フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏

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5.優しい雨予報

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 2日ぶりに登校した日の3、4時間目の授業は、家庭科の調理実習だった。

 休んでいてそのことをすっかり忘れていたから、エプロンを持ってくるのを忘れた。

家庭科準備室で先生に予備のエプロンを借りて調理室に行くと、もうすでにほとんどのクラスメートが班ごとに纏まって席についていた。

 調理実習の班は5~6人ずつくらいのグループに分けられている。名簿順で分けられた班のメンバーの顔ぶれに、私は少し憂鬱な気分になった。

 私の班のメンバーは、佐尾くんと清水さん。それから清水さんと仲の良い笹井さんと、おとなしい印象の園部そのべくんと私の5人。

 調理実習は好きだけど、今日の授業はなんとなく気が重い。

 のろのろと自分の班のテーブルに行くと、笹井さんと佐尾くんの間の席を陣取った清水さんが、楽しそうにおしゃべりしていた。

 清水さん達3人の話の輪に入れずにいる園部くんは、肩身が狭そうにテーブルの端っこに座って窓の外を見ている。

 空いている席を探して視線を巡らせると、ちょうど園部くんの隣が空いていて。私は清水さん達の会話の邪魔をしないように、静かにそこに座った。

 なるべく気配を消して椅子に座ったはずなのに、私に気付いた佐尾くんが、清水さんたちとの会話をやめてこちらに視線を向けた。

 視線が交わって、佐尾くんがほんの少し笑う。その様子を、清水さんが不満気な顔で見ていた。

 こんな状況で、間違っても佐尾くんに笑い返したりなんかできない。

 最低でも睨まれるだろうことは確実だと思ったから、私は佐尾くんから顔を逸らして、彼の笑顔に気付かなかったふりをした。

 それでも、清水さんはしばらく私の様子を窺っている。きっと腹の中では、私に言いたいことがいろいろとあるのだろう。

 明らかに好意的ではない清水さんの視線を感じて、憂鬱な気分になる。

 同じグループにいる以上、清水さんや佐尾くんと全く関わらないわけにもいかない。だけど、せめてなるべく目立たないようにしようと心に決めた。

 材料を切ったり、火を使ったり、そういう実習のメイン部分は清水さんたちに任せて、私は食器運びとかお皿洗いとか、裏方の仕事に徹すればいい。

 授業が始まって、先生が実習の説明をし出しても、清水さんたちは小声でヒソヒソとおしゃべりを続けていた。

 今日は肉じゃが、きゅうりとワカメの酢の物、溶き卵のすまし汁、わらび餅という和食メニューを作るらしい。ひとつひとつは難しくないけど、品数が多いから手際よくやらないと時間がかかりそうだ。

 先生が簡単な説明を終えると、クラスメートたちがそれぞれ席から立って動き始めた。

 私のグループでも、おしゃべりばかりして先生の説明なんてろくに聞いていなかった清水さんと笹井さんが、テーブルの上の材料を手に取りながら仕切り始める。

「あたし、わらび餅作りたい」
「でも先に野菜の皮とか剥いたほうがいいんじゃない?」
「そっか。じゃぁ、あたし人参の皮剥こうかな。佐尾、ジャガイモ剥きなよ」

 清水さんがジャガイモをひとつ手に取り、それをピーラーとともに佐尾くんに渡す。差し出されるがままにそれらを受け取った彼は、困惑した表情で手にしたものをジッと見つめていた。

「これ、どんなふうに使うの?」
「え? 皮の剥き方知らないの?」

 清水さんはジャガイモを片手に首を傾げている佐尾くんを見て笑うと、彼の隣に寄り添うように並んでジャガイモの皮剥きを指導し始めた。それによって人参は放置されてしまったので、笹井さんがそっちの皮剥き担当に回る。

 佐尾くんを挟んで楽しそうに盛り上がっている清水さんと笹井さんは、3人だけで作業を進めていき、園部くんと私には目もくれない。

 まるで3人のメンバーで構成されている班なのかと思うくらい、私たちふたりは清水さんが達から無視されていた。

 清水さん達から指示されたことを目立たないようにこなそうと思っていたけれど、ハナから無視されている以上、自分の仕事は自分で見つけるしかない。

 そう思ったから、調理器具の棚から持ち手がひとつついた鍋を持ってくると、そこに水を入れてお吸い物用の出汁をとることにした。

 昆布を入れて火にかけ、ついでに持ってきたボウルを使って酢の物用の乾燥ワカメを水で戻す。

 そこまで終えて顔を上げたら、すっかり手持ち無沙汰になっていた園部くんが救いを求めるような目で私のことを見てきた。

「俺は何したらいいと思う?」
「酢の物用のきゅうりと生姜でも切るのはどうかな」

 ちらっと見ると、清水さんは佐尾くんや笹井さんと一緒に楽しそうに肉じゃが用の野菜の皮剥きをしている。ただの皮むき作業に3人がかりなんて、正直言って効率が悪すぎる。

 実習時間内に全部の料理ができあがるように、清水さんと笹井さんがやっていることには口は出さずに他の料理の下準備を進めたほうがいいような気がした。

 私はテーブルの真ん中に置いてあったきゅうりをふたつ手にとると、包丁の背でトゲトゲした部分を軽く削いでから、そのうちの一つを園部くんに渡した。

「薄めに切ればいいんだっけ?」
「うん、薄く輪切りに」

 私が頷くと、園部くんは若干危なっかしい握り方をした包丁でゆっくりときゅうりを切り始めた。その隣で私ももう一本のきゅうりを切っていると、半分くらい切り終えたところで横から視線を感じた。手を止めて振り向くと、まだ4分の1も切り終えていない園部くんが、私の手元をじっと見ている。

「西條さん、うまいね。薄さが俺の切ったやつと全然違う」
 
 園部くんはそう言うと、自分が切ったきゅうりをひとつ摘んで私に見せてきた。

 確かに、頑張って薄くは切っているのだろうけど酢の物にするには若干厚みがあるような気がする。

 まな板の上を見たら、園部くんの切ったきゅうりの分厚さはまちまちだった。

「俺が切るより、全部西條さんに任せたほうがよくない?」

 園部くんに自信なさげに尋ねられて、軽く苦笑いする。

「そんなことないよ。分厚さが違うのも味があっていいと思う」
「そうかな。じゃぁもうちょっと頑張ろ」 

 私の言葉に頷くと、園部くんはまた真剣な顔つきでゆっくり慎重にきゅうりを切り始めた。

 その間にきゅうりを一本切り終えた私は、さらに生姜も細く千切りにする。

 切った材料をボウルに入れて水戻ししたワカメもそこに加えると、園部くんのきゅうりが切り終えられるのをしばらく待った。

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