青春ヒロイズム

月ヶ瀬 杏

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8.過去のすれ違い

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 小学校の卒業式前日。登校すると、星野くんの机の中に一通の手紙が紛れ込んでいたそうだ。

 桜色の封筒に書かれていた差し出し人の名前は、深谷 友。クラスの学級委員をやっていて、何かと口煩く星野くんを含めた男子を注意してくる女子。

 幼稚園からの顔見知りではあるけど、仲は良くも悪くもない。星野くんにとってそんな存在だった私が机に入れたと思われる封筒の中には、一枚の手紙が入っていた。


『話したいことがあるから、放課後、体育館の裏に来てください』

 それを見た星野くんが何を思ったのかまでは話してくれなかったけど、ともかく彼はその手紙に書かれていたとおりに放課後に指定の場所に来てくれた。

 だけど、体育館裏には誰もいない。そのまますぐ帰ったって良かったのに、星野くんは私が来るかもしれないと思ってしばらく待っていてくれたそうだ。

 二十分、三十分と待っても私は姿を現さない。さすがにもう帰ろうと思ったとき、突然木の陰からスマホカメラのシャッター音がした。

 驚く星野くんの前に姿を現したのは、私ではなくてナルだった。

『星野くん、可哀想。友に騙されちゃったね。友、いつも悪さしてばっかりの男子たちの中でも、あんたのことが特に大っ嫌いなんだって。だから、卒業して離れる前にあんたのことを嵌めてやりたかったらしいよ。この写真も友に撮ってくるように頼まれたんだ。だから、どれだけ待っても友は来ないよ。ねえ、告白かもって少しは期待した?」

 ナルは、スマホで撮影した、気の抜けた表情の星野くんの写真を見せながら、ちょっと意地悪く笑ってそう言ったらしい。


「深谷は何かある度に俺ら……、特に俺に対してよく突っかかってきて、そんないい印象はなかったし、正直ちょっとウザいとか思うときもあったけど。人のことハメたりとか、そういう陰湿なことするやつではないと思ってたから、マジでムカついた」

 初めて耳にする星野くんの話に、ただ愕然とする。

 その話を聞いて、卒業式当日に勇気を出して星野くんに話しかけに行こうとして、あからさまに顔を逸らされたことに合点がいった。

 そっか。そんなことがあったなら、嫌われて当たり前だ。冷たい目で睨まれたり、無視されたりしても仕方ない。

「嫌な気持ちにさせてごめん。そんなことがあったなら、覚えてないって……、忘れたって言われて当然だよ」

 最後までなんの言い訳もせずに話を聞いていた私を、星野くんが訝しむように見つめる。


「じゃぁ、やっぱりあれは深谷が──」
「ごめん、星野くん。でもそれ、私じゃない」

 きっぱりと否定すると、一瞬険しくなりかけた星野くんの表情が和らいだ。


「私は星野くんの机に手紙は入れなかったし、ナルに星野くんを嵌めて欲しいなんて頼んでないよ」

「なんか、それ聞いたらちょっとほっとした」

 星野くんが小さくつぶやく。


「俺もごめん。深谷に最初からちゃんと確かめるべきだった」

「星野くんは何も悪くないよ」

 私は力なく微笑むと、首を横に振った。

 まだ小学生だったんだし。嫌なことされて、傷付いて、ムカついてるときに、犯人が本当は誰だったかなんて、冷静に分析できるはずがない。

「卒業式前日のあれは、今西がひとりでやったか、誰かが今西に頼んで深谷のせいにしたってことだよな? さっきも聞いたけど、深谷と今西って仲良かっただろ。それがなんで……」

「確かに仲良かったよ。小六の二学期くらいまでは。でも、最後のほうは折り合いが悪かったんだよ、私とナル」

 星野くんがさっき花火大会で会ったときのナルの態度のことも含めて訊いているのだとわかって、苦笑いする。

「私とナル、中学受験したでしょ? たまたま、同じ塾に通ってたから、割と仲も良かったの」


 ナルは小学校でも塾でも、勉強がよくできて、成績優秀だった。私も成績が良いほうだったけど、ナルは塾での成績が他の生徒と比べても飛び抜けてよかった。

 ナルが目指していたのは、県でも有名な私立校で、私の志望校よりもずっと偏差値が高かった。

 六年生の夏休み明けまでは、模試を受ける度に合格判定が出ていたようで。周囲はもちろん、ナル本人も志望校合格は確実だと信じて疑っていなかったと思う。

 だけど、六年生の二学期の後半頃から、ナルの成績があまりふるわなくなった。

 それまで優秀だった彼女が伸び悩んでしまったのもあるし、私含めて塾で成績中位だった子たちの成績が、受験に向けて伸びてきたのだ。

 プライドの高いナルは、はっきりとは口にしなかったけれど、そのことを気にしていたらしい。

 私と仲良くしながらも、事あるごとに軽い嫌味を言ってくるようになった。

 それは私の見た目に関することだったり、学校での行動に関してだったりで、たまに嫌な気持ちになったけど、ナルが大事な時期に成績が伸びなくて苛立ってたのは知っていたから、あまり気にしないようにしていた。

 受験へのストレスで不安になったり、些細なことに過敏になる気持ちは、私だって同じだったから。

 少しずつ険悪な態度を取るようになったナルと私が完全に決別してしまったのは、六年生の二学期末の塾のテスト後だ。受験直前の塾のテストで、私の成績順位がナルのそれを大幅に追い越したのだ。

 私的には確かに手応えを感じたテストだったけど、思った以上に結果が良くて、塾の先生も両親も私自身もびっくりだった。

 たぶん、ナルも。私に成績を抜かれるとは思っていなかったんだと思う。

 それ以来、ナルはなんとなく私に冷たくなって。二学期が終わって冬休みが明けた頃には、私とは元々無関係だったみたいに話しかけてこなくなった。

 最初はちょっとびっくりしたし、寂しかったけど、私にはナル意外にも親しくしている友達がいた。

 それに、どうせ卒業式したら、ナルとは学校が別々になる。そう思っていたから、彼女の変化をあまり気にしないようにしていた。

 卒業の一ヶ月くらい前に、受験の合格発表があって、私は無事に第一志望の中高一貫の私立の女子校に合格した。模試の判定では、毎回合格できるかどうかのギリギリのラインだったから嬉しかった。

 受験までは塾や勉強で忙しかったけど、卒業まではちょっとのんびりできる。

 開放的な気持ちでお母さんと一緒に塾の先生に報告に行ったとき、たまたまナルも彼女のお母さんと一緒に塾に来ていた。

 そのとき、私はナルが第一志望の学校に落ちたことを知ってしまった。

 彼女は併願で、私が第一志望で受験した私立の女子校も受けていた。成績優秀で、第一志望に合格間違いなしだと思われていたナルは、結局、併願した私立の女子校にしか受からなかったらしい。

 ナルを担当していた塾の先生が、「第一志望に合格させられなくて申し訳ない」と、彼女のお母さんに謝罪していた。

 彼女たちとは少し離れたところで、私がお世話になった塾の先生にお礼を言っていると、ナルに恨めしな目で睨まれた。

 それから、ナルとはほとんど話さないままに小学校を卒業し、同じ私立中学に進学した。

 幸い、中学では一度もナルと同じクラスにならなかった。クラスが違えば、広い校内で顔を合わすこともほとんどなかった。

 そんなナルとひさしぶりに言葉を交わしたのは、高校生になってからだ。
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