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1.雨の中の子猫
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「ありがとう、西條さん。助かった!」
佐尾くんの住むマンションの前につくと、彼が私に明るく笑いかけてきた。
「これから、雨予報のときはちゃんと傘持ってきて」
「うん。わかってるんだけど、俺、傘ないんだよね。あいつにあげちゃったから」
傘の下からエントランスの軒先へと飛び跳ねるように移動した佐尾くんが、私を振り向きながら、いつもと同じセリフと笑顔を返してくる。
「ないなら、新しいものを買ってもらうとか。あとは自分でビニール傘を買うとか。色々方法はあると思うんだけど……」
「そうだよなー。次までにはちゃんと用意しとくから大丈夫」
そう言って佐尾くんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
だけど私は、佐尾くんが雨予報の日に傘を持って来ないのはなんとなく確信犯のような気もしていた。
「もう、次からは入れないから」
「わかってる、わかってる」
私の話を聞き流して軽く受け答えする佐尾くんが、本当にわかってくれているのかはかなり怪しい。
「じゃぁ……」
佐尾くんの身長に合わせて高い位置で持っていた傘を、私の身長に合う自然な位置まで戻す。傘に遮られて佐尾くんの顔が見えなくなると、緊張が解れたのか妙にほっとした。
しとしとと降る雨の中を、自宅に向かって歩き出そうとしたとき。
「西條さん。あいつ、元気?」
佐尾くんが唐突に尋ねてきた。
私との会話の中で彼が指す「あいつ」は、あの子のことしかあり得ない。
あの雨の日。私と佐尾くんが初めて言葉を交わすきっかけを作った、あの子猫のことだ。
「元気だよ。この前会ってきた」
「へぇ、いいな」
従兄弟の動物病院に子猫を預けてから二週間、佐尾くんは飼い主探しに奔走していた。
できたら友達をあたってみてほしいと、私も何度も頼まれたけど……。生憎私には、拾ってきた子猫の里親をお願いできるほど仲の良い知り合いがいない。
結局、従兄弟と約束した2週間が過ぎても子猫の飼い主は見つからず。落ち込む佐尾くんを連れて再び動物病院を訪れると、事情を知った私の従兄弟が子猫の里親になると申し出てくれた。
「今度あいつに会ったら、写真撮って送ってよ」
別れ際、笑って手を振る佐尾くんに社交辞令的に頷く。
「じゃぁ、また明日」
手を振りながらエントランスの奥へと消える佐尾くんに、私も軽く手を振り返した。
ひとりで入る傘はゆったりとしていて、佐尾くんとふたりのときよりずっと落ち着く。
同じ中学出身とはいえ、教室の端で一人きりで時間をやり過ごしていることの多い私と、教室の中心で常にクラスメートに取り囲まれている佐尾くんが学校で関わりあうことなんて、これまでほとんどなかった。
それなのに……。子猫を拾って以降、佐尾くんは雨の日の放課後に私に話しかけてきて、私の傘に入って帰りたがる。
華やかでキラキラした印象の佐尾くんが私と相合い傘したって、ちっともつりあわない。誰もがきっとそう思っているはずなのに。
わざわざ私なんかに声をかけてくる佐尾くんは、理解不能だ。
湿気を孕んだ空気が、素肌に纏わりついてくる。小さく身震いすると、私は自宅に向かって歩を速めた。
佐尾くんのことは無事に送り届けたし、あとはもう、1秒でも早く家に帰りたい。
雨の日なんて、大嫌いだ。
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