フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏

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3.雨上がりの放課後

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 5時間目の初めから降り出した雨は、午後の授業が終わる前には止み、どんよりと曇っていた空は、放課後には嘘みたいにすっきりと晴れていた。

 HRが終わったあとも、佐尾くんはクラスメートの男子たちや清水さんたちの女子グループと楽しそうに話している。

 今日こそはと思っていたけれど、今日もダメだ……。

 笑顔の佐尾くんを横目に、とぼとぼと教室を出る。

昇降口を出ると、雨上がりの太陽の光がぱっと顔に射してきた。眩しさに目を細めながら、スクールバッグの中のタオルを思ってため息を吐く。

 この調子だと、佐尾くんに借りたタオルは永遠に返せないかもしれない。

 どうしようか、と思い悩みながらスクールバッグの口を少し開いたとき、ふと、いい考えを思い浮かんだ。

 そうだ。別に、直接佐尾くんの顔を見て返す必要もないじゃないか。

 話す機会がないのなら、一筆添えて佐尾くんの靴箱にタオルを入れておけばいい。

 どうしてもっと早く思い付かなかったんだろう。

 そのことに気がついたら、一刻も早く重荷を下ろしてしまいたくなった。

 昇降口の端っこでスクールバッグを下ろすと、適当なノートの端を破く。

《ありがとうございました。》

 ノートの切れ端で作った長方形の小さなメモに、なるべく丁寧に心を込めた字を書いて、タオルとともに紙袋の中に入れる。周囲に人がいないタイミングを慎重に見計らうと、紙袋を佐尾くんの靴箱へと手早く突っ込んだ。

 きっと、私よりあとに学校を出る佐尾くんが気付いて持って帰ってくれるだろう。これでようやく気がかりがなくなった。

「あれ、西條さん?」

 けれど、ほっと息を吐いたのも束の間、背後から声をかけられた。

 周囲はよく確認したはずなのに……。

 ドキッとしながら振り向くと、そこには佐尾くんがいて。靴箱の前から不自然な動きで立ち去ろうとしている私を不思議そうな目でジッと見ている。

「あー、これ。この前の。こんなところにこそこそ入れずに、普通に手渡してくれればいいのに」
「こそこそってわけでは……」

 佐尾くんが笑いながら、靴箱から取り出した紙袋を自分のスクールバッグに突っ込む。彼が明るい笑顔を見せてくれたことにほっとする反面、胸に微妙な気まずさも残る。

 私だって、できれば直接返したかった。私なりに3日間は努力した。その結果、どうしても話しかけるタイミングが見つからなかった。

 そんな私の地味な葛藤なんて佐尾くんには到底理解してもらえないと思うけど、堂々と返せなかった分、お礼はきちんと言葉で伝えるべきなのかもしれない。

「あの、ありがとう。返すのが遅くなってごめんなさい」
「全然。わざわざ洗濯してもらってありがとう」

 佐尾くんに向かって小さく頭をさげると、今度こそ本当に肩の荷が降りた気がした。これで安心して家に帰れる。

「じゃぁ」
「あ、待って。西條さん」

 すっきりとした気持ちで佐尾くんのそばを立ち去ろうとすると、彼が私を呼び止めてきた。

 まだ何か?

 立ち止まって振り向くと、佐尾くんが私から視線をずらして、話すのを躊躇するように唇を震わせる。

 どうしたんだろう。

 呼び止められた理由がわからず、首を傾げていると、佐尾くんが遠慮がちに口を開いた。

「あの、さ、西條さん。よかったら、一緒に帰らない?」
「え?」

 びっくりして、思わず間の抜けた声が出る。

「あ、 他の人と約束ある? だったら無理にとは言わないんだけど」

 バカみたいに口を開いてぽかんとしていると、佐尾くんが顔の前で取り繕うように早口で付け加えた。

「約束、とかは特に……」

 高校生になってから、誰かと一緒に帰宅したことなんてない。学校の登下校は、基本的にひとりだ。雨の日に、佐尾くんに半ば強制的に一緒に帰らされる以外には。

 だけど今日は……。

 雨がやんで清々しいくらいに晴れた空を見遣る。

「今日、雨降ってないよ?」

 佐尾くんに私の傘は不要なはずだ。

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