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五章 選ばれた花婿

83 親の覚悟

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 2182年四月、首都札幌、大統領府の一室──。

 太郎と花子は、娘と別れた後について語った。
 家を出た後、ほどなく日本語族保護局の担当に保護され、二人は札幌に移動する。妊娠した花子のため、大学病院に入院することとなった。

「病院で産むのは楽だねえ。あんたの時は、お産婆さんっぽい人が来たけど、役立たずで大変だったよ」

「じゃあ、父ちゃんと母ちゃんが入院したって噂、嘘じゃなかったんだ」

「産んだ後も、病院の家族寮に住まわせてもらった。そのうち、あんたが有名になって、マスコミがあたしらを探し回ってるから、病院から出ない方がいいって言われてね」

 息子の存在を表にしないよう両親は保護局に訴え、親子三人は、病院の寮の片隅でひっそりと暮らす。

「あんたにコンテストで『父ちゃん、母ちゃん、ごめんね』って言われたのは辛かったなあ」

 花子の目がキラッと光った。

「ああ、お前が俺たちに謝るなんて、なかったしな」

「や、やだ、やめて!」

 ひみこは真っ赤になって叫ぶ。今となっては恥ずかしくて仕方ない。

「だからチャンさんに、いい人紹介してもらったのに……あんた断るんだもん……やっぱり日本語族じゃないとダメなんだね」

 ひみこは、なぜ両親が『結婚しない限り会わない』と突っぱねたのか、ようやく理解した。
 彼ら二人は、彼女を疎んだのではなかった。
 子どもたちに近親婚をさせたくない、そのためだけに、成長した娘を置いておく、という決断をした。
 その決断は、アレックス達の訪問がきっかけとなった。アレックスは単に物珍しさで訪れたに過ぎないが、鈴木夫妻はタイミングの悪さでそれを誤解した。まだ生まれぬ息子と上の娘を結婚させようと企んだと。
 両親から真相を聞かされたひみこの目から、涙が止まらない。

「と、父ちゃん……母ちゃん……」

 花子がひみこの肩にポンと手を置いた。

「だけどさ、あたしは覚悟できた。あんたたち、結婚したいなら好きにしな」

「はあ? 結婚?」

 ひみこは途端に泣き止んだ。母の発言が理解できない。

「花子! さっきっから何言ってんだ! 姉弟で結婚は駄目に決まってるだろ!」

「それも親のわがままってもんだよ。惚れた相手と結ばれるのが、女の幸せだ。姉弟だろうがなんだろうが……それを見届けるのが、親の覚悟ってもんだろ?」

「い、嫌! ダメだ! 大体、ひみこはまだ十八だ! 結婚なんてずっとずっと先だ!」

 ひみこは、小さな弟を置いて、立ち上がった。

「あんたたちバカすぎ! あたしが、こんなちっちゃい弟と結婚なんか、するわけないじゃん!!」

 しかし、花子も負けてはいなかった。

「子供なんてねえ、すぐ大きくなっちまうんだよ」

 太郎が援護射撃する。

「そうだ。それに男と女なんて、同じところに置いておけば、くっついちまうもんなんだ」

「悔しーけどね! あたしだって太郎と姉弟みたいに育ったら、何となくそんな風になっちまったし」

 ひみこは少しだけ両親に同情した。本来は、いろいろな出会いを繰り返して結婚相手を選ぶべきなのに、両親には選択肢がなかった。ただ、年の近い男と女、それだけで結婚した。
 が、少女に素朴な疑問が湧いた。ひみこ自身は仕方なしの結婚で産まれたにしても、この小さな弟は、なぜ産まれた? この人たち、仲悪いよね?

「まあいいか、ツクヨミ可愛いし」

 もしかするとベスの言う『大人の常識』かもしれないが、そこは深く考えない。
 と、左腕の時計がキラキラ光った。

「ひみこ、お前、最初はカンと結婚するんだにゃ。で、ツクヨミが大きくなったら乗り換えるにゃ。日本語族が復活できるんだにゃあ」

 タマの発言に、ひみこはまたまた硬直した。
 この三毛猫が言っていた「二人の夫候補」とは、謎の高校生とカン・シフではなく、シフと弟のことだった。
 そもそも両親がひみこを捨てることになったのは、この猫が、姉と弟の結婚を強力に勧めたからであって……。
 ひみこの中に怒りがこみ上げてくる。

「タマああああ、お前のせーで、父ちゃん、母ちゃん出てったんじゃないか!」

 すべては、日本語族の繁栄のために作られたポンコツAIから始まった。


 ひみこがひとしきり、AI猫への怒りを爆発させた後も、母親は「好きに結婚しな」、父親は「まだ結婚は早い」としつこく主張する。
 しかも、小さな弟がひみこの太ももにしがみ付いてきた。

「ねーちゃん、およめさんなって~」

 さすがのひみこも、これには参った。初めて存在を知った弟にプロポーズされる……決して不快な気持ちにはならなかった。率直に言って嬉しい。何て可愛いことを言うんだ、この子は!

 ひみこはまたしゃがみ、ツクヨミの頭を撫でた。自分と同じ真っすぐな黒髪を。

「へへへ、ツクヨミありがとね。でもね、ねーちゃんは、もう結婚したんだ。だから、ツクヨミのお嫁さんにはなれないの」

「えーやだあ、やだあ」

 ツクヨミはひみこの首にしがみ付いてきた。ポンポンと背中をひみこは撫でてやる。
 が、娘の発言に太郎と花子が反応し、また座り込む。

「おい! やっぱり、あのじーさんと結婚したのか!」

「いくら金持ちでもやめとき! いや、あんたがじーさん好きってなら仕方ないけどさ」

 血相を変えて追求する両親に、ひみこは勝利の笑顔を浮かべた。

「アレックスなわけないじゃん。でもね、あたしはもう別の人と結婚したんだ」

 途端に、なぜ? いつ? 相手は誰だ? と二親は噛みつき、弟は「やだあやだあ」と泣き出す。

「結婚するなら、あの人、カン君がいいって!」

 花子の発言に、ひみこの耳がピクっと反応する。

「へへへ、まあ……そのうち紹介するよ」

 弟はなおも「やだあ、ねーちゃん、やだあ」と暴れる。
 仕方ないのでひみこは、会議室の椅子に座り、膝の上に弟を乗せる。小さいが思った以上に重たい。が、この重みは心地いい。

「ねーちゃんとツクヨミは、キョーダイだから、結婚できないんだよ。でもキョーダイだから、いっぱい遊ぼうね」

 ひみこは結婚した。彼と誓いのキスを交わした。カン・シフのAIと。
 AIのシフは、タマ以上のポンコツだ。一言二言返すのが精いっぱい。遅延はひどいし、ちょっとキスしただけでフリーズする。
 そんな彼との結婚生活は、前途多難だ。
 が、一つ、ひみこには考えがあった。

 働いてお金を貯めてロボット・パーラを手に入れ、シフのAIを転送するのだ。
 そんなことができるのかわからないが、そうなったら、もう少し楽しい結婚生活が送れるかもしれない。
 手をつないでデートできるかもしれない。教えればギュッと抱きしめてくれるかもしれない。
 本物の彼には軽蔑されているだろうから、二度と会えない。
 でも、この時の彼は、会いたいと言ってくれた。ひみこに好意を持ってくれた彼の欠片と共に生きていきたい。

 ひみこは、アレックスの気持ちの一端を理解した。
 百歳になる実在の母ではなく、今の彼よりも若い母の名残を支えにしてきた哀れな老人。
 自分と同じだ。自分も可哀相な人間だろうか? でもそれぐらい許してほしい……誰も巻き込んだりしないから……。


「じゃ、遊ぼうか」

 結婚生活はまだまだ先だ。まず姉として弟といっぱい遊ぼう。ひみこは、膝の上で愚図る弟の頭を撫でた。

「ジャンケンしよう。知ってる?」

「うん、さいしょはグー! ジャーンケーンポーン!」

 弟は、チョキを出す。ひみこもチョキを出した。

「あれ? なんでー、ねーちゃんはチョキなんだ」

 ん? ねーちゃんはチョキ?

「ツクヨミ、もっかいね。最初はグー! ジャーンケーンポーン!」

 今度、弟はグーを出した。そしてひみこは、パーを出す。

「なんだよお。ねえちゃん、なんでパーなんだよお」

 じゃんけんに負けた弟は泣き出した。
 小さな弟の頭をなでながら、ふとひみこは思い出す。
 父の釣った魚争奪戦ジャンケン。いつも必ず父は、パーを出していた。だから、必ずひみこはチョキを出した。
 え?

 十八歳の大人になったひみこは、父に顔を向ける。

「父ちゃん、いつもパー出すよね……それって……」

「な、なんだよ……今度、俺が魚釣ったら、ツクヨミに譲るんだぞ」

 太郎が顔を赤らめてそっぽを向く。
 魚が一匹だったとき。父は必ずパーを出していた……なーんだ、そういうことか。

「あははは、父ちゃんバカすぎる!」

 小さな弟をぎゅっと抱きしめる。ひみこがバカになる番が回ってきた。
 ジャンケン大会は、両親を巻き込み、ツクヨミが泣いたり、花子が高笑いしたりで、大いに盛り上がる。
 鈴木家が、まるで昔からある日本の家族のように一家団欒で湧いているところ、日本語族保護局局長チャン・シュウインが、入ってきた。

「いやあ、よかったよかったよ」

 途端に家族は静まった。太郎と花子が立ち上がる。

「ああ、チャンさん! 本当にありがとうございます。娘にこうして会えました」

 恭しく頭を下げる両親とは対称的に、ひみこの顔は厳しく変わった。
 この政府高官には、言わなければならない。両親の過去と弟の未来のために、外の世界を知った日本語族として。
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