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3.雨上がりの放課後
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別れ道をふたりで一緒に左に曲がったあと、私と佐尾くんはなんとなくお互いに無言になった。
さっきまで中学時代のバスケ部の仲間のことを饒舌に話していた佐尾くんが急に何も話さなくなったせいで、隣を歩く私の緊張感が増す。
佐尾くんはもうちょっと一緒に歩きたいと言ってくれたけど……。こんなに沈黙でいいのだろうか。
気になるけど、私から佐尾くんに振れるような話題もない。遠回りをしたことを後悔してたら、どうしよう。
気になって、佐尾くんのことを横目で盗み見たら、彼は前を向いて涼しい顔で歩いていた。そのまま見ていると、私の視線に気付いた佐尾くんが、唇の端をきゅっと引き上げて笑いかけてくる。
盗み見していたことがバレて、かなり恥ずかしい。だけど、ちょうど自宅が見えてきたおかげで、なんとか気まずさは誤魔化せそうだった。
「うち、もうそこ……」
数メートル先に見えてきた、3階建ての白壁のアパートを指差して、足を止める。
そのとき、私たちが立ち止まったすぐそばの家から、威嚇するような犬の唸り声が聞こえてきた。見ると、その家で飼われている柴犬が、庭の柵の隙間から鼻先を突き出して唸りながら、私たちのことを警戒している。
「ごめんな。ここ、おまえの家の前なのに、長いこと立ち止まっちゃって」
佐尾くんがそう言って、庭の柵へとおもむろに歩み寄って行く。そんな彼に、犬はますます警戒して低く唸った。
「佐尾くん、あんまり近付かないほうがいいかも。その子、捨てられて保健所にいたんだって。半年くらい前に、この家の人が保健所からもらってきたらしいんだけど、そのせいもあってものすごく警戒心が強いの。ここのお家の人以外には懐かなくて、毎日顔を見る近所の人のことも警戒して、威嚇してる」
下手に近付いて、刺激しないほうがいい。
忠告のつもりで言ったのに、佐尾くんは私の言葉を無視してどんどん庭の柵に近付いていく。
「佐尾くん」
「西條さん、こいつの名前知ってる?」
唸りながら毛を逆立てている犬を不安な気持ちで見つめていると、佐尾くんが私に背中を向けたまま尋ねてきた。
「え、名前? 茶太郎……だったかな」
「へぇ。お前、茶太郎って言うんだ」
茶太郎に話しかける佐尾くんの髪が、ふわりと風に揺れた。
「辛い思いしたときの記憶が残ってるんだよな。でも、俺も西條さんもお前に危害を加えたりはしないよ」
優しい声で話しかけながら、佐尾くんが庭の柵を慎重にそっとつかむ。そのまま辛抱強く話しかけていたら、茶太郎も佐尾くんへの警戒心を少し解いたのか、それともしつこい彼の態度に諦めたのか。低く唸るのをやめて、佐尾くんと柵越しに向かい合った状態で、すとんと地面に腰を落とした。
目をつりあげて唸っている姿しか見たことのない茶太郎が、困ったような目をして佐尾くんを見つめている。その事実に、驚きを隠せない。
「少し撫でていい? お前、ふわふわで綺麗だなー」
そう言いながら、佐尾くんがついに柵の隙間から手を入れる。
それはさすがに……と思って止めようとしたら、茶太郎が背中に伸ばされた佐尾くんの手を無言で受け入れたから、さらに驚いた。
茶太郎が家の人たち以外に体を触らせているところを見るのは初めてだ。
まさか、茶太郎が家の人以外に警戒心を解くなんて……。
目を見開いて、さらにはぽっかりと口まで開けている私をよそに、佐尾くんが優しい声で茶太郎に話しかけ続ける。
最初は難しい顔でじっと耐えるように硬直していた茶太郎だったけど、そのうち佐尾くんに気を許したのか、その目を気怠そうに少し細めた。
「すごいね、手なづけちゃった……」
呆然とした声でつぶやくと、佐尾くんが笑った。
「いや、しつこいから仕方なくって感じじゃない?」
「それでもすごい」
「西條さんも触ってみたら? おとなしいよ。飼い主がよく世話してるんだろうな。毛並み、柔らかくてふわふわ」
佐尾くんがちょっと強めにガシガシと撫でると、茶太郎は迷惑そうに彼を見てから目を閉じた。その様子を見ていたら、触っても案外大丈夫なのかもと思えてくる。
躊躇いながらも庭の柵に近寄る。
佐尾くんに撫でられている茶太郎は、さっきまでの警戒モードとは打って変わって、リラックスしていて心地良さそうだった。
コクっと唾を飲み込んで、佐尾くんが差し込んでいるすぐ横の柵の隙間から手を伸ばす。
だけど、私がふわふわとした茶色の毛先に触れようとしたとき、それまで気持ち良さそうにしていた茶太郎が反射的に目を開けた。
驚いた私の手が、行き場を失って宙を彷徨う。
茶太郎はそんな私のことを冷たい目で一瞥すると、すっと立ち上がって庭の奥へと駆けて行った。ふわふわの尾を振りながら、庭の木陰に作られた小屋に駆けていく茶太郎を見つめて息を吐く。
「行っちゃった。やっぱり、佐尾くんだから触らせてくれたんだよ」
「ただの気分じゃない?」
落胆しながら柵の隙間から手を引き抜く私に、佐尾くんが慰めの言葉をくれる。
「きっと佐尾くんは、動物受けがいいんだよ」
「何それ」
「ショコラだって、たまに会っても私には素っ気ない」
「ショコラ?」
不思議そうに首を傾げた佐尾くんを見て、あの子の名前を彼に伝えていなかったことに気が付いた。
「話してなかったね。佐尾くんが助けた子猫の名前。従兄弟がつけたの」
「へぇ。あいつの名前、ショコラになったんだ? チョコレートみたいな濃い茶色の毛だったもんな」
ショコラの顔を思い浮かべているのか、佐尾くんが嬉しそうに頬を緩める。あの子を思って優しい笑顔を浮かべるその横顔に、胸が小さくざわめいた。
佐尾くんの明るい茶色の髪が、西に傾き始めた太陽の光に照らされて輝くのを見つめながら目を細める。
「きっと、ショコラも茶太郎も感じ取ったんだろうね。佐尾くんが優しいひとだって」
心に浮かんだことを思いのままに口にすると、佐尾くんがこっちを振り向いた。
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