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11.事実と事情
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◇◇◇
『森ちゃんが、同じクラスの今西 成美に嫌がらせされてるらしい』
そんな噂が私の耳に届いたのは、それから一週間後のことだった。
森ちゃんがナルに嫌がらせされている。その噂は事の真偽がわからないまま、学年中に静かに流れていった。
噂を聞いて慌てて森ちゃんと話そうと思ったけど、それから彼女はますます学校に来る日数が減ってしまって。きちんと話ができないままに、高一の冬休み前から完全に不登校になってしまった。
私が何も知らずに無神経なことを言ったから……。
森ちゃんが学校に来なくなったのには、私にも一因があるような気がして仕方ない。
なんとか森ちゃんと話がしたくて何度かラインしたけど、既読にはなっても返事が来ない。
ナルに真相を確かめようと何度か教室まで行ったけど、彼女を取り巻く友人たちに邪魔をされたり、彼女自身にそっけない態度を取られて全く話せなかった。
私に話しかけてきたあのときのナルだけが別人だったのかと思うくらいだ。
そうして何も話せないままでいるうちに冬休みに入って、高校一年の三学期が始まった。
三学期が始まってすぐのある日。同じ部活の同級生から、「森ちゃんがひさしぶりに登校してきたいるらしい」というラインが届いた。
休み時間に慌てて教室を飛び出して、一フロア上の森ちゃんのクラスまで走って行こうとしたら、階段の途中で、荷物を持った彼女が震えながら立ちすくんでいた。
異様に震える彼女の横を、ナルと彼女の数人の友達が笑いながらゆっくり通り過ぎようとしている。
「誰ー? 誰だか知らないけど、そこに突っ立ってたら邪魔なんだけど」
嘲るように笑ってそう言ったナルが、明らかにわざと森ちゃんの肩にぶつかる。
怯えて震える森ちゃんの手から、持っていたスクールバッグが離れて落ちて。それが、私の足元まで、階段を滑り降りてきた。
スクールバッグを落とした森ちゃんは、俯いて足先だけをじっと見ていて。ナルたちはその姿を見て可笑しそうに笑っていた。
このときに、私は既に周りからの噂でいろいろ知っていたけど。ナルたちの森ちゃんへの嫌がらせは他にももっと酷かったらしい。
教科書や体操服などのものがなくなったり、机の中に画鋲や腐った食べ物などのゴミが入っていたり。部活用のジャージを隠して捨てたり、試合用の背番号が入った部活のユニフォームが破られていたり。
だから森ちゃんは、だんだん部活にも学校にも来れなくなったんだ。そう思ったら、ナルのことが許せなかった。
さらにはその嫌がらせのきっかけが、クラスの行事のときに、森ちゃんがナルを凌いで目立つようなことをしたからだというから。小学校のときのまま、何の成長もしていないナルにどうしようもなく怒りが湧いた。
腹が立って仕方なくて、森ちゃんのカバンをつかんでナルに向かって怒りに任せて突進する。
「ナル、あんた何してんの?」
肩を怒らせて立つ私を見たナルは、驚いたように少し目を見開いて、それからすぐに鼻で笑った。
「何怒ってるの、友。その子が勝手にカバンを手から離しただけじゃん」
「それは、ナルが森ちゃんにぶつかったからだよね?」
「そうだっけ?」
惚けたように振り返ったナルを見て、彼女の友達数人が笑いながら肩を竦める。
「みんなは違うって言ってるみたいだけど」
ナルのスカした態度は、私をさらに苛立たせた。
「そんなことない。私はナルが森ちゃんのことを押すのを見てたよ」
「ふーん。友の発言を証明してくれる人は、ほかにいるの?」
「いるよ。絶対、私以外にも見てたし。森ちゃん本人が、押されたって証言できる」
意気込んで振り向いたけど、森ちゃんは肩を震わしながら俯いていた。
他に頼りになりそうな人を探して視線を巡らせたけれど、みんな素知らぬ顔で私とは目を合わそうとしない。それを見たナルがまた、私のことを鼻で笑った。
「証言できる人はいないみたいだけど?」
「そんなことない! だって、私、噂で聞いたんだよ? ナルたちが森ちゃんに嫌がらせしてるって。森ちゃんが部活も学校も来れなくなったのは、あんたたちに原因があるんでしょ?」
興奮気味に話す私を、ナルが冷めた目で見つめた。
「だからさ、友。その噂が本当だって証拠はどこかにあるの? あんたは実際に、私たちがその子に嫌がらせしてるとこでも見たの? 録画とか録音とか、そういうので証拠でも押さえてるわけ?」
それを言われたら、何も答えられなかった。黙り込んでしまった私を見てナルが嘲笑する。
「私、昔からずーっと思ってたんだけどさ、何でも自分だけが全部正しいみたいに人のこと責めてくるあんたのそういうところ、大っ嫌い。ほんとウザい」
ナルの言葉をもっと冷静に受け止めていたら、違った未来が待っていたのかもしれない。
でも、ナルの言葉に私は一瞬理性を失って、カーッと頭に血を昇らせてしまった。
自分がしていることのほうが正しいと、そんなふうに思ってしまった。
「森ちゃんに謝って」
つぶやく私の声を無視して、ナルが笑いながら通り過ぎていく。
「謝って、って言ってるの!」
振り向いてナルのことを引き止めようとした手が、勢い余って彼女の肩を強く押してしまう。
階段でよろけたナルと、そばにいた彼女の友人たちが、「あ」と焦ったように小さな声をあげた。
咄嗟のできごとに身動きが取れずにいる私や他の子たちの前で、バランスを崩したナルが大きく目を見開く。
声にならない悲鳴をあげながらこっちに向かって手を伸ばしたナルが、背をそらすように後ろに落ちていった。
ナルが床に落ちる鈍い音とともに、周りで叫び声にも似た悲鳴がいくつもあがって。倒れたナルの周りに友達や周りにいた生徒たちが集まる。
私は自分がしてしまったことへの恐ろしさで、その場に立ち尽くしたまま全身で震えていた。
そっと振り向くと、森ちゃんが感情のない目で私をジッと見つめていた。
その日のそのあとの記憶は、頭が真っ白になってしまってほとんどあやふやだ。
だけど、私を見つめていた森ちゃんの冷たい瞳だけはずっと記憶の中に残ったままでいる。
『森ちゃんが、同じクラスの今西 成美に嫌がらせされてるらしい』
そんな噂が私の耳に届いたのは、それから一週間後のことだった。
森ちゃんがナルに嫌がらせされている。その噂は事の真偽がわからないまま、学年中に静かに流れていった。
噂を聞いて慌てて森ちゃんと話そうと思ったけど、それから彼女はますます学校に来る日数が減ってしまって。きちんと話ができないままに、高一の冬休み前から完全に不登校になってしまった。
私が何も知らずに無神経なことを言ったから……。
森ちゃんが学校に来なくなったのには、私にも一因があるような気がして仕方ない。
なんとか森ちゃんと話がしたくて何度かラインしたけど、既読にはなっても返事が来ない。
ナルに真相を確かめようと何度か教室まで行ったけど、彼女を取り巻く友人たちに邪魔をされたり、彼女自身にそっけない態度を取られて全く話せなかった。
私に話しかけてきたあのときのナルだけが別人だったのかと思うくらいだ。
そうして何も話せないままでいるうちに冬休みに入って、高校一年の三学期が始まった。
三学期が始まってすぐのある日。同じ部活の同級生から、「森ちゃんがひさしぶりに登校してきたいるらしい」というラインが届いた。
休み時間に慌てて教室を飛び出して、一フロア上の森ちゃんのクラスまで走って行こうとしたら、階段の途中で、荷物を持った彼女が震えながら立ちすくんでいた。
異様に震える彼女の横を、ナルと彼女の数人の友達が笑いながらゆっくり通り過ぎようとしている。
「誰ー? 誰だか知らないけど、そこに突っ立ってたら邪魔なんだけど」
嘲るように笑ってそう言ったナルが、明らかにわざと森ちゃんの肩にぶつかる。
怯えて震える森ちゃんの手から、持っていたスクールバッグが離れて落ちて。それが、私の足元まで、階段を滑り降りてきた。
スクールバッグを落とした森ちゃんは、俯いて足先だけをじっと見ていて。ナルたちはその姿を見て可笑しそうに笑っていた。
このときに、私は既に周りからの噂でいろいろ知っていたけど。ナルたちの森ちゃんへの嫌がらせは他にももっと酷かったらしい。
教科書や体操服などのものがなくなったり、机の中に画鋲や腐った食べ物などのゴミが入っていたり。部活用のジャージを隠して捨てたり、試合用の背番号が入った部活のユニフォームが破られていたり。
だから森ちゃんは、だんだん部活にも学校にも来れなくなったんだ。そう思ったら、ナルのことが許せなかった。
さらにはその嫌がらせのきっかけが、クラスの行事のときに、森ちゃんがナルを凌いで目立つようなことをしたからだというから。小学校のときのまま、何の成長もしていないナルにどうしようもなく怒りが湧いた。
腹が立って仕方なくて、森ちゃんのカバンをつかんでナルに向かって怒りに任せて突進する。
「ナル、あんた何してんの?」
肩を怒らせて立つ私を見たナルは、驚いたように少し目を見開いて、それからすぐに鼻で笑った。
「何怒ってるの、友。その子が勝手にカバンを手から離しただけじゃん」
「それは、ナルが森ちゃんにぶつかったからだよね?」
「そうだっけ?」
惚けたように振り返ったナルを見て、彼女の友達数人が笑いながら肩を竦める。
「みんなは違うって言ってるみたいだけど」
ナルのスカした態度は、私をさらに苛立たせた。
「そんなことない。私はナルが森ちゃんのことを押すのを見てたよ」
「ふーん。友の発言を証明してくれる人は、ほかにいるの?」
「いるよ。絶対、私以外にも見てたし。森ちゃん本人が、押されたって証言できる」
意気込んで振り向いたけど、森ちゃんは肩を震わしながら俯いていた。
他に頼りになりそうな人を探して視線を巡らせたけれど、みんな素知らぬ顔で私とは目を合わそうとしない。それを見たナルがまた、私のことを鼻で笑った。
「証言できる人はいないみたいだけど?」
「そんなことない! だって、私、噂で聞いたんだよ? ナルたちが森ちゃんに嫌がらせしてるって。森ちゃんが部活も学校も来れなくなったのは、あんたたちに原因があるんでしょ?」
興奮気味に話す私を、ナルが冷めた目で見つめた。
「だからさ、友。その噂が本当だって証拠はどこかにあるの? あんたは実際に、私たちがその子に嫌がらせしてるとこでも見たの? 録画とか録音とか、そういうので証拠でも押さえてるわけ?」
それを言われたら、何も答えられなかった。黙り込んでしまった私を見てナルが嘲笑する。
「私、昔からずーっと思ってたんだけどさ、何でも自分だけが全部正しいみたいに人のこと責めてくるあんたのそういうところ、大っ嫌い。ほんとウザい」
ナルの言葉をもっと冷静に受け止めていたら、違った未来が待っていたのかもしれない。
でも、ナルの言葉に私は一瞬理性を失って、カーッと頭に血を昇らせてしまった。
自分がしていることのほうが正しいと、そんなふうに思ってしまった。
「森ちゃんに謝って」
つぶやく私の声を無視して、ナルが笑いながら通り過ぎていく。
「謝って、って言ってるの!」
振り向いてナルのことを引き止めようとした手が、勢い余って彼女の肩を強く押してしまう。
階段でよろけたナルと、そばにいた彼女の友人たちが、「あ」と焦ったように小さな声をあげた。
咄嗟のできごとに身動きが取れずにいる私や他の子たちの前で、バランスを崩したナルが大きく目を見開く。
声にならない悲鳴をあげながらこっちに向かって手を伸ばしたナルが、背をそらすように後ろに落ちていった。
ナルが床に落ちる鈍い音とともに、周りで叫び声にも似た悲鳴がいくつもあがって。倒れたナルの周りに友達や周りにいた生徒たちが集まる。
私は自分がしてしまったことへの恐ろしさで、その場に立ち尽くしたまま全身で震えていた。
そっと振り向くと、森ちゃんが感情のない目で私をジッと見つめていた。
その日のそのあとの記憶は、頭が真っ白になってしまってほとんどあやふやだ。
だけど、私を見つめていた森ちゃんの冷たい瞳だけはずっと記憶の中に残ったままでいる。
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