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三章 国民のアイドル

42 さらなる拡散

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「アレックス、ひみこさんのこの動画、すごいことになってますね」

 支部長室のモニターに、フィッシャーはひみこが語る姿を映し出した。
 それは、日本の文化をよどみなく語るAIを搭載したロボットのひみこではない。ダヤル財団が後援するティーンエージャー向けプレゼンテーション・コンテストの映像だった。日本語で必死に訴える、小さな少女だった。
 プレゼンテーション・コンテストといっても、一地方大会にすぎない。公式サイトにひっそり載せているだけで、通常、見るのは関係者かマニアだけだ。
 が、注目のAI少女のオリジナルが出演している、と、マニアの一人が指摘したところ、たちまち拡散した。

「大統領の日本語族保護局サイトからも、プレゼン動画へリンクされています。局長も言ってました。鈴木ひみこさんへのビデオメッセージが、保護局サイトへたくさん来ているそうです。ダヤル財団の公式サイトも同じですが」

「……財団本部から、AIではなくリアルの鈴木ひみこ出演の要請がしつこくてね……」

「アレックス、要請、受けてはどうですか? 本人はやる気になっていますし……」

「……なぜ、人は、生身の身体を望むんだろうね」

 アレックスはオフィスの窓辺に腰かけた。そこには、北海道開拓時代の田園風景が広がっている。

「どういうことですか?」

「生身の身体に百メートルを走らせ九秒を切ったとか大騒ぎしている……それより速い物体はいくらでもあるのに」

「普通の人間では達成できない記録に挑む姿、素晴らしいと思います。蓄音器が登場し、ラジオやテレビが各家庭に普及し、今ではVRでアーティストと触れ合うこともできるのに、リアルライブコンサートは満席になりますから」

「彼女のプレゼンを見て思いついた。ロボットと融合させたら素晴らしいプレゼンターになるとはね。でも、愚かな大衆が求めているのはそうではない。最後に残された可哀相な日本語族の少女に、ヒロイックなストーリーを求めているに過ぎない」

「失礼ですが、ジェラシーですか? あなたのアイデアで合成したひみこより、本物の彼女が求められているということが苦しいのでは?」

「アーン、君は素晴らしく聡明で、腹が立つ男だ」

 支部長は笑いながら出窓のカウンターに脚を投げ出す。

「それは大きい……しかし問題は……この僕自身が、愚かな大衆の一人に過ぎないということだ……ダヤルの技術で合成した彼女より、リアルな彼女の方がずっと魅力的だと……僕が一番知っているよ」

 アレックスはカウンターから脚を降ろして、勝ち誇ったように腕を組む。

「僕は彼女と、二年も一緒に暮らしているんだよ」

 フィッシャーは大きくため息をつく。

「一度、ダヤルの財団か本社の職員限定のイベントに参加させたらどうです? あなたが育てたことには変わりありませんから、ひみこさんが活躍すれば、ご自身の名声も高まるかと」

「あはははは、この僕がこれ以上、名を求めてどうする? 僕の母はラニカ・ダヤルで、父はビザンツ帝国の末裔だ」

 この上司に仕えて二年経つフィッシャーは、上司の両親自慢を何十回も聞かされた。
 そんなフィッシャーの心は読み取るまでもなく、アレックスにはよくわかっていた。

「アーン。君の助言はありがたく受けるよ。その提案を受ければ、ひみこは喜ぶに違いない」


 フィッシャー本人が、ひみこの部屋のモニターに現れた。

「ひみこさん、我々の研究センターでは、外部講師を呼んで情報交換会を開いている。あなたも月に一度は参加して、時には講師役を務めてほしい」

「ええ! どーしたんですか? フィッシャーさん」

 それはひみこにとって願ってもないことだった。自分に講師をできるほどの知識はないが、いつも同じメンバーと話しているだけでは物足りない。
 ひみこは二つ返事で承諾した。


 ホテルに戻ったアレックスに、ひみこは顔を綻ばせ飛びついてきた。センターの情報交換会出席について、目を輝かせて知らせてくる。
 彼は、ひみこの髪に指を滑らせ、頬にキスを贈る。

「僕は……君が喜んでくれて嬉しいよ……いつか君の両親も伝わるよ」

「そ、そうですね」

 このところ、ひみこは、自分の勉強に没頭し忘れかけていたが、思い出してしまった。自分が親に見捨てられたこと。どれほど有名になろうが、まったくアクセスがない、ということを。


 センター情報交換会で日本最初の女王について語るひみこの姿に、誰もが釘付けとなる。脳情報通信装置を着けておらず、本格的に学習をはじめて二年だ。共通語はおぼつかないが、会話は互いに通じる。
 もちろん知識量はAIと比べるべきではないが、ハンディをものともせず、自分と同じ名前の女王について語る少女の姿に、スタッフは魅入られた。

「支部長! こんな面白い子、隠すのもったいない。センターの顔にしましょうよ!」

 発表後、職員の一人がアレックスに熱く訴える。

「わかってるよね? 彼女はウシャスを使えない」

「だからですよ! ウシャスが使えなくてもこんなにがんばってるんだって、センターのいいPRになるじゃありませんか。今日の話、一般公開しましょうよ」

 アレックスは僅かに口を歪ませた。母ラニカが発明したウシャスの力で、ダヤル社は比類なき力を得た。そのウシャスを使えない少女を財団がPRするとは、どこかアイロニカルだ。

「みんな、彼女が普通の十五歳ではないこと、それだけはわかってほしい」

 ひみこはこのやり取りに口を尖らせる。

「私、大丈夫です! 何だってお話しします! 歌とか踊りとかスポーツはできないけど、話ならがんばります!」

 その途端、一斉にセンターの会議室は、拍手喝采に包まれた。


 鈴木ひみこによるセンター内の講義は、瞬く間に拡散された。
 拙い共通語でポツポツと語る。時には、日本語を使い通訳アプリに頼る。その拙い発音が、最後に残された日本語族の少女という憐れみを演出した。

 一方、AIひみこを宿したロボット・パーラの講座も、マニアには講評を博す。日本というと、忍者に芸者、アニメにマンガのイメージが強かったが、ずっと昔に女王がいたこと、東アジアの一国として他国と交流していたことなどが知られ、アジア文化研究センターへの就職希望者から問い合わせが増えてきた。

 鈴木ひみこの講義をきっかけに、日本文化研究を学ぶ人が増え、センターとしてひみこの活躍は歓迎するところとなった。
 組織の長であるアレックス・ダヤルは、ただ静かにその様子を眺めていた。
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