上 下
49 / 92
三章 国民のアイドル

45 国民のアイドル

しおりを挟む
 コンテストの帰り、ひみこは時計台に挨拶する。

「えへへへ、あたしもがっかりちゃんの仲間入りだ」

 少女は時計台の白い木肌の壁をなでて頬を寄せる。今回、ずっと付き添っていたアレックスは、静かにひみこを見つめていた。
 銀杏が色づき始めた通りを、二人は何も語らず歩いていった。


「ひみこ……プレゼンテーション・コンテストは、今回で終わりにしよう」

 ホテルに戻るなり、アレックスは宣告する。

「どうして? 確かに私は、今回忙しくて時間がなかったけど……違う、他の子の方がずっと忙しい。私と違ってみんな学校に行ってるから」

 パッと少女は顔を上げた。

「でも私は三位になった! 去年と比べればよくなった! 審査員の先生が言ってた。私でしか語れないことを主張するんだって……だから、次はもっと上に行ける」

 今は、具体的にどうすればよいか見えない。が、優勝に近づいたのは間違いない。
 少女が希望に黒い目を輝かせているのに対し、男はその青い目を曇らせた。

「ひみこ、今の君は、ただの日本語族ではない。誰もが知る存在となった……それがこの審査結果なんだよ」

 ひみこは、自分が、かつてドラマで憧れていた「ゲーノージン」の仲間入りをしたことを自覚していた。だから、面倒でも、アレックスが勧める装着が面倒なスーツを着けてサングラスを掛けている。それでも、わかる人にはわかり、声を掛けられる。一度、時計台の前で嫌がらせを受けたが、今は、そのようなことは減った。
 ダヤル財団や政府主催のイベントでも歓声を受け、握手を求められる。

「……私はこの結果に納得している。悔しいけれど、確かに私は、教えてもらったことを、ただ並べただけだった」

 アレックスはひみこの黒い髪を手に取った。

「いいかい? 君は日本中の注目を浴びている。そんな君が優勝したら、審査に不正があったと疑われるだろう」

「え! どうして!?」

「もちろん、そういうことはない。が、そのような勘ぐりをする者は必ずいる。一方、君が入賞すらできなかったら、全国の君のファンが黙っていないだろう。その意味では、君が三位に入賞したことは、誰もが納得できる結果だ」

「う、うそ……では、私が三位になれたのは、私の力ではないということ?」

「そうは言ってない。僕は君の努力を知っている。本当にこの二年間、君の進歩は目覚ましい」

 黒い目が陰りを帯びる。

「わかるかい? 君がプレゼンテーション・コンテストにエントリーすることは、それだけで混乱をもたらす。君が優勝しても優勝しなくても」

「待ってよ! アレックスが勧めたのに? 私、来年もがんばる。誰もが優勝だと納得できるプレゼンをすればいいんでしょ?」

「君の目的は、両親を見返すことだったんだろう? ああ、相変わらず彼らは何も言ってこないが、今の君を見て、さぞ悔しがっているに違いない」

 ひみこは、このところ、親のことは考えないようにしていた。今回のプレゼンテーションで、親の話を最小限度にとどめたのは、それもある。
 肩を落とした少女を、アレックスが抱き寄せた。

「僕はね、もっともっと大きな舞台を君に用意してあげる。だから、子どもが出るコンテストのことなんか忘れるんだ……そうだ! がんばった君のために、水産研究センターで、ディナーにしよう! オマール海老のビスクの豊かな風味を味わってほしい」

 その夜、ひみこは、これまでに味わったことのないグルメを堪能した。
 向かいの富豪は、いつでも、このこってりしたスープを味わえる。脳のチップに記憶できる……少女は、自然、魚介類の豊かな風味を噛み締める。
 その所作は、二年前、アレックスが出会ったころに比べると洗練され、彼女はどこに出しても恥ずかしくない令嬢だった。


 アレックス・ダヤルは約束通り、ひみこに大きな舞台を用意した。トップビューを誇る配信番組への出演、有名アーティストとの共演、文化大臣との対談……まさに彼女は国民のアイドルだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Clavis X Chronus クラヴィスアンドクロノス

黴男
SF
東京の大学に通っていた普通の学生、三星治明(みほし はるあき)はある日突然、異世界に転生してしまう。 しかし、転生先はファンタジーの溢れる世界などではなく、シークトリアという名前の銀河に跨る星間国家。 しかも、治明は人間ではなくロボットに転生していたのだった。 シークトリアを含めて全部で七つある星間国家のうちの三つが連合軍を形成してシークトリアに攻め込んできており、シークトリアはプレトニアと呼ばれる星間国家と同盟軍を結成し、これに対抗している。 そんな情勢の中開発された人型のロボット兵器、『Chronus』。 そのパイロットとして開発・製造されたロボ、『Clavis』に転生したハルアキは、Chronus…クロノスに宿る親友の魂を見つけ、前世の親友と共に戦いへと身を投じる。 更新は月、水、金の週三日になります。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

【元幹部自衛官 S氏 執筆協力】元自衛官が明治時代に遡行転生!〜明治時代のロシアと戦争〜

els
SF
激動のメイジ時代。 極東の小国は、列強によって滅亡の危機を迎えていた。 北海道の猟師(マタギ)として輪廻転生を果たした元自衛官は、帝国の侵略から日本を守る為に再び銃を持つ。 しかし、前世の記憶を持つ転生者は一人ではなかった。 各国の転生者の目論見によって戦況は、歴史は思わぬ方向へ進んでいく。 鉄と火と、泥と雪。 地獄の塹壕戦をくぐり抜け、未曾有の国難を乗り越え、彼は皇国の危機を救えるのか。 ※この物語はフィクションです。登場する人物、団体及び名称などは架空であり実在のものとは関係ありません。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

転校生

奈落
SF
TSFの短い話です

処理中です...