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5.優しい雨予報
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しおりを挟む雨に濡れた翌日、私は熱を出して学校を休んだ。熱が下がったのはさらにその翌日で、2日ぶりの学校はなんとなく気が重かった。
登校して、下駄箱から上履きを取り出そうとしたとき、手の甲に何かがあたる。
腰よりも低い位置にある下駄箱の中を、普段はわざわざしゃがんでまで覗き込むことはない。
だけど、どうやら上履き以外のものが入っているようなので、少し警戒しながらその中を覗き込んでみた。
「あ」
高確率で嫌がらせだと思っていたから、そこに意外なものが入っていたことに思わず驚嘆の声が漏れる。
下駄箱の側面にぴったりとくっつくように置かれていたのは、2日前に佐尾くんが持って帰ったというピンクの折りたたみ傘だった。干して乾かしてくれたのか、傘は綺麗に折りたたまれている。
私が2日も休んでたから、下駄箱に入れてくれたのかな。
なんとなくだけど、佐尾くんなら直接傘を返してくれるんじゃないかと思っていた。
そのときに2日前の雨の日のことを謝まりたいたと考えていたから、当てが外れて、ちょっとガッカリする。
ため息を吐きながら、ピンクの折りたたみ傘と上履きを持って立ち上がったとき、タイミングよく、佐尾くんが登校してきた。
連れ立ってる友達はいなくて、彼ひとり。話しかけるなら、今がチャンスだ。
どんなふうに声をかけるべきかと頭の中でいろいろシミュレーションしていると、下駄箱まで歩いてきた佐尾くんと目が合う。
だけど、佐尾くんと目が合った途端に私の胸はそわそわとざわつき始め、彼に話しかけるどころか、あからさまにわかるくらいにはっきりと視線を逸らしてしまった。
これで、完全に声をかけるタイミングを失ってしまった……。
下駄箱の前の床に、佐尾くんの上履きがペタンと落ちる。すぐそばにいる彼の動きを耳で感じとりながら、私も自分の上履きを床に落とした。
もたもたと上履きに履き替えていると私の後ろを、佐尾くんが通り過ぎようとする。
「おはよ、西條さん」
身を硬くして佐尾くんが行き過ぎるのを待っていると、彼が一瞬だけ足を止めて私に声をかけてきた。
いつもと変わらない、佐尾くんの声。背後から聞こえてきたそれに、心を揺らしながら振り返る。そのときにはもう、佐尾くんは私に背を向けて、廊下を進み始めていた。
このまま佐尾くんの背中を見送れば、彼に話しかけるチャンスは永遠に失われるかもしれない。でも、声をかけるなら、まだギリギリ間に合う。
迷った末に、大きく息を吸い込む。
「お、おはよう。佐尾くん!」
勇気を振り絞って普段よりも大きな声を出したら、佐尾くんが立ち止まって、驚いたように振り返った。
私を見つめる佐尾くんの目が、大きく見開かれているのがわかる。その表情を見たら精一杯の勇気なんて一瞬にして萎んでしまった。
声をかけたことを後悔したけれど、自分から呼び止めた以上、ここで会話終了というわけにもいかない。
「あ、あの……傘を受け取ったので。どうもありがとう……」
視線をうろうろさせながら、とりあえず折りたたみ傘のお礼を伝えてみる。
そうしたら、佐尾くんが嬉しそうに思いきり破顔したから、目の前が急に眩しくなったような気がして、頭がクラクラした。
うつむいて前髪の上から額を押さえると、佐尾くんが大股で颯爽と近付いてくる。
佐尾くんの上履きの先が私のそれと数十センチ離れた距離で向かい合ったとき、頭上で彼の笑う声がした。
「よかった。しゃべってもらえて」
「え?」
そっと視線だけを上に向けると、佐尾くんが少し恥ずかしそうに私を見下ろして首筋を掻いた。
「西條さんが昨日も今日も学校来ないから、気になってた。俺のせいだったらどうしようかと思って……」
「風邪ひいちゃって……」
「そうだったんだ。大丈夫?」
「うん。もう平気」
「それならよかった」
そう言って笑ったあと、佐尾くんが急に黙り込んだ。
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