フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏

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3.雨上がりの放課後

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 家に帰って翌日の英語の授業の予習をしていたら、お母さんが部屋のドアをノックした。

和紗かずさ。悪いんだけど、食パン買ってきてくれない? スーパーでもその辺のコンビニでも、どこだって構わないから。明日の朝の分、買い忘れちゃったのよ」

 財布を持って部屋に入ってきたお母さんが、そこから千円札を一枚抜いて私の勉強机の端に置く。

「キリがいいときでいいから。お願いね」

 お母さんは机の上に開かれた教科書とノートをチラリと見ながらそう言うと、すぐに忙しそうに出て行った。

「わかった」

 早足でキッチンに戻っていったお母さんに、私の声は届かない。ひとりごとみたいに部屋に響いた自分の声に苦笑いしながら、私は千円札を持って立ち上がった。

 パンを買うのに家から一番近いのは、佐尾くんの住むマンションのそばにあるコンビニだ。スーパーは少し遠いから、おつかいはコンビニで済ますことにした。

 自宅を出てふらふらと歩いていると、柵のある庭の前で茶太郎に威嚇するように吠えられた。

 佐尾くんにはあんなにおとなしく撫でられていたくせに。まるで別人みたいだ。犬だけど。

 そんなことを思いながら茶太郎の家の前を足早に通り過ぎて、曲がり角を左側に折れる。

 しばらく歩くと、佐尾くんの住むマンションが見えてきた。目的のコンビニは、それよりももう少し先にある。

 それなのに私は、佐尾くんの住むマンションの前で立ち止まって、無意識に上を振り仰いでいた。

 マンションの薄い灰色の壁を見上げながら、自分の無意識の行動に気付いてハッとする。

 私はいったい何をしてるんだろう。こんなところで立ち止まったって、佐尾くんが出てくるわけもないのに。

 マンションの壁を見上げながら無意識に思い浮かべていたのは佐尾くんの顔で……。そんな自分に、戸惑った。

 胸に湧き上がってくる妙な感情を掻き消すために、コンビニまでの残りの道のりを走る。

 コンビニに駆け込むと、パンコーナーの食パンを銘柄もろくに確認しないままに購入し、速足で店を出た。

「あれ? 和紗ちゃん?」

 食パンの入ったレジ袋を片手に自宅に向かって走り出そうとき、後ろから声をかけられた。聞き覚えのある懐かしい声に、駆け出すのをやめて振り返る。そこに立っていたのは、中3のときに佐尾くんに好意を持っていた友達だった。

瑞穂みずほちゃん……」

 同じ町内に住んでいるのに、彼女に会うのは中学を卒業して以来だ。

 高校に入学してすぐの頃はお互いにメッセージで近況を報告しあったりしていたけれど、元々大親友というわけでもなかったせいか、だんだんと疎遠になってしまったのだ。

「ひさしぶりだね! 元気だった?」

 微笑みながら駆け寄ってくる瑞穂ちゃんは、ほんのり髪を染めて、ナチュラルにメイクもしていて、中学時代のよりも随分と垢抜けていた。

「瑞穂ちゃん、感じ変わった。綺麗になったね」
「和紗ちゃんだって大人っぽくなってるよ」

 照れ臭そうに髪の毛の先を弄りながら、瑞穂ちゃんも私にも無難な褒め言葉を返してくれる。

「和紗ちゃん、ここのコンビニよく来るの? 意外と近所に住んでるのに、卒業してから全然会わなかったよね」
「そうだね」

 にこにこしながら世間話を続けようとする瑞穂ちゃんに、曖昧に頷く。

 中3のときの私と瑞穂ちゃんは、学校ではいつも一緒にいた。瑞穂ちゃんから恋愛相談を受けるくらいには仲が良かったけど、私たちが学校外で遊んだことは一度もない。

 お互いに連絡先は知っているから、会おうと思えば会うことだってできたはずだけど……。

 中学を卒業したあと、私たちはどちらも「会おう」と声をかけ合わなかったし、多分お互いにわざわざ予定を合わせてまで会う必要性を感じていなかった。

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