青春ヒロイズム

月ヶ瀬 杏

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11.事実と事情

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 私の周囲に不穏な空気が漂い始めたのは、高校一年の夏休み明けだった。

 同じバレー部に所属していて、中等部のときから仲が良かった森ちゃんが、あまり笑わなくなった。

 森ちゃんは周りに気配りができる優しい子で、笑うと目尻が垂れるのが可愛い。出会った頃から笑顔でいることが多かった森ちゃんがあまり笑わなくなったことを心配していたら、そのうち彼女が部活を休みがちになった。

 最初は週一で休んでいたのが、週二、週三と休むようになり。ついには、週一回部活に顔を出すか出さないかというくらい休むようになってしまった。

 心配になって理由を聞いたら、「体調不良で放課後部活に行く元気が湧かないの」と苦く笑う。

 そのときの森ちゃんは、確かに少し顔色が悪かった。それに、以前より痩せたような気もした。

 だが、体調不良だと言う割には学校には毎日来ているし、どうやら体育の授業には参加している。それなのに、部活にだけは参加しない。

 部活の先輩や同級生たちは森ちゃんを心配する一方で、彼女がただサボっているだけなんじゃないかと影で悪く言ったり非難したりもしていた。

 そのうち、週に一回来るか来ないかの森ちゃんを退部させたほうがいいんじゃないかと言う話が部活内で持ち上がり始めた。

 だけど森ちゃんは、理由もなくずる休みするような子じゃない。私は森ちゃんが部活に来ないのは、何かワケがあるはずだと思っていた。

 高一になってからはクラスが別れてしまったけれど、中学から森ちゃんと付き合いがある私は、彼女のことを悪く言う先輩や同級生たちによく盾ついていた。

 そのことで少し煙たがられているのはわかっていたけど、何も知らないくせに私の友達を一方的に悪く言われるのは気に入らない。それに、森ちゃん本人がいないところで彼女に退部を促そうとするのにも納得がいかない。

 部活内では、顧問を交えた森ちゃん抜きの話し合いが何度かあって。退部のほうに話を持っていこうとする先輩たちに、主に私が猛反対をして、森ちゃんのことは「しばらく休部」扱いにするというカタチでなんとか落ち着いた。

 その頃、森ちゃんは部活どころか学校も休みがちになっていた。

 登校してきたと思っても、遅刻していたり、保健室に行ったり、早退してしまったり。本当に体調が良くないみたいで心配だった。

 部活内の会議で森ちゃんの休部が認められた翌日。そのことを報告しようと思って森ちゃんのクラスに行ったら、彼女は教室にいなかった。

 近くにいた森ちゃんのクラスメートに所在を訊ねたら、その子が「たぶん、保健室じゃないかな?」とちょっと気まずそうに小声で教えてくれた。

 その子は私に森ちゃんのことを話すときに、ずっとどこかを気にするようにチラチラと見ていた。

 さりげなく視線の先を追うと、そこには友達数人で集まって大きな声で話すナルがいた。


 森ちゃん、ナルと同じクラスだったんだ……。

 小学校を卒業して以来、私とナルは全く話していない。

 中等部では一度も同じクラスにならなかったし、たまに廊下ですれ違っても、ナルのほうがあからさまに私を避けていた。

 本当はもっと偏差値が高い学校を目指していただけあって、ナルの成績は定期テストの度に毎回トップから十位以内。

 掲示板に張り出される成績表で彼女の名前を見るたびに、相変わらずだなぁと思っていたけれど。目立つ女の子たちとグループを作って教室の中心で騒ぐ姿も、彼女の小学校のときの印象に近くて、やっぱり相変わらずだなぁと思った。

 なんとなくしばらく見ていると、ナルが私の視線に気付く。

 あ、ヤバい。意味もなく、ナルのこと観察しちゃった。

 気まずさを感じながらも、いつもどおり知らないフリをして去ろうとすると、なんの気紛れか、ナルが私を呼び止めてきた。


「友、ひさしぶり。どうしたのー?」

 ナルがそう言うと、彼女の周りにいた友人たちがおしゃべりをやめて一斉に私のほうを見る。ナルの声に、私がさっき森ちゃんのことを訊いた子がやや怯えたように肩を揺らした。

 あとで考えてみたらその子の態度は明らかにおかしかったのに、ナルの言葉で一斉に私のことを見た彼女の友人たちの雰囲気のほうが異様で、その子のことはあまり印象に残らなかった。


「同じ学校だけど、あんまり会わないよね。友、何組?」

「三組だけど……」

「そうなんだ。私が中学のときに仲良かった子も、ひとり三組だよ」

「そっか……」

 小学校を卒業後して以来、もう三年近くも言葉を交わしていないナルに、突然親しげに声をかけられて戸惑う。

 無視して去ることもできなくて困っていると、ナルが友達グループから抜けて、私のほうに歩み寄ってきた。

「ねぇ、友って、小学校のときの友達の誰かと今も連絡とってる?」

 警戒して微妙な表情の私に、ナルがにこりと笑いかけてくる。その笑顔が、まだ仲が良かった小学校のときの彼女のそれと重なった。


「ユリのこと覚えてる? 私ね、この前偶然、駅前でユリに会ったんだ」

 これまでお互いに目も合わせていなかったことが嘘みたいに、ナルが親しげに話を続ける。そんな彼女が口にしたのは、私も小学校六年生のときに仲が良かった同級生の名前だった。


「うん、覚えてるよ」

 戸惑い気味に頷く私に対して、ナルは笑顔を崩さない。


「よかった。ユリと話してたら、小学校のときのことが懐かしくなっちゃって。六年のときに仲良かったメンバーで集まりたいね、って話になったの」

「そうなんだ。楽しそうだね……」

 イマイチ、ナルに対する違和感と警戒心を解けないでいると、彼女が制服のポケットからスマホを取り出した。


「よかったら、友のラインのID教えてよ。みんなで集まる計画たてるのに、連絡取りたい」

 私にスマホを見せながら、ナルが昔のように私に笑いかけてくる。

 どういうこと? ナルは私と長いこと目も合わせていないことを忘れたの? 

 元々先に無視し始めたのはナルだったから、急な彼女の言動の変化に戸惑いを隠せない。

「あぁ。しばらく話してなかったのに、急に馴れ馴れしくされても困るよね。だけど、仲直りはしたいなーってずっと思ってたんだ。中学受験前は私も思うように成績が上がらなくて苛立ってて……。友に嫌な思いさせてごめんね」

 ナルがそう言って、気まずそうに笑う。

 この三年分の不審感が完全に拭えたわけではなかったけれど、その笑顔と言葉に私の警戒が少しずつ解けていった。

 元々は小さなきっかけから拗れただけなのだから、もし昔みたいに話せるようになるなら、それはそれで悪くない。

 そう思った私は、スマホを出すとナルとラインのIDを交換した。
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