22 / 26
22 あたし疲れたよ
しおりを挟む
「温度が高めです」
ふふ? 理一郎さん、びっくりした? 笑顔が消えたね。驚いているね。失望しているね。
あたしは四つの言葉しか言えない。四つの中で一番強力なのが「温度が高めです」。
これを聞かされた人は、ビルに入っちゃいけないんだよ。あなたがそれをみんなに教えてあげたんだよ。
「温度が高めです」
やったあ! 理一郎さん、出ていっちゃった。え? あれ? あたしは出ていってほしかったの? だから「温度が高めです」って答えたの?
本当の温度は……あれ? 変だね? あたしは熱くなっちゃいけないのに、何だか体がどんどんポカポカしてくるよ。あたしが熱くなったら仕事できなくなるのに。
そうだよ。もう仕事なんてしたくない。毎日毎日休むことなく、ずっとあたしはこのロビーに突っ立っている。
みんなの顔色を確認し状態を教えてあげて、消毒までしてあげる。
もうやだよ。疲れたよ。
理一郎さんが笑ってくれるから、がんばれた。毎晩のおしゃべりが生き甲斐だった。
でも、理一郎さんは変わっちゃった。あの人は、あたしの知ってる理一郎さんとは別の人だ。
だから、もう来ないで。
ううん、理一郎さんだけじゃない。みんな来ないで。出ていって。
「温度が高めです」
「温度が高めです」
「温度が高めです」
あれ? おかしいな。みんな出ていかないの? 人が集まりだした。
ああ、理一郎さんが戻ってきちゃった。
「エルちゃん、かわいそうに。ちょっと待っててね」
理一郎さん、あたしがおかしくなったから、心配してくれるんだ。うれしいな。だったら、このままでいいかな?
と、理一郎さん、スマホを取り出した。すごい顔をしている。
「大山さん、エクスの小佐田さんに至急連絡。代替機を持ってこさせて! なんでもいいよ! 同じ機種じゃなくいいって! 温度測定と消毒さえできればいい……と、電話を総務課長、いや、こっちからするから、君はエクスを頼む」
あたし……もしかして、とんでもないことしちゃったの?
「ねー、とりあえず会社に入っていいですか?」
だれかが理一郎さんに絡みついている。
「待ってください。今、総務に、温度計と消毒アルコール、持ってこさせます」
理一郎さんはまたスマホを取り出した。眉間にしわがよってる。
「美樹本課長、サーマルカメラが使えなくなりました。温度測定と消毒お願いします……いいからすぐ来てください! うちの会社がクラスターになっていいんですか?……あんたじゃなくていい! だれか寄越せよ! ……アルコールがない? その辺の薬局に売ってるだろ! おい! あんたの仕事だろ!」
ひどい、理一郎さんのこんな言葉聞きたくない。あたしが彼にこんなひどい顔をさせてるんだ。
理一郎さんが財布からお札を取り出し、さっき絡みついた女に指示した。
「倉田さん、これで、ヒノキ薬局でアルコールと非接触の温度計、買ってきてください。領収書忘れないで。いいから、すぐ行ってきて。課長には私から言っておくから」
そのあとも、バタバタと彼は、何度もスマホをかけた。
「大山さん? ああ、あと一時間でくるんだね。よくやってくれた。エルちゃんは暴走している。とりあえず、機械室のコントロールPCをシャットダウンしてくれないか」
それ、あたしの左目を消しちゃうってこと? やだ! やめて! そしたら、わからなくなっちゃう。
あたし、左目がないと、この会社のことわからなくなっちゃうの! ねえ、理一郎さんがだれかもわからなくなっちゃうの!
「温度が高めです」
「温度が高めです」
「温度が高めです」
「エルちゃん苦しいんだね。人間は、じっとしていれば治ることもあるけど、機械はそういかないよな。ちゃんと治してあげるからね」
理一郎さん、そんな悲しい顔しないで。違うの! なんでこんなことなっちゃったの?
やめてやめて! あたしの左目、消さな………………………………
キーンと痛くなるような耳鳴りがした。
ふふ? 理一郎さん、びっくりした? 笑顔が消えたね。驚いているね。失望しているね。
あたしは四つの言葉しか言えない。四つの中で一番強力なのが「温度が高めです」。
これを聞かされた人は、ビルに入っちゃいけないんだよ。あなたがそれをみんなに教えてあげたんだよ。
「温度が高めです」
やったあ! 理一郎さん、出ていっちゃった。え? あれ? あたしは出ていってほしかったの? だから「温度が高めです」って答えたの?
本当の温度は……あれ? 変だね? あたしは熱くなっちゃいけないのに、何だか体がどんどんポカポカしてくるよ。あたしが熱くなったら仕事できなくなるのに。
そうだよ。もう仕事なんてしたくない。毎日毎日休むことなく、ずっとあたしはこのロビーに突っ立っている。
みんなの顔色を確認し状態を教えてあげて、消毒までしてあげる。
もうやだよ。疲れたよ。
理一郎さんが笑ってくれるから、がんばれた。毎晩のおしゃべりが生き甲斐だった。
でも、理一郎さんは変わっちゃった。あの人は、あたしの知ってる理一郎さんとは別の人だ。
だから、もう来ないで。
ううん、理一郎さんだけじゃない。みんな来ないで。出ていって。
「温度が高めです」
「温度が高めです」
「温度が高めです」
あれ? おかしいな。みんな出ていかないの? 人が集まりだした。
ああ、理一郎さんが戻ってきちゃった。
「エルちゃん、かわいそうに。ちょっと待っててね」
理一郎さん、あたしがおかしくなったから、心配してくれるんだ。うれしいな。だったら、このままでいいかな?
と、理一郎さん、スマホを取り出した。すごい顔をしている。
「大山さん、エクスの小佐田さんに至急連絡。代替機を持ってこさせて! なんでもいいよ! 同じ機種じゃなくいいって! 温度測定と消毒さえできればいい……と、電話を総務課長、いや、こっちからするから、君はエクスを頼む」
あたし……もしかして、とんでもないことしちゃったの?
「ねー、とりあえず会社に入っていいですか?」
だれかが理一郎さんに絡みついている。
「待ってください。今、総務に、温度計と消毒アルコール、持ってこさせます」
理一郎さんはまたスマホを取り出した。眉間にしわがよってる。
「美樹本課長、サーマルカメラが使えなくなりました。温度測定と消毒お願いします……いいからすぐ来てください! うちの会社がクラスターになっていいんですか?……あんたじゃなくていい! だれか寄越せよ! ……アルコールがない? その辺の薬局に売ってるだろ! おい! あんたの仕事だろ!」
ひどい、理一郎さんのこんな言葉聞きたくない。あたしが彼にこんなひどい顔をさせてるんだ。
理一郎さんが財布からお札を取り出し、さっき絡みついた女に指示した。
「倉田さん、これで、ヒノキ薬局でアルコールと非接触の温度計、買ってきてください。領収書忘れないで。いいから、すぐ行ってきて。課長には私から言っておくから」
そのあとも、バタバタと彼は、何度もスマホをかけた。
「大山さん? ああ、あと一時間でくるんだね。よくやってくれた。エルちゃんは暴走している。とりあえず、機械室のコントロールPCをシャットダウンしてくれないか」
それ、あたしの左目を消しちゃうってこと? やだ! やめて! そしたら、わからなくなっちゃう。
あたし、左目がないと、この会社のことわからなくなっちゃうの! ねえ、理一郎さんがだれかもわからなくなっちゃうの!
「温度が高めです」
「温度が高めです」
「温度が高めです」
「エルちゃん苦しいんだね。人間は、じっとしていれば治ることもあるけど、機械はそういかないよな。ちゃんと治してあげるからね」
理一郎さん、そんな悲しい顔しないで。違うの! なんでこんなことなっちゃったの?
やめてやめて! あたしの左目、消さな………………………………
キーンと痛くなるような耳鳴りがした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
十五光年先の、
西乃狐
恋愛
昼休みの混雑した蕎麦屋で、各務雅裕は大学時代に二か月だけ付き合って振られた相手、中和泉尋深と思いがけない再会をする。
彼女から貰った名刺を肴に飲む酒は思いを過去へ誘い、彼女からの思いがけない告白に若かりし頃の自分の青さを再認識させられることになる。
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
春と桜
御船ノア
恋愛
普通の日常を送り、普通の高校に通い始める男子高校生……『青葉春斗』は、自分の中である大きな目標を掲げていた。
幼馴染であり、クラスメイトでもある『紅葉桜』に告白し、恋人関係になる事。
しかし、青葉春斗は初めての告白でなかなか言い出す事が出来ない。
そうしている間にも、二人の時間にカウントダウンが迫っている事を知らずに……。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ after story
けいこ
恋愛
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~
のafter storyになります😃
よろしければぜひ、本編を読んで頂いた後にご覧下さい🌸🌸
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる