14 / 37
3.雨上がりの放課後
5
しおりを挟む私がバスケ部での佐尾くんの活躍を知っているのは、仲の良かった友達がいつもうれしそうに彼のことを話していたからだ。でも、佐尾くんはバスケ部のなかでも目立っていたし、これくらいの情報なら他の同級生だってみんな知っていたと思う。
「たぶん、知らない人のほうが少ないよ。佐尾くん、高校ではバスケやらないの?」
今まで直接確かめたことはなかったけれど、雨の日も、今日も、帰宅部の私と同じ時間帯に下校しているところをみると、佐尾くんは高校では部活をやっていないんだろう。
バスケはもう辞めちゃったのかな。運動神経が良さそうだから、他の運動部でも充分活躍できそうなのに。
「できれば続けたかったんだけどね、実は俺、中学のときの引退試合前に膝の故障してて。最後の試合に無理して出たら、ちょっと悪くなっちゃったんだ」
佐尾くんが左膝を指さしながら、他人事みたいに明るく笑う。
「そ、なんだ……」
中学時代の佐尾くんのことは友達伝いにいろいろと知っていたけれど、足のケガのことは一度も聞いたことがない。
中3のときの引退試合にだって、ケガのことを誰にも悟らせずに出場していたはずだ。
佐尾くん目当てで毎回バスケ部の試合を見に行っていた私の友達が「引退試合でも佐尾くんの活躍がすごかった!」と、話していたくらいだから。
だけど本当は、明るい笑顔の裏に誰にも言えない辛さを抱えていたのかもしれない。
誰にだって人に触れられたくない傷があることは、私が一番よくわかっていたはずなのに。余計なことを言ってしまった……。
自己嫌悪に陥ってうつむいていると、佐尾くんが横から私の顔を覗き込んできた。
「そんな顔しないでよ」
「でも私……」
「中学のときみたいに部活で本気のバスケをやるのが難しいけど、遊びで軽く動いたり、体育で走ったりするのは全然平気だよ」
悲しい思いをしたのは絶対に佐尾くんのはずなのに。私を気遣って何でもないみたいに明るく声をかけてくれるから、胸が詰まって苦しくなる。
佐尾くんの周りにいつも人が集まるのは、きっと彼の見た目の良さのせいじゃない。誰に対しても、公平に優しいからだ。こんな、私なんかに対しても。
顔をあげると、佐尾くんがふわっと綺麗に笑いかけてくれる。
「高校では部活はしてないけど、ときどき元バスケ部メンバーで集まって、中学の体育館借りて軽く試合やったりとかはしてるよ。あと、たまにバスケ部に遊びに行って、後輩の練習みたりとか」
「へぇ」
その流れで、佐尾くんは元バスケ部の同級生たちのことをいろいろ話してくれた。
誰が今どうしてるだとか、誰が昔こんなことしてたとか。バスケ部の仲間の話をするときの佐尾くんは、とても楽しそうで生き生きとしていて。メンバーみんなの仲が良かったんだろうなということが想像できた。
佐尾くんの話を聞いているうちに、私たちはいつの間にか家の近くまで帰ってきていた。
このまま真っ直ぐ進めば佐尾くんの住むマンションが見えてくるけれど、私の家は、目前に見えてきた別れ道を左に曲がってしばらく歩いた場所にある。
雨の日は傘をさして佐尾くんの家まで一緒行くけれど、今日は晴れているから、わざわざ彼のことを家まで送る必要もない。
別れ道の手前で足を止めると、少し遅れて立ち止まった佐尾くんが、同時に話すのもやめた。
佐尾くんの話はとても楽しかったから、もっと聞いていたいような気もするけれど……。ここでさよなら、かな。
「じゃぁ、また」
手を振って別れようとしたら、佐尾くんが小さく首を横に振った。
「西條さんち、向こうだよね? 送ってく」
「え、でも……」
そんなことをしたら、佐尾くんが遠回りになってしまう。
断ろうと口を開きかけたら、それに気付いた佐尾くんが私を制止した。
「ちょっと待って。今断ろうとしてるでしょ?」
「だって、佐尾くんが遠回りになるし」
「大丈夫だよ」
「でも……」
反論の言葉を続けようとしたら、佐尾くんが私の唇にすっと人差し指を押しあててきた。少し熱い、彼の指先の温度にドキリとする。
咄嗟に身を引こうとしたら、佐尾くんが私の目をジッと覗き込むように見てきたから、金縛りにでもあったような感覚に襲われて退けなくなった。
「俺がもうちょっと西條さんと歩きたい気分なの。今日は雨じゃないし、傘の心配もいらない。俺が西條さんのことを送ってくのに、何か不都合でもある?」
「……」
黙り込んでいたら、佐尾くんが私に返事を催促するように首を横に傾げる。
「不都合、ある?」
「な、い……と思います」
佐尾くんの聞き方は、まるで誘導尋問だ。ボソリと小さな声で答えると、佐尾くんが嬉しそうに笑う。
「じゃぁ、行こ。そこ、曲がる?」
明るい声で笑いながら、佐尾くんが別れ道を指さす。方向を示す彼の人差し指が、つい一瞬前に私に触れたんだ。そう思うと、急に動悸がしてきた。
妙な胸騒ぎを沈めたくて、手のひらを前髪の上から何度も強く撫でつける。だけど動悸は治まるどころか、ドクドクと激しくなるばかりだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
My Angel -マイ・エンジェル-
甲斐てつろう
青春
逃げて、向き合って、そして始まる。
いくら頑張っても認めてもらえず全てを投げ出して現実逃避の旅に出る事を選んだ丈二。
道中で同じく現実に嫌気がさした麗奈と共に行く事になるが彼女は親に無断で家出をした未成年だった。
世間では誘拐事件と言われてしまい現実逃避の旅は過酷となって行く。
旅の果てに彼らの導く答えとは。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜
赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。
これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。
友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!
泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――
藤村げっげ
青春
「ボカロが薬になるって、おれたちで証明しよう」
高次脳機能障害と、メニエール病。
脳が壊れた女子高生と、難聴の薬剤師の物語。
ODして、まさか病院で幼馴染の「ぽめ兄」に再会するなんて。
薬のように効果的、クスリのように中毒的。
そんな音楽「サウンド・ドラッグ」。
薬剤師になったぽめ兄の裏の顔は、サウンド・ドラッグを目指すボカロPだった!
ボカロP、絵師、MIX師、そしてわたしのクラスメート。
出会いが出会いを呼び、一つの奇跡を紡いでいく。
(9/1 完結しました! 読んでくださった皆さま、ありがとうございました!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる