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三章 国民のアイドル
45 国民のアイドル
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コンテストの帰り、ひみこは時計台に挨拶する。
「えへへへ、あたしもがっかりちゃんの仲間入りだ」
少女は時計台の白い木肌の壁をなでて頬を寄せる。今回、ずっと付き添っていたアレックスは、静かにひみこを見つめていた。
銀杏が色づき始めた通りを、二人は何も語らず歩いていった。
「ひみこ……プレゼンテーション・コンテストは、今回で終わりにしよう」
ホテルに戻るなり、アレックスは宣告する。
「どうして? 確かに私は、今回忙しくて時間がなかったけど……違う、他の子の方がずっと忙しい。私と違ってみんな学校に行ってるから」
パッと少女は顔を上げた。
「でも私は三位になった! 去年と比べればよくなった! 審査員の先生が言ってた。私でしか語れないことを主張するんだって……だから、次はもっと上に行ける」
今は、具体的にどうすればよいか見えない。が、優勝に近づいたのは間違いない。
少女が希望に黒い目を輝かせているのに対し、男はその青い目を曇らせた。
「ひみこ、今の君は、ただの日本語族ではない。誰もが知る存在となった……それがこの審査結果なんだよ」
ひみこは、自分が、かつてドラマで憧れていた「ゲーノージン」の仲間入りをしたことを自覚していた。だから、面倒でも、アレックスが勧める装着が面倒なスーツを着けてサングラスを掛けている。それでも、わかる人にはわかり、声を掛けられる。一度、時計台の前で嫌がらせを受けたが、今は、そのようなことは減った。
ダヤル財団や政府主催のイベントでも歓声を受け、握手を求められる。
「……私はこの結果に納得している。悔しいけれど、確かに私は、教えてもらったことを、ただ並べただけだった」
アレックスはひみこの黒い髪を手に取った。
「いいかい? 君は日本中の注目を浴びている。そんな君が優勝したら、審査に不正があったと疑われるだろう」
「え! どうして!?」
「もちろん、そういうことはない。が、そのような勘ぐりをする者は必ずいる。一方、君が入賞すらできなかったら、全国の君のファンが黙っていないだろう。その意味では、君が三位に入賞したことは、誰もが納得できる結果だ」
「う、うそ……では、私が三位になれたのは、私の力ではないということ?」
「そうは言ってない。僕は君の努力を知っている。本当にこの二年間、君の進歩は目覚ましい」
黒い目が陰りを帯びる。
「わかるかい? 君がプレゼンテーション・コンテストにエントリーすることは、それだけで混乱をもたらす。君が優勝しても優勝しなくても」
「待ってよ! アレックスが勧めたのに? 私、来年もがんばる。誰もが優勝だと納得できるプレゼンをすればいいんでしょ?」
「君の目的は、両親を見返すことだったんだろう? ああ、相変わらず彼らは何も言ってこないが、今の君を見て、さぞ悔しがっているに違いない」
ひみこは、このところ、親のことは考えないようにしていた。今回のプレゼンテーションで、親の話を最小限度にとどめたのは、それもある。
肩を落とした少女を、アレックスが抱き寄せた。
「僕はね、もっともっと大きな舞台を君に用意してあげる。だから、子どもが出るコンテストのことなんか忘れるんだ……そうだ! がんばった君のために、水産研究センターで、ディナーにしよう! オマール海老のビスクの豊かな風味を味わってほしい」
その夜、ひみこは、これまでに味わったことのないグルメを堪能した。
向かいの富豪は、いつでも、このこってりしたスープを味わえる。脳のチップに記憶できる……少女は、自然、魚介類の豊かな風味を噛み締める。
その所作は、二年前、アレックスが出会ったころに比べると洗練され、彼女はどこに出しても恥ずかしくない令嬢だった。
アレックス・ダヤルは約束通り、ひみこに大きな舞台を用意した。トップビューを誇る配信番組への出演、有名アーティストとの共演、文化大臣との対談……まさに彼女は国民のアイドルだった。
「えへへへ、あたしもがっかりちゃんの仲間入りだ」
少女は時計台の白い木肌の壁をなでて頬を寄せる。今回、ずっと付き添っていたアレックスは、静かにひみこを見つめていた。
銀杏が色づき始めた通りを、二人は何も語らず歩いていった。
「ひみこ……プレゼンテーション・コンテストは、今回で終わりにしよう」
ホテルに戻るなり、アレックスは宣告する。
「どうして? 確かに私は、今回忙しくて時間がなかったけど……違う、他の子の方がずっと忙しい。私と違ってみんな学校に行ってるから」
パッと少女は顔を上げた。
「でも私は三位になった! 去年と比べればよくなった! 審査員の先生が言ってた。私でしか語れないことを主張するんだって……だから、次はもっと上に行ける」
今は、具体的にどうすればよいか見えない。が、優勝に近づいたのは間違いない。
少女が希望に黒い目を輝かせているのに対し、男はその青い目を曇らせた。
「ひみこ、今の君は、ただの日本語族ではない。誰もが知る存在となった……それがこの審査結果なんだよ」
ひみこは、自分が、かつてドラマで憧れていた「ゲーノージン」の仲間入りをしたことを自覚していた。だから、面倒でも、アレックスが勧める装着が面倒なスーツを着けてサングラスを掛けている。それでも、わかる人にはわかり、声を掛けられる。一度、時計台の前で嫌がらせを受けたが、今は、そのようなことは減った。
ダヤル財団や政府主催のイベントでも歓声を受け、握手を求められる。
「……私はこの結果に納得している。悔しいけれど、確かに私は、教えてもらったことを、ただ並べただけだった」
アレックスはひみこの黒い髪を手に取った。
「いいかい? 君は日本中の注目を浴びている。そんな君が優勝したら、審査に不正があったと疑われるだろう」
「え! どうして!?」
「もちろん、そういうことはない。が、そのような勘ぐりをする者は必ずいる。一方、君が入賞すらできなかったら、全国の君のファンが黙っていないだろう。その意味では、君が三位に入賞したことは、誰もが納得できる結果だ」
「う、うそ……では、私が三位になれたのは、私の力ではないということ?」
「そうは言ってない。僕は君の努力を知っている。本当にこの二年間、君の進歩は目覚ましい」
黒い目が陰りを帯びる。
「わかるかい? 君がプレゼンテーション・コンテストにエントリーすることは、それだけで混乱をもたらす。君が優勝しても優勝しなくても」
「待ってよ! アレックスが勧めたのに? 私、来年もがんばる。誰もが優勝だと納得できるプレゼンをすればいいんでしょ?」
「君の目的は、両親を見返すことだったんだろう? ああ、相変わらず彼らは何も言ってこないが、今の君を見て、さぞ悔しがっているに違いない」
ひみこは、このところ、親のことは考えないようにしていた。今回のプレゼンテーションで、親の話を最小限度にとどめたのは、それもある。
肩を落とした少女を、アレックスが抱き寄せた。
「僕はね、もっともっと大きな舞台を君に用意してあげる。だから、子どもが出るコンテストのことなんか忘れるんだ……そうだ! がんばった君のために、水産研究センターで、ディナーにしよう! オマール海老のビスクの豊かな風味を味わってほしい」
その夜、ひみこは、これまでに味わったことのないグルメを堪能した。
向かいの富豪は、いつでも、このこってりしたスープを味わえる。脳のチップに記憶できる……少女は、自然、魚介類の豊かな風味を噛み締める。
その所作は、二年前、アレックスが出会ったころに比べると洗練され、彼女はどこに出しても恥ずかしくない令嬢だった。
アレックス・ダヤルは約束通り、ひみこに大きな舞台を用意した。トップビューを誇る配信番組への出演、有名アーティストとの共演、文化大臣との対談……まさに彼女は国民のアイドルだった。
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