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Ⅴ
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しおりを挟む卒業式の日は、暖かく穏やかな春らしい晴天だった。
受験でしばらく学校に来ていなかったから、クラスメートたちと顔を合わせるのはひさしぶりだ。
仲良しの友達やそうでもないクラスメートと、最後だからとわいわい騒いだあと、ばっちり正装した担任の先生に連れられて体育館へと向かう。
体育館では、すでに保護者や在校生が席についていて、三月までの非常勤として入ってきた音楽の先生のピアノ演奏に合わせて、卒業生が入場する。
一度も授業を受けたことのない音楽の先生の弾く『威風堂々』を聞いて歩きながら、この曲を弾くのが要先生だったらよかったのにと強く思った。
私たち卒業生が席に着くと、開式の言葉で式が始まる。
校歌斉唱、卒業証書授与、校長先生の祝辞……と。粛々とした雰囲気の中で、卒業式が進行していく。
在校生からのお祝いの言葉が終わり、司会の先生がマイクの前に立つ。
「卒業生よりお別れの言葉」
司会の先生のピリッと引き締まった声が体育館に響き、卒業生代表の沖田くんが席を立つ。
背筋を伸ばして、マイクの前へと颯爽と歩いていく沖田くん。その背中をしばらく見つめてから、私も静かにピアノの前へと移動した。
私たち卒業生が『旅立ちの日へ』を歌うのは、沖田くんの答辞のあとなのだ。
音を立てないように、グランドピアノの椅子に座ると、体育館の来賓席と職員席を確認する。何度か確かめたけれど、職員用の席はひとつだけ空いていて、そこに要先生の姿はなかった。
やっぱり、卒業式には出席しないんだな……。
最後の演奏は、要先生にも聞いてもらいたかったのに。
膝に置いた手をそっと握りしめると、マイクのスイッチが入る音がして、沖田くんが話し始めた。
「厳しかった寒さも日ごとに和らぎ、あたたかな春の訪れを感じさせる季節になりました。本日は僕たちのために心温まる卒業式を挙行していただきありがとうございます」
沖田くんの張りのあるはっきりとした声が、マイクを通して体育館に響く。
沖田くんは一組の出席番号一番だからだと顔を顰めていたけれど、彼の声はよく通って聞きやすく、卒業生代表としてふさわしい。
入学したときのこと、修学旅行や体育祭での思い出。沖田くんが、高校三年間で体験してきたことを話すのを聞きながら、私がピアノの前で思い起こすのは要先生のことだった。
初めての音楽の授業で音楽室に現れた先生がイケメンすぎてびっくりしたこと。歌う声が綺麗で感動したこと。
授業中、先生のことをこっそり眺めるだけだった日々。
卒業式のピアノ伴奏者に選ばれてから、音楽室で過ごした先生との特別な時間。
私の高校生活の中心にあったのはずっと、要先生への「好き」の気持ち。
泣きそうになるのを堪えながら唇に力を入れたとき、高校生活の思い出を語っていた沖田くんの口調が少し変わる。
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