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8.過去のすれ違い
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しおりを挟む星野くんが私をおぶって連れてきてくれたのは、花火大会の行われている河川敷から少し離れたコンビニだった。
河川敷に近いコンビニの前は、見物客のために店の前にワゴンを出して食べ物や飲み物を売っていたり、店内が混雑していて、ケガをした状態では入れそうになかったのだ。
「ここで待ってろよ」
コンビニの入り口の横で私を降ろすと、星野くんがひとりで店内に入っていく。しばらく待っていると、彼が買い物袋を持って出てきた。
「無理せず座っとけばいいのに。はい、これ」
コンビニの外壁に体重を預けてなんとか立っている私に、星野くんがペットボトルのレモンティーを差し出してくる。
「ありがとう」
手のひらに伝わってくるレモンティーの温度はちょうど良く冷えていて、心地よかった。
「何が好きなのかわかんないけど、こないだそれ飲んでたから」
買い物袋の中を覗きながら、星野くんがつぶやく。
こないだって、中庭で話したときだよね。覚えててくれたんだ。そんな些細なことが嬉しくて、胸の奥がきゅんとした。
「とりあえず、ちょっと座れば?」
ペットボトルの蓋を開けようとしていると、星野くんが地面に腰をおろして、その隣をとんっと手のひらで叩く。彼に催促されて、私もゆっくり腰を降ろした。
「腕、見せて」
「え?」
戸惑っていると、星野くんが私の左腕をつかむ。
「ここまで来る途中、俺につかまる深谷の腕が怪我してんの見えた」
指摘されて仕方なく浴衣の左袖をそっと捲ると、擦り傷がある。
「そのままにしてて」
星野くんは買い物袋の中から絆創膏を取り出すと、私の腕の擦り傷に貼ってくれた。
「家帰ったら、ちゃんと洗って治療してもらったほうがいいと思う。足は、明日にでも病院連れてってもらえよ」
「うん……」
「さすがにその足じゃ、花火客だらけの満員電車に乗って帰るのもキツいよな。親に電話して近くまで迎えに来てもらえたりする?」
「連絡してみる」
星野くんの言葉におとなしく頷いて、お母さんに電話をかける。
転んで捻挫したかもしれないことだけ伝えると、お母さんは電話口で数秒黙り込んだあとに「車で迎えに行く」と静かに言った。その声だけでお母さんの気持ちを慮ることはできない。
だけど、いつになく明るい笑顔で私に浴衣を着付けてくれたお母さんの顔を曇らせてしまったことは容易に想像がつく。お母さんの哀しい顔を思い浮かべながら、スマホの通話を切った。
「迎え頼めそう?」
「うん」
スマホを下ろしながら頷くと、星野くんがほっとしたような顔をした。
「よかった。迎えが来る場所まで移動する?」
「ううん。地図送れば、ここまで来てくれるって」
「そっか」
「ごめんね。今日の花火大会、台無しにして」
スマホを操作して現在地の地図をお母さんに送りながら、小さな声でつぶやく。
この場所からは花火は見えないけれど、音だけは遠くからずっと聞こえてきている。
花火はそろそろクライマックスに差し掛かっているのかもしれない。聞こえてくる破裂音の間隔がさっきまでよりも短く、そして激しくなっていた。
「今さら? 俺は別に気にしてないよ。本当に見たかったのは、俺じゃなくて深谷のほうなんじゃないの? 移動中に、ちょっとは見れた?」
苦笑いで訊ねてくる星野くんを気にして、曖昧に頷く。
本当のことを言うと、花火はほとんど見なかった。
私を背負って、空を一度も見上げることなく黙って歩く星野くんに申し訳ない気持ちでいっぱいだったから。
こんなことにならなければ、星野くんと一緒に河川敷に座ってゆっくり花火を見れたのかな。
腫れて痛む足首を見つめながら、こんなことが起きる一因になったナルのことを思い出す。それから、一緒に来ていた女の子たちの後ろに身を隠すようにして私から逃げてしまった森ちゃんのことも。
彼女やあの子は、今頃どこかで花火を見上げているのだろうか。私と出会ったことなんか、まるで無かったことにして。
もしそうだとしたら、悔しいような悲しいような、なんとも言えない気持ちになる。
それに、何も触れてこないけど、星野くんはナルの話を聞いてどんなふうに思ったんだろう。
そっと隣を盗み見ると、星野くんは下を向いてお茶のペットボトルを手で弄んでいた。
何も聞いてこないってことは、私のことになんて興味ないんだよね。
悲観的な気持ちで口角を引き上げながらも、星野くんに訊いてみずにはいられなかった。
「聞かないの?」
「何が?」
私の言葉に、星野くんがおもむろにこちらに視線を向ける。
「傷害事件」
ナルの言葉を借りてそう言うと、足首の怪我よりも胸の奥の傷がキリキリと痛んだ。
僅かに顔を歪めた私を、星野くんが無表情でじっと見つめる。途絶えることなく響いていた花火の音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「聞いて欲しいなら聞くけど?」
しばらくの沈黙ののちに、星野くんが口を開く。星野くんのそのひとことに、胸が苦しくなって泣きそうになる。俯いた私は、静かに首を横に振っていた。
「それよりも俺、ほかに深谷に聞きたいことがある」
「え?」
「お前とあいつ。今西って、小学校のとき仲良かったんだよな?」
「う、ん?」
星野くんは、ナルが口にした「傷害事件」の真相よりも、小学校のときの私と彼女の関係にのほうが聞きたいの?
よくわからなくて首を傾げると、星野くんがやけに神妙な顔付きで私のことを見てきた。
「あともうひとつ。小学校の卒業式前日に俺にしたこと、深谷はほんとに覚えてないんだよな?」
「う、ん……。たぶん」
前に中庭で星野くんに聞かれた卒業式前日のことについては、未だに何も思い当たることがない。だけど、無自覚に何かしてしまった可能性は否定できない。
曖昧に頷くと、星野くんが何か考え込むように頭を押さえてからため息を吐いた。
「今から俺が話すこと、もし間違ってたら訂正して」
星野くんはそう言うと、小学校の卒業式前日にあったことを話してくれた。
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