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3.雨上がりの放課後
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しおりを挟む「あ、そういえば……」
お互いに当たり障りのない近況は教え合ったあと、瑞穂ちゃんがふと何か思い出したように、目を瞬いた。
「和紗ちゃんて、確か佐尾くんと同じ高校に行ったんだよね?」
「う、ん……」
中学時代、瑞穂ちゃんが佐尾くんの名前を口にするのを何度も聞いてきたはずなのに。ひさしぶりに彼女が佐尾くんの名前を呼ぶのを聞いて、ドキリとする。
「和紗ちゃんて、今、佐尾くんと交流あるの?」
そこへ、畳みかけるように問いかけられて、さらにドキリとした。
「え、どうして?」
「少し前の雨の日に、この近所で佐尾くんが女の子と一緒に傘に入って歩いてるとこを見かけたから」
「そ、なんだ……」
「そうなの。雨で視界が悪かったけど、佐尾くんの横顔だけは遠目でもはっきりわかったんだ。さすが、中学時代に好きだっただけのことはあるでしょ?」
瑞穂ちゃんがそう言って、得意げに笑う。
「それでね、佐尾くんと一緒に傘に入って歩いてた女の子がなんとなく和紗ちゃんに似てたような気がしたんだけど……。違ったかな?」
瑞穂ちゃんが、私を見ながら小さく首を傾げる。その顔を見つめ返しながら、私はレジ袋を握る手に変な汗をかいていた。
瑞穂ちゃんの目撃情報が最近なのだとしたら、佐尾くんと一緒に傘に入っていたのはたぶん私だ。
だけど、素直に「そうだよ」と肯定していいものかどうか迷った。
中学時代の瑞穂ちゃんは、佐尾くんのことが本気で好きだった。卒業してから1年半は過ぎているのに、今でも遠目で佐尾くんの顔が認識できるということは、瑞穂ちゃんはまだ彼のことが好きなのかもしれない。
子猫の一件があってから、私と佐尾くんは雨の日に言葉を交わす程度には親しくなった。
私たちの間にやましいことはないけれど、私は中学時代に、瑞穂ちゃんから毎日のように恋愛相談を受けていたわけで……。
好きだった(もしかしたら今も好き)な人と、恋愛相談をしていた友達が雨の日に一緒に下校していたなんて知ったら、瑞穂ちゃんがどんな気持ちになるか──、そんなこと、考えるまでもなく、容易に想像がつく。
「んー、心当たりない……」
だから、咄嗟に嘘をついた。本当のことを言えば、瑞穂ちゃんに裏切り者だと思われるような気がして怖かったから。
「違ったんだ? よく似てるなぁと思ったんだけど、見間違いだったんだね。和紗ちゃんの高校の制服着てたし、一緒にいたのは彼女だったのかなー」
瑞穂ちゃんは、私のついた嘘を少しも疑わなかった。というよりは、疑うという概念すら浮かばなかったのだろう。
瑞穂ちゃんはきっと、目立たない私が佐尾くんと親しくなることなんて、地球が反転してもあり得ないことだと思っているはずだから。
「佐尾くん、高校でもやっぱりモテてる? バスケ部続けてるのかな」
「モテてる、けど。部活はやってないみたい」
「そうなんだー。残念」
今の私は、中学時代に瑞穂ちゃんが知らなかった佐尾くんのことを知っている。
膝の怪我で部活ができないことや、バスケ自体は同中の元部活メンバーと続けていること。
だけど、その情報をなんとなく教えたくなかったし、私が今、佐尾くんと同じクラスだということも言い出せなかった。
「もしまたどこかで佐尾くんのこと見かけたら、今度は声かけてみようかな」
笑いながらそんな発言をする瑞穂ちゃんは、中学時代よりも明るくて積極的だ。
中学のときは、「遠くから見てるだけで充分」と、佐尾くんのことを視線で追いかけるばかりだったのに。垢抜けて綺麗になった瑞穂ちゃんは、高校生になって自分に自信がついたのかもしれない。
今の瑞穂ちゃんなら、次に佐尾くんに会ったときに本当に声をかけてしまうかもしれない。
「瑞穂ちゃん、今でも佐尾くんのこと……」
つい気になって訊いてみると、瑞穂ちゃんが顔の前で手を振りながらクスクスと笑った。
「えー? 違う、違う」
きっぱりとした声でそう否定すると、瑞穂ちゃんが右手の甲を私に向かって見せつけてきた。
「高校に入って彼氏できたの。半年くらい付き合ってて、もう彼氏一筋だよ」
揃えて伸ばされた瑞穂ちゃんの右手の薬指には、彼女の華奢な指には若干ゴツすぎるように思えるシルバーの指輪が嵌っていた。垢抜けて綺麗になったのは、彼氏ができたからなんだ。
「そうなんだ。おめでとう」
おそらくペアだと思われる指輪を見せながら幸せそうに笑う瑞穂ちゃんを見ていると、自然と私の頬も緩む。
「じゃぁ、またね。今度遊ぼう」
しばらく世間話をしてから、私たちは社交辞令みたいな口約束をして、コンビニの前で別れた。
瑞穂ちゃんと別れてしばらく歩くと、佐尾くんの住むマンションが見えてきた。今度は足を止めたりしないように、意識的に早足になる。
「あれ? 西條さん?」
マンションのエントランス前を通過し終えたとき、背後から呼ぶ声がして、心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
足音が近づいてくるのを感じてゆっくりと振り返ると、そこには笑顔の佐尾くんがいた。
「買い物?」
佐尾くんが、私の手からぶら下がるコンビニのレジ袋に視線を投げる。
「うん、お使い頼まれて……」
「そうなんだ。俺も今からコンビニ行くところ」
「そっか。いってらっしゃい」
そう答えながら頭に思い浮かべたのは、瑞穂ちゃんの顔だった。
私と入れ違いでコンビニに入った瑞穂ちゃんは、まだ中にいるだろうか。もしまだコンビニに瑞穂ちゃんがいて、そこに佐尾くんがやってきたら……。
瑞穂ちゃんは言っていたとおり、佐尾くんに話しかけるのかな。彼氏一筋だと言っていたけど、かつて好きだった人と偶然の再会したら、少しくらいは心が揺れるんじゃないかな。
そんな考えがふつふつと胸に湧き上がってきて、なんとも言えない複雑な気持ちになる。その想いが顔に出ていたのか、佐尾くんが不思議そうに私のことを見ていた。
「西條さん? どうかした?」
名前を呼ばれてはっとする。
「うぅん、何も……」
急いで首を横に振ったら、佐尾くんが私に向かって手を振った。
「帰り道、気を付けて。また明日ね」
「また、明日」
ゆっくりと手を振り返すと、佐尾くんが私に微笑みかけてくる。その笑顔は、彼が背を向けて行ってしまったあとも残像となって、いつまでも私の瞼の裏に焼き付いていた。
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