女子は10%もいないだろう。宗太のいう生物化学は第三学群、建築は第四学群だ。

「変われるものなら、パートナー変わりたいよ」

「うわ! なんでも持ってるお坊ちゃんは、すげーなー」

 堀口宗太は、金色に染めた長い前髪を、クシャッとかき分けた。うちの大学で、ここまで派手に髪を染めた学生はそう多くない。
 ポテッとした体格も、調子のいい宗太に合ってる。お笑い芸人になったら映えそうだ。

「俺のパートナーなんて、風呂入らねえのか異臭するんだよ。それは我慢するけど、全然予習してこねーから、俺がほぼ実験やってるんだぜ」

「ソータ、よくそんなこと言えるよな」

「へへへへ~、いや~マサ様のノート、お世話さまでーす」

 宗太がどうしても数学演習のレポートが間に合わない、というので、僕はレポートを渡した。
 今、食べてるケーキは、奴の奢りだ。
 宗太の「どうしても」が何度目か、覚えていない。
 こいつのホンワカした笑顔に釣られ、僕はノートやレポートをコピーさせている。
 それでなにも不満はないが、ふと思いつく。
 たまには僕が助けを求めてもおかしくないだろう。

「ソータ、あくまでもこれは一般論の質問だが、女子がエロに興味を持つのは、どういう場合だ?」
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