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2.雨の月曜日
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しおりを挟む「ほんとごめん。深い意味はなくて、つい咄嗟に手が出たっていうか」
首の後ろに手をあてながら、佐尾くんが私から微妙に視線を外す。
私が険しい顔付きで黙っているせいか、佐尾くんの目線は哀しそうに、少しずつ下へと下がっていった。
男女問わず友達が多い佐尾くんは、きっと他人から強く拒絶された経験なんてほとんどないのだろう。
いつも鬱陶しいくらいに私に構ってくる佐尾くんが黙って俯いているのを見て、ひどく申し訳ない気持ちになった。
「私のほうこそ、ごめんなさい。でも、大丈夫だから」
「そっか、大丈夫ならよかった」
手のひらで前髪を押さえたままゆるりと首を振ると、佐尾くんが顔をあげて、ほっとしたように頬を緩めた。
「帰ろっか」
佐尾くんが、私の傘をまるで自分のもののように開いて、雨空に向かって高く掲げる。
花柄模様の傘は、佐尾くんには全く似合っていなかった。似合わな過ぎて、なんだかおかしい。似合わない傘をくるりくるりと回しながら私のことを待つ佐尾くんを見ていたら、前髪をきつく押さえつけていた手のひらの力が自然と緩んだ。
「西條さん、帰らないの?」
「帰る」
ゆっくりと歩み寄って、佐尾くんがさしてくれている傘の下に入る。
そういえば、今まで何度も一緒に帰っているのに、佐尾くんに傘をさしてもらうのは初めてだ。
自分がさすときは、佐尾くんが濡れないように気をつけながらも適度な距離を保って歩くことができるけど。逆の場合、どの程度の距離を保って歩けばいいんだろう。
「そんな離れてたら濡れるよ? もうちょっとこっち来たら?」
自分の傘なのに遠慮して端の方に入っていたら、佐尾くんに笑われた。
心持ち佐尾くんのほうにずれてみたけれど、それでも傘からはみ出した右腕とスクールバッグは雨に当たって濡れてしまう。
学校を出てからも、微妙な間隔を保ちながら佐尾くんの隣を歩いていると、不意に斜め上から視線を感じた。ちらっと視線をあげると、無表情の佐尾くんと目が合う。彼に真っ直ぐにじっと見つめられて、思わず心臓がドクンと跳ねた。
どうして、そんなにこっち見て……。
つい動揺して右肩にかけていたスクールバッグを引き寄せしまい、びしょ濡れのカバンを抱きしめた制服の胸元がじんわりと湿る。
焦って失敗した。
そっと息を吐くと、左の肩と腕にトンと何かがぶつかった。
反射的に顔をあげて左を向くと、佐尾くんの腕が私の腕とぴったり寄り添うくらいの距離にまで近づいていた。
びっくりして飛び跳ねるように距離をとろうとすると、佐尾くんが「あー」っと声をあげる。
「待って」
佐尾くんはそう言って、私が退いた分だけ横に距離を詰めてくる。そのせいで、佐尾くんの右腕と私の左腕がまた軽くぶつかる。ぎょっとして逃げ出そうとしたら、佐尾くんがものすごく遠慮がちに私の制服の袖を摘んで引っ張ってきた。
「濡れるから、もうちょいこっち」
ぽかんと口を開ける私を見て、佐尾くんが困ったように眉を寄せる。
「そんなにあからさまに避けられたら、結構傷つくんだけど。さっきから全然こっちに寄ってきてくれないし、西條さんが雨に濡れないようにするには俺が近寄るしかないじゃん?」
「私が雨に濡れないように、気にかけてくれてたの?」
瞬きしながら訊ねたら、佐尾くんが心外だとでも言いたげに顔をしかめた。
「当然じゃん。一緒に傘に入ってんだし」
佐尾くんが、花柄の傘をくるりと回して少しだけ持ち上げた。
「西條さんだって、そうでしょ? 傘持ってない俺のことを怒るわりに、俺が濡れないようにいつもうまく庇ってくれてるよね」
軽く首を傾げた佐尾くんが、にこりと笑いかけてくる。
「私は別に……」
素っ気ない態度をとってみたものの、内心では佐尾くんの言葉や仕草にものすごくドキドキしていた。雨に濡れた身体が冷たいのに、頬だけがひどく熱い。表情から動揺を悟られたくなくて、長い髪で横顔を隠すようにうつむく。
佐尾くんの言うとおり、彼を傘に入れてあげるときは私なりに地味な気遣いをしていた。
大嫌いな雨の日に、他人を傘に入れてあげるなんて面倒だけど、私のせいで風邪をひかせたりしたら申し訳ないから。
たとえば、風の吹いてくる向きに合わせて佐尾くんのほうに傘を傾けたりとか。背の高い彼が窮屈でないように、傘を持つ位置を高くしたりとか。
私がしていたのは、気付かれなくてもあたりまえくらいの地味な配慮。
だから、朝から雨が降っていても平気で傘を忘れてきてしまうような佐尾くんに、私の配慮がバレていたなんて思わなかった。
「濡れないようにさりげなく庇うのって難しいね。だから、俺からあんまり離れないで」
佐尾くんが、ダークブラウンの瞳を揺らしながら懇願するように見つめてくる。
鈍色の空から降ちてくる冷たい雨。ふたりで入った傘の下。私はただ、頷くよりほかなかった。
静かに頭を縦に揺らすと、佐尾くんがパッと晴れやかに笑う。
空にかかる雨雲を全て蹴散らしてしまえそうなくらいの明るい笑顔に、私の胸は妙に騒ついていた。
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