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2.雨の月曜日
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教卓に日誌を置いて教室を出ようとしたら、佐尾くんがガタガタと椅子の音を鳴らして、慌てて追いかけてきた。
「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ」
「佐尾くんこそ、ついてこないでください」
「冷たいなー、西條さん。途中までは帰り道が一緒なんだから、傘に入れてってよ」
「私じゃなくて、今朝入れてもらったお友達に頼めばいいんじゃないの?」
「わかってないなー、西條さん。俺は、西條さんの傘に入れてもらいたいの」
佐尾くんが私の前に回り込んで道を塞ぐ。
ふてくされたように唇を尖らせてこちらを見下ろす彼は、私よりも断然背が高いのに、まるで子どもみたいだ。
どうして佐尾くんは、雨の日にこんなふうに私に絡んでくるのだろう。
「西條さんの傘に入りたい」と。しつこく主張してくる佐尾くんを見上げながら、ふと思う。
あぁ、もしかして。
「佐尾くん、私の傘が気に入ってるの? それなら、佐尾くんにひとつあげようか?」
佐尾くんが雨の日に私に絡んでくる理由がずっとわからなかったけど……。佐尾くんの目的が文字通り「私の傘」なのだとしたら、今までの彼の行動にも納得がいく。
普段の雨の日に使う白地に小花柄の傘も、念のために毎日スクールバッグに忍ばせているピンクの折りたたみ傘も、どちらも女の子っぽいから佐尾くんには似合わない気がするけど。どっちが気に入ってるんだろう。
真面目に考えていたら、佐尾くんが眉根を寄せて、ため息を吐いた。
「俺、傘が欲しいわけじゃないんだけど……」
「え?」
「まぁ、いっか。帰ろ、西條さん」
「え、ちょっと佐尾くん……」
一緒に帰るなんて一言も言ってないのに、佐尾くんが私を促して歩き出す。
「あの、佐尾くん? 私、一緒に帰るなんてひとことも……」
佐尾くんの背中に戸惑い気味に声をかけると、彼が立ち止まって振り向いた。
「早く帰らないと、このあともっと雨脚強くなるって」
雨、ひどくなるのか……。それは困る。
無言で渋い表情を浮かべる私を見て、佐尾くんが愉しそうに笑いかけてくる。
「帰らないの?」
「帰る、けど……」
渋々と足を一歩踏み出すと、佐尾くんが跳ねるように前に飛び出して私の数歩前を歩いていく。私と違って、佐尾くんの足取りは驚くほどに軽やかだ。
いつも明るい佐尾くんは、雨の日だって普段と変わらず楽しそうだ。
ジメジメとした、暗い雨の日が楽しいなんて。佐尾くんの気が知れない。
目の前で彼の茶色の髪がふわふわと機嫌良さげに揺れれば揺れるほど、私の心は憂鬱になっていく。
上履きをずるずると引きずって歩きながら昇降口につくと、佐尾くんがさも当然という顔で、下駄箱のそばの傘立てから私の傘を引っ張り出した。
その様子に茫然としているあいだに、靴に履き替えた佐尾くんが先に昇降口から出て行ってしまう。
もし佐尾くんが私の傘を気に入っているのだとしたら……。このまま傘だけ攫われていってしまうかもしれない。
それは、困る。
「待って……」
走って追いかけようとした私は、昇降口を出てすぐのところで待ってくれていた佐尾くんに気付かず、彼の背中におでこから勢いよくぶつかった。
「いたっ……」
思わず悲鳴をあげると、佐尾くんが驚いた顔で振り返る。
「え、西條さん。大丈夫?」
私の激突は佐尾くんにとっても想定外のことだったらしい。ひどく慌てた様子で背を丸めた佐尾くんが、私と視線が合うくらいに姿勢を低くした。
「ごめんね」
心配そうに眉を寄せた佐尾くんが、私の額に手を伸ばす。その手が前髪を掻き上げるように触れそうになって、私は咄嗟に彼の手を叩き落とした。
「やめて!」
思っていた以上に大きな声が出てしまい、慌てて手のひらで口を塞ぐ。
一瞬だけ驚いたように大きく目を見開いた佐尾くんが、苦笑いを浮かべながら宙に浮いた手を気まずそうにゆっくり下げる。
「ごめん。いきなり触ろうとするとかキモいよな」
「…………」
気を遣って謝罪してくれた佐尾くんに、私はフォローの言葉すら口にできなかった。
触れられそうになった額を、真っ直ぐ分厚めにおろした前髪の上から手のひらで押さえつけながら、唇を噛む。
そもそも佐尾くんにぶつかってしまったは私の不注意だし、彼はただ心配してくれただけだ。それに対して私が示した拒絶反応は、どう見ても過剰だったと思う。
そのことは充分にわかっているし、佐尾くんに嫌な思いをさせたという自覚だってある。
それでも……。絶対に、何があっても、誰かに触れられるわけにはいかなかった。特に、額にだけは──。
「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ」
「佐尾くんこそ、ついてこないでください」
「冷たいなー、西條さん。途中までは帰り道が一緒なんだから、傘に入れてってよ」
「私じゃなくて、今朝入れてもらったお友達に頼めばいいんじゃないの?」
「わかってないなー、西條さん。俺は、西條さんの傘に入れてもらいたいの」
佐尾くんが私の前に回り込んで道を塞ぐ。
ふてくされたように唇を尖らせてこちらを見下ろす彼は、私よりも断然背が高いのに、まるで子どもみたいだ。
どうして佐尾くんは、雨の日にこんなふうに私に絡んでくるのだろう。
「西條さんの傘に入りたい」と。しつこく主張してくる佐尾くんを見上げながら、ふと思う。
あぁ、もしかして。
「佐尾くん、私の傘が気に入ってるの? それなら、佐尾くんにひとつあげようか?」
佐尾くんが雨の日に私に絡んでくる理由がずっとわからなかったけど……。佐尾くんの目的が文字通り「私の傘」なのだとしたら、今までの彼の行動にも納得がいく。
普段の雨の日に使う白地に小花柄の傘も、念のために毎日スクールバッグに忍ばせているピンクの折りたたみ傘も、どちらも女の子っぽいから佐尾くんには似合わない気がするけど。どっちが気に入ってるんだろう。
真面目に考えていたら、佐尾くんが眉根を寄せて、ため息を吐いた。
「俺、傘が欲しいわけじゃないんだけど……」
「え?」
「まぁ、いっか。帰ろ、西條さん」
「え、ちょっと佐尾くん……」
一緒に帰るなんて一言も言ってないのに、佐尾くんが私を促して歩き出す。
「あの、佐尾くん? 私、一緒に帰るなんてひとことも……」
佐尾くんの背中に戸惑い気味に声をかけると、彼が立ち止まって振り向いた。
「早く帰らないと、このあともっと雨脚強くなるって」
雨、ひどくなるのか……。それは困る。
無言で渋い表情を浮かべる私を見て、佐尾くんが愉しそうに笑いかけてくる。
「帰らないの?」
「帰る、けど……」
渋々と足を一歩踏み出すと、佐尾くんが跳ねるように前に飛び出して私の数歩前を歩いていく。私と違って、佐尾くんの足取りは驚くほどに軽やかだ。
いつも明るい佐尾くんは、雨の日だって普段と変わらず楽しそうだ。
ジメジメとした、暗い雨の日が楽しいなんて。佐尾くんの気が知れない。
目の前で彼の茶色の髪がふわふわと機嫌良さげに揺れれば揺れるほど、私の心は憂鬱になっていく。
上履きをずるずると引きずって歩きながら昇降口につくと、佐尾くんがさも当然という顔で、下駄箱のそばの傘立てから私の傘を引っ張り出した。
その様子に茫然としているあいだに、靴に履き替えた佐尾くんが先に昇降口から出て行ってしまう。
もし佐尾くんが私の傘を気に入っているのだとしたら……。このまま傘だけ攫われていってしまうかもしれない。
それは、困る。
「待って……」
走って追いかけようとした私は、昇降口を出てすぐのところで待ってくれていた佐尾くんに気付かず、彼の背中におでこから勢いよくぶつかった。
「いたっ……」
思わず悲鳴をあげると、佐尾くんが驚いた顔で振り返る。
「え、西條さん。大丈夫?」
私の激突は佐尾くんにとっても想定外のことだったらしい。ひどく慌てた様子で背を丸めた佐尾くんが、私と視線が合うくらいに姿勢を低くした。
「ごめんね」
心配そうに眉を寄せた佐尾くんが、私の額に手を伸ばす。その手が前髪を掻き上げるように触れそうになって、私は咄嗟に彼の手を叩き落とした。
「やめて!」
思っていた以上に大きな声が出てしまい、慌てて手のひらで口を塞ぐ。
一瞬だけ驚いたように大きく目を見開いた佐尾くんが、苦笑いを浮かべながら宙に浮いた手を気まずそうにゆっくり下げる。
「ごめん。いきなり触ろうとするとかキモいよな」
「…………」
気を遣って謝罪してくれた佐尾くんに、私はフォローの言葉すら口にできなかった。
触れられそうになった額を、真っ直ぐ分厚めにおろした前髪の上から手のひらで押さえつけながら、唇を噛む。
そもそも佐尾くんにぶつかってしまったは私の不注意だし、彼はただ心配してくれただけだ。それに対して私が示した拒絶反応は、どう見ても過剰だったと思う。
そのことは充分にわかっているし、佐尾くんに嫌な思いをさせたという自覚だってある。
それでも……。絶対に、何があっても、誰かに触れられるわけにはいかなかった。特に、額にだけは──。
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